第4話

────結局オフィーリアには何も言えないまま、一週間が経過した。


 今日は学園の創立記念日で、放課後は大ホールでパーティが開かれる。

 この一週間はアーロやオフィーリアと話もしていない。まだ気まずくて会いたくもないが、さすがに創立記念のパーティには全校生徒が出席しなければならず、俺は正装はしたもののため息をつきながら大ホールまで来ていた。


 しかしこういう時に限って、会いたくない人には一番に遭遇してしまうものだ。


「…………オフィーリア」


 入り口まであと十メートルもないくらいの距離で、ちょうど会場入りしようとしているオフィーリアが目に入った。

 しかも何が馬鹿かって、パーティ仕様でいつも以上に綺麗になっている彼女を見て、ついつい名前を声に出して呼んでしまったのだ。


「! オリバー……」


 少し離れていたし小声だったにも関わらず、オフィーリアは俺の呼びかけに気づいてしまった。

 彼女は少しだけ目を見開いて、それから会場の中に向かっていた爪先を方向転換してこちらに向かってくる。


 カツカツとヒール音を鳴らして俺の目の前までやって来たオフィーリアは、ムッと怒った顔をした。


「ねえオリバー。あなた最近、私のこと避けてるでしょ?」

「え」


 内心、ギクッとした。


「……いや、別に」

「嘘。だって今週は一度も私に話しかけて来なかったじゃない」

「……話しかけない週だってあるだろ」

「ないわ。私たちが出会ってから十年は経つけど、こんなことは初めてよ。いつもいつも私に意地悪なことばっかり言ってきてるのに、今週は一言もないのよ? 何かあったの?」


 一週間話しかけなかったことで、オフィーリアに怪しまれてしまった。

 ……というか俺、そんなに毎週オフィーリアに話しかけていたのか。自覚なかった。


「いや、本当に何も……」


 オフィーリアには引き続き怪訝そうな目で見られて、俺はどうすればいいのか悩む。


 すると、うだうだとして何も話そうとしない俺に痺れを切らして、オフィーリアが切り出した。


「……ねえオリバー。私に話したいことがあるんじゃないの?」

「え?」

「アーロから聞いたんでしょ?」


 彼女の口から「アーロ」という名前が出ただけで、俺の心臓がドクンと激しく脈打った。


「ごめんね。あれはうちの叔父さんが勝手に話を進めちゃってて、私も後から知らされたのよ」


 ……嫌だ。聞きたくない。


 本能的に、脳が彼女の言葉を拒否し始めた。


 だってこれを聞いたら、俺のオフィーリアへの気持ちは捨てないといけない。

 今まで何もしていない。いやむしろ、彼女に嫌われるようなことばかり言ってきた俺が何を言うんだという感じだけど、でも、こんな終わり方は嫌だ。




「…………オリバー……?」




 オフィーリアは俺の顔を見て、驚き困ったような表情をしている。

 そしてスッと、彼女の華奢な腕が俺の方に伸びてきて、その白く細長い指が俺の頬に優しく触れる。


 突然触れられて、俺はビクッと後退りそうになるが、次の言葉は俺に更なる驚きを与えた。




「…………あなた、どうして泣いてるの?」

「………………え?」



 自分で、自分が泣いていることに気づいていなかった。

 オフィーリアの親指が俺の頬を伝う涙をサッと拭うと、本当に自分の目から涙が流れ出ているのだと、ハッとする。



「何これ……」


 本気で、何だこれは。


「それは私が聞いてるのよオリバー。……ああでもとりあえず、ここは人通りが多いから少し離れましょうか。中庭に行きましょう」

「……」


 ぼろぼろと流れる涙は止まりそうもない。

 しかしここは大ホールの入口からほど近く人通りが多いため、人目を憚り移動しようと言ってくれたオフィーリアの提案に乗ることにした俺は、黙ってこくり、と頷いた。

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