滴る
島の夏はじっとりと蒸し暑い。と言っても、ほかの夏を知らないから、私にとって「夏」と言えばこの、潮と緑の香りがまぜこぜになった空気をまず思い出す。水平線にきらめく反射光とアスファルトから照り返す日差しが眩しくて、いつも手で庇を作りながら帰っていた。
テンちゃんと並んで、帰っていた。中学までは。
ぼんやりする私をランドセルを背負った子どもたちが続々と追い越してゆく。下り坂を、悠々と駆けていく。
「おい」
テンちゃんの声がして振り向くと、Tシャツにジーンズ姿の幼馴染みがそこにいた。日向で作業していたのか、首もとは汗の粒が滴ってキャップの下の表情もどこか不愉快そうだった。
「どこいってた」
「ごめん、ちょっと懐かしくなって」
「この先は岬しかねぇんだ。危ないから近寄るなって言われてんだろ」
「うん」
それでも私は、水平線しか見えないあの岬からの眺望が好きだ。だけどたしかに、足を踏み外せば海へまっさかさまだから、島の大人はみんな口を酸っぱくして同じように言う。
「うっせーよテンジー」
「オレらより早く卒業したからってよ、オトナぶってんの」
私の後ろから子どもたちがやいのやいのと騒ぎ立てる。テンちゃんは、怒りはしなかった。ただ、「大人じゃねぇよ、俺は」とだけ返した。
あの子どもたちみたいに、私とテンちゃんもよく大人たちに内緒で岬へ遊びに行ったのに。
いつの間にかテンちゃんは「行くな」と言う側になって。
いつの間にか、大人になった。
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