第3話

 ある日の放課後。

 日直の仕事である日誌を書くため一人教室に残っていたところ、前の席に幼馴染のアーロが座り、突然そんなことを言われ、俺は驚愕した。


「でで、できるわけないだろう! 俺が告白なんて!」

「いやでもさ。オフィーリアってめちゃくちゃ可愛いじゃん。お前がそうやっていつまでも意地悪している間に、ひょいっと他の男に取られても良いわけ?」

「それは……嫌だけど、でも俺がどうこう言える話でもないし……」


 嫌だという言葉は口を尖らせて尻すぼみになりながら、ボソボソと答えた。


 アーロの言う通り、オフィーリアの可愛さは学年が上がるごとにどんどん増している。学園での彼女は、笑うとまるでそこに向日葵が咲いたようで性格も朗らか。しかし社交の場では一変して気品を漂わせる百合のような笑顔を見せてくる。そのギャップもまた素晴らしい。


 でも、貴族の子息令嬢の結婚相手は大抵親同士が決めるもの。早い奴は初等部の段階で婚約者がいたりする。幸いなことに、俺にもオフィーリアにも婚約者はまだいないけど、ここで俺が家のことを考えずに彼女に告白なんて、出来るわけがない。


 しかしアーロはこう言った。


「オフィーリアって伯爵家の一人娘だしさ。一方のお前は伯爵家の次男だし、お前がクレランス家に婿入りするって未来はありじゃね? 親父さんに頼んだりしてみたのか?」


 確かにそういう点では問題ない。

 それに母親同士も仲が良いので、言ってみたら両親は許可してくれるかもしれない。


「それは……。でも俺、こういう性格だからオフィーリアに嫌われてるし。やっぱり告白なんて無理だよ」


 やはりどうしても、オフィーリアに告白する勇気はない。面と向かえばつい意地悪な言葉が口から出てしまう。まずはこの性格を直さなければ、告白なんて到底無理だ。


「ふーん。じゃあまあ、後から恨まれたくないから一応言っとくんだけどさ」

「うん?」

「今俺のところに、オフィーリアとの婚約の話が来てるんだよね」

「…………は?」



 それはまさに青天の霹靂。

 頭を鈍器で殴られたような衝撃が走る。


「アーロが、オフィーリアと?」

「話が来てるってだけだからな?」

「アーロはその話を受ける気なのか?」


 俺は恐る恐る確認する。


「俺の気持ちは関係ないだろ。最終判断は両親がするし。まあだから、もし婚約が決まっても恨まないでくれよって話」

「う……」


 アーロも俺たちと同じ伯爵家の子息。

 もしアーロとオフィーリアが婚約したら……?

 想像しただけで、心が押し潰されそうだ。


「……じゃ、俺帰るわ」

「……ああ」


 ひらひらと手を振って、アーロは教室を出て行った。

 俺は、アーロが残した言葉の衝撃が強過ぎて、なかなか立ち直れそうにない。

 日誌を書いていた手もピタリと止まってしまって、何を書こうとしていたかも思い出せない。



「…………どうしろってんだよ」


 誰もいない教室で、俺はポツリと一人呟いたのだった。

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