021

 3月。

 後期の期末試験が終わると、いよいよ学年の終業だ。

 そして別れの季節。

 お世話になった3年生の橘先輩も飯塚先輩も卒業だ。

 卒業式は全校生徒が出席し卒業生を見送る。

 小学生みたいにヤラせの掛け合いは無いけれど在校生の送辞、卒業生の答辞があった。

 在校生側はなんと九条さん。

 1年生ながら成績優秀、模範的行動を賞されたからだそうな。

 3年生の答辞は橘先輩。

 部活動で大活躍し校長表彰をもらったことが理由らしい。

 こうして奇跡的にふたりの掛け合いを見ることになった。


 九条さんが送辞で読んだ1節。

 「わたし達が迷い立ち止まった時。寄り添い、力強く背中を押し、掴み取る勇気を教えてくれました」

 橘先輩が答辞で読んだ1節。

 「私達が先輩達から受け継ぎ、3年間育んできた想いを、確かに受けとめ、引き継いでくれました」


 ・・・うん、これ弓道部の大会を知ってる奴は涙モノだろ!

 裏事情を理解している俺もこっそり涙した。

 こんな心のこもった送辞と答辞、初めて聞いたよ!

 隣のやつに変なのって目で見られても気にしない!

 事実も小説も映画も感動したもの勝ちだろう!



 ◇



 卒業式の後、俺はリア研の部室にいた。

 飯塚先輩に挨拶をするため顔を出してもらえるようお願いしていたのだ。



「卒業、おめでとうございます」


「ありがとう。もう1年経っちゃったんだね」


「先輩にはお世話になりっぱなしでした。本当にありがとうございました」



 俺は頭を下げる。

 世界語もAR値の件も先輩がいたから前進できたのだから。



「あはは、良かったよ、京極君が後輩になってくれて」


「俺の方こそ。あのとき、リア研に引き止めてくれてありがとう」


「えっとね。お礼を言いたいのは私のほうなんだ」



 ちょっと照れくさそうに先輩は語った。

 先輩が入学した当初、クラスに馴染めなかったそうだ。

 他人に合わせるのが苦手な飯塚先輩は部活動の選択肢も無かった。

 そんな中、たまたま覗いた具現化研究同好会の部室で先輩に温かく迎えられたそうだ。

 「怖がってないで、一緒に楽しもう」と。


 俺が入学してからやっていたのと同じように片手間に具現化関連の話を調べる程度。

 残りは各々やりたい事をやるだけの活動内容だったそうな。

 自由で、奔放で、来るもの拒まず去るもの追わず。

 リア研はそんな精神で活動していたらしい。


 新しい居場所を見つけて去っていく人。

 ドロップアウトしてここに流れ着いた人。

 様々な人が出入りした。

 そうして飯塚先輩が2年生の終わりの頃には、ひとつ上の先輩ひとりと、ふたりだけになったらしい。

 その先輩は、最初に飯塚先輩を受け入れてくれた人だったそうな。



「私の居場所を作ってくれたのがこの同好会。その先輩も、その先輩の先輩から受け継いだんだって」


「・・・」


「私の代になって私ひとりで終わるのが忍びなかったんだよ」


「・・・」


「どんな理由でも京極君が居てくれるから。まだこの部活が残ることができるんだよ」


「・・・俺、不良部員だよ?」


「ここに居て好きなことをしてくれてればいいよ。そういう居場所なんだ、ここは」


「勉強だけしてても?」


「うん。京極君が卒業するまで好きに使って? 私もたまに顔を出すからね」


「また来てくれるんだ? 先輩」


「うん。私、この部活が好きだから!」



 残念先輩だと思っていたけれど。

 その笑顔を見て、このリア研の意義を初めて理解した。

 橘先輩の答辞を思い出していた。



 ◇



 弓道部は弓道部で卒業式の日に打ち上げがあったそうだ。

 卒業後、3年生は学校への登校がない。当たり前だ。

 卒業式の日に会わなかった橘先輩とこれで終わりということはなく、別日にお見送り会を開くことになった。

 企画・橘先輩。送られる人・橘先輩。スペシャルゲスト・俺。

 あれ?

 要するに橘先輩から個別に話をしたいと呼び出されたってことだ。


 そんなわけで呼び出された・・・というより俺の寮部屋に押し掛けてきた橘先輩。

 日曜日の日中だから変なことにもならないだろう。

 と思っていたら開口一番、お怒り口調。



「酷いよね。私が言わなかったら会ってもくれなかったんじゃない?」



 はい! その通りです!

 地味にフェードアウトを狙ってました・・・って、お見通しかよおぉぉぉ!



「えっと・・・」


「バレンタインで九条を泣かせただけじゃなくて、私まで泣かせちゃうつもりだったんだー?」



 何で知ってんの!!

 やっぱり二人で情報交換してんでしょ!!

 あの涙を思い出し、目の前の橘先輩にもやたら罪悪感を抱く俺。



「ご、ごめんなさい・・・」


「ま・・・今に始まったことじゃないし。武君、私達のこと見てない感じだし?」


「・・・」



 ・・・橘先輩さぁ。やっぱ切れすぎだよ。

 でも事情を話せるわけもなく。

 だんまりになってしまう俺。



「でも見てないならどうしてこんなに絡んで来たのかなぁって」


「そりゃさ、目の前で誰か困ってたら助けるじゃん?」


「ふうん。でもその後、拒絶しないってことは興味ゼロじゃないんだよね」



 考える素振りを見せる橘先輩。

 まぁね、俺もそう思うよ。どっちつかずで過ごす優柔不断になってる。

 解決方法があるなら誰か教えてくれよ。

 棒立ちの俺に、橘先輩はまた上目遣いで顔を近づけてきた。



「だから! 約束通り3年待つから。武君も1番は作らないでよ」


「うん・・・それは約束したから」



 ところで・・・ものすごく今更なんだけど・・・。

 皆が言ってる「1番」ってどういう意味??

 初めての相手って意味で解釈していたけど違うっぽい。

 このへんも何度か検索して調べたんだけど、出てこないってどうして?

 DTとかSJとか性的な意味で検索フィルタでもかかってんの?

 ここまで拗れてから橘先輩や九条さんに意味を聞けるわけない。

 つか、級友に聞いたら馬鹿にされるやつだろ、これ。

 もはや大事にしている体で押し通すしかない。

 もうDT&SJのことだと思っておこう!



「きっと私の知らない事情があるんだとは思うんだけど・・・」


「・・・!?」



 だから鋭すぎんだよ!

 もう全部知ってるんじゃねぇか!?



「話せるようになったら、全部教えて欲しいんだ」


「・・・うん」


「でね。早く話してもらえるように、もっとお話したい」


「・・・うん?」



 あれ、橘先輩、卒業しましたよね?

 むしろ機会が減るのでは・・・。



「だから、私から贈り物! これ、受け取って!」


「え?」



 橘先輩が差し出して来たのはラッピングされた細長い黒光りする箱。

 ちょっと格好いい雰囲気だ。

 って、なんで俺が贈り物されてんの?

 ・・・拒否する理由もないし意味もよく分からないのでそのまま受け取ってしまう。



「ほら、開けてみて」


「うん。・・・あ、これって」


「そ、PEパーソナル・アンサンブル。武君、こういうデバイス持ってないでしょ?」



 箱の中には腕時計っぽい機械が入っていた。

 前にディスティニーランドで橘先輩が使っていたやつだ。

 街ゆく人は皆使っているから、リアルでいうスマホ的な位置づけの端末だ。

 操作するとホログラムが飛び出し情報閲覧できる。

 他人には見えないよう偏光処理がかけられているので身に着けた人しか画面は見えない。ハイテク!

 ディスティニーランドで橘先輩が使っているのに気付かなかった理由はそれだった。



「俺に? これって高価なものなんじゃ?」


「ふふ。私がお小遣いで出せるくらいの金額だよ、大丈夫」



 橘先輩、そういえばお嬢様でしたね!

 


「これがあれば夜に武君とお話できるから」



 学校でPEをつけている人はいなかった。

 学校でスマホを規制するのと同じで使用禁止だからだ。

 持ってくるだけで学校の入口の検知器にひっかかるらしい。

 だから学校で見かけることはない。俺が知らなかった理由のひとつだ。

 もちろん橘先輩のように自宅で皆使っている。



「えっと・・・橘先輩。俺、恥ずかしながらこういう端末とか全然詳しくなくて・・・」


「わかってる、登録の仕方とか使い方でしょ? レクチャーしてあげるよ!」



 そうして先ずは俺のPEをセットアップしてくれる。



「アイディス、貸して?」


「アイディス?」



 やばっ!? 何?



「ほら、そこ」


 

 指差す先には例のIDカード兼財布。

 見当たらない風に勘違いしてくれて助かった。

 これアイディスって呼ぶのか。知らんかった。

 今度、略称も確認しておこう。

 財布だけじゃなくて身分証だもんな。

 渡したカードと連動させて身分確認終了。

 PE端末は認証された人が身に着けると自動起動するらしい。

 早速、身に着けて画面を出してみる。

 おお、20インチディスプレイくらいのウィンドウが浮き出る。



「ほら、画面右下にユーザー連携ってあるじゃない」


「うん」


「そこで連携登録って押して」



 言われるがまま操作すると「登録待ち」となって何かの入力待ち状態になった。



「で、私のPEとこうしてタッチ」



 すると画面に「ユーザー 橘 香 と連携しますか?」と表示された。



「それでYESって選択して。そうそう。あ、来た来た」



 橘先輩の端末でも俺のユーザー名が表示されているらしい。



「で、もう一度ユーザー連携のボタンを押して」


「うん」


「表示された私の名前を選んで」


「これか」



 画面には「連携機能を指定してください」と出ている。

 その下に「音声通話」「文字通信」「ホログラムチャット」「スケジュール」と幾つかの項目が列挙されている。



「上から3つ、音声通話と、文字通信と、ホログラムチャットをオンにして」


「こうかな?」


「うん、そうそう」



 画面を触ると薄くなっていたアイコンが濃くなる。



「これで武君と私のPEで通信できるようになるよ」


「なるほど」


「呼び出しはこんなかんじ・・・」



 橘先輩が自分のPEを操作すると、俺のPEが少し震えた。

 なるほど音が出なくても震えれば分かるよね。



「呼び出し方法はバイブ以外にも静電気とかミニ表示とか。自分で好きなの選んで」


「うん」


「で、応答はPEに触れて」


「こう?」


「そ。ほら、映った。これがホログラムチャット」



 PE端末から撮影された映像が互いの画面に表示されている。



「声が被るから、ちょっと離れるよ」



 橘先輩が洗面所まで移動する。

 俺のPEには先輩の顔が映し出されている。



『ほら、こうやってお話できる』


「ほんとだ。面白い」



 PEのどこにカメラがあるのかよく分からないけど、視線が届く範囲なら勝手に顔が映るようだ。



『これ。便利だから、皆、話し過ぎて怒られちゃうんだけどね』



 なるほど便利だよこれ。ビデオ通話がこんなに気軽にできるなら、学生なら間違いなくハマる。

 リアルにあったチャットアプリなんかより、よほど便利だ。



『音声も骨伝導と皮膚電子伝播を使ってるから、他人には聞こえないよ』


「え? そうなんだ」


『自分が喋ってるのは聞こえちゃうけどね~。それじゃ切るよ』



 先輩が戻ってきた。皆、こんなハイテクを使いこなしてるのか・・・。

 今更ながら、約180年の時代遅れを感じる。

 やってけんのか、俺。



「あ、そうだ。そこのモニターにも連携できるから。それもやっちゃう?」


「どういうこと?」


「PEの画面をホログラムじゃなくてモニターに表示するの。自分の部屋だと、そのほうが楽だよ」



 なるほど。確かに腕につける手間を考えるとそうかも。



「じゃ、お願いするよ」


「うん。ちょっと待ってて」



 橘先輩はテキパキと設定をしてしまう。

 俺はリアルでそこそこパソコンに詳しかったけど、人に教えると「よく魔法みたいなこと知ってるね」なんて言われてた。

 立場が逆転してみるとその気持ちが分かる。うん、魔法みたい。

 できない子になっちゃったよ、俺。

 ついてける気がしねぇ・・・。



「はい、できた。PEに着信があると、部屋にいるときはモニター側で表示されるようになったよ」


「何から何までありがとう」


「ふふ、いいのいいの。だって、これで武君といっぱいお話できるもん!」



 ルンルン気分の橘先輩。

 そうだよ。俺、橘先輩しか登録してねぇし。

 ある意味、首輪を嵌められたようなもんなんじゃね?



「普段はこれでお話してさ」


「うん」


「月に1度は・・・」



 つっと立ち上がって、橘先輩が部屋の出入り口まで歩いていく。

 そしておもむろに部屋の扉を開け放した。



「ほら、九条!」


「きゃっ! あっ! えっ! これは・・・」



 廊下から聞き耳を立てていたであろう、九条さんがつんのめるように部屋の中へ登場。

 橘先輩。よく気付いたな。そして九条さん・・・思ったより頑張るね。

 橘先輩はしどろもどろになっている九条さんと肩を組んで。



「私と九条と武君で。3人でパスタの会は継続ね!」


「えっ!? えっ!?」 



 にははと悪戯顔の橘先輩と、わしわしと頭を撫でられて状況が呑み込めない九条さん。

 この1年、この仲良しのふたりに、たくさんドキドキさせられた。

 そして改めて・・・このふたりが一緒にいる光景を学校で見られなくなってしまうのだと痛感した。

 だから。



「橘先輩」


「ん?」


「卒業、おめでとうございます」


「・・・うん、ありがと!」



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