線香花火

 家に帰ると、そこらじゅうが線香の臭いで満ちあふれていた。

「お母さん」

 お仏壇の前で黙々と線香を焚く背中へ呼びかける。すっかり丸くなった背中はよく怒っていたあの人と別人のよう。

「お母さん、お仏壇にはそんなにあげなくていいんだよ」

 今日だけで何箱空けたのだろう。散らばる線香の箱を数えようとして、すぐやめた。パスタ束みたいな塊で立てられた線香からたちのぼる白煙のせいで、部屋中がうっすら煙い。

「お母さん」

 もう一度だけ呼んで、私はまた外へ出た。



 島で唯一のお店はテンちゃん家の民宿のそばにある。そば、って言っても、三百メートルくらいは先。よく見る町並みのように、隣接している家なんてひとつもないのだ。だから、お母さんが線香を大量に焚いてもきっとお隣さんまでは臭わない。近寄らなくはなるかもしれないけれど。

 軒先で座り込む私の耳に、店内の世間話が否応なしに届く。

「……の娘さん、もう建屋たてやに移ったけ?」

「んだ。線香花火買っていきよった」

「建屋の倅もようけおかしい娘とばっか付き合うて、美鈴ちゃんが可哀想だで」

「端のはしのへのやつ、今日もやったなあ」

「あっこはもう駄目よ」

 とどまることなく繰り広げられるそれらの話に私は、聞こえないふりをした。

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