テンちゃんの家は代々民宿を営んでいる。古いけど、木の匂いが落ち着く、あたたかい家だ。

「ごめんなさいね、泊まらせてもらって」

「いいって。部屋はあるし、ちゃんと代金いただいてんだ。立派な客だよ。で、改築いつ終わんの」

「ちょっとテンちゃん失礼だよ」

「まるで邪魔者みたいな言い草じゃない」

 冗談めかして頬をふくらませる女性は守屋さん。テンちゃんが高校生のときに越してきた。この島では珍しい、あか抜けた美人。だからなのか、「悪かった」と言うテンちゃんの耳も、すこし赤い。ひみつの現場を覗き見してしまった気分だった。

 ちりん、と玄関先に飾られた風鈴が鳴る。奥から顔を出したテンちゃんのお母さんは、相変わらず人好きのする顔で「守屋のおばあちゃん、お加減はいかが?」

「まあまあ元気です。先に荷物だけ置かせてもらおうかなって。改築、半月ほどかかるみたいで。お世話になります」守屋さんは深々頭を下げた。

「天司、守屋のおばあちゃん腰が悪いのよ。あとで一緒に迎えに行ってあげてね」

「わかったよ」

 ぶっきらぼうに頷いてテンちゃんは守屋さんを二階へ促す。そのあとを私と守屋さん、ふたり並んで続いた。

「ありがとう、助かる」

「テンちゃん大忙しだね」

「まあいいよ、暇だしな。高砂も大変だろ」

「うわ、その呼び方久々に聞いた」

 守屋さんの部屋は潮風が心地好い二階の角部屋だった。大きなボストンバッグをどすりと置いて、彼女はうーん、と伸びをする。

「屋号、だっけ。暗号っぽくて面白いわよね。わたし、謎とかミステリーとか、好きなんだ。呼ぶのも呼ばれるのもいまだに慣れないけど」

 天司君だけだね、わたしをちゃんと苗字で呼ぶの。

 そう、笑顔を向けられたテンちゃんは。

「……、」

 何かを言いかけてすぐ止めた。

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