筆
「うわあ久しぶりすぎて手が震えそう」
用意された硯と墨を目にして守屋さんは両手で頬をおさえた。
「久しぶり、って。いままでは?」
民宿の居間で、テンちゃんは新聞紙の束を手にどっかりと座る。行儀よく正座する守屋さんの前には新聞紙が広げられていて、その四隅へ重しになるようテンちゃんはリモコンや本を置いた。
「ん、誰からも誘われなかったからいいかなって。気になれば自分から聞いてたし」
「誰からも、って」
テンちゃんは気まずそうに守屋さんの表情をうかがう。だけど守屋さんはからりと笑って「お誘い嬉しいわ」と返した。きっとこういうさっぱりした人柄も、人を惹きつける理由なんだろう。
「別に。うちは毎年書いてるからってだけだ」
「偶然この時期にお世話になっててよかったー! 筆で短冊書くなんて趣あっていい感じ」
「めんどい行事だろ」
ぷいとそっぽを向くテンちゃんに守屋さんはくすくす笑う。
「天司君は願いごと、何書くの?」
「……『織姫と彦星が会えますように』」
「あら意外とロマンチスト」
「毎年同じこと書いてるだけだよ」
「なあにそれ。まるで義務みたい」
「……義務なんかじゃない」
テンちゃんが言ったその言葉のほうが、義務みたいだった。
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