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 冬休みは予定どおり原則ひとりで過ごした。

 休み中にお願いしていたリア研の活動は飯塚先輩の世界語講座が捗った。

 曰く「もう3年生のレベルまで到達しているよ」とのこと。

 先輩は卒業後のことも心配してくれて、どうやって独学したら良いかも教えてくれた。

 そのひとつとしてテクスタントでホログラムチャットができるようにしてくれた。

 リア研の机にセットするとアクセスできるらしい。

 世界語を勉強したい人が集うチャットとのこと。

 語学は実践あるのみ。飯塚先輩さまさま、だ。



 ◇



 九条さんと橘先輩の年末年始は以下ダイジェストで。



 ◇



 九条さんと年越しそばの会。30日に開催。

 さすがにそば屋は開拓していないので駅前で適当に。

 「海老天が大きいと嬉しいです」というご希望どおり店頭のサンプルが大きそうなところへ。

 後で知ったが実は乗っけ天が巨大で有名な店だった。

 かき揚げを頼むとどんぶりより大きなかき揚げがどかんと来た。

 九条さんも巨大な海老天が3本どーん。

 俺が呆気に取られていると九条さんは喜んで食べ進めた。

 若くてもこれは無理・・・半分で限界がきた。

 俺がかき揚げと格闘している間に余裕で食べ終わった九条さん。

 あんた、そんな細い身体のどこに入ってんの、と突っ込むと「好きなものはいくらでも」らしい。

 俺の食べきれなかったかき揚げも彼女のお腹に収まった。

 満足顔で「来年もまたここにしましょう!」と。

 え? これ俺が少食なの?

 無理・・・来年は別の店にしようぜ・・・。



 ◇



 初詣は2日に実施。行き先は橘先輩のうちの近くの神社。

 氏神様かと思ったら須佐男を祀る由緒ある神社らしい。

 橘先輩はいつものカジュアルスタイルで。

 中学生だしね、このくらいが気軽。

 早速、御参りをして願い事。

 俺はAR値の解決方法が見つかることを願った。

 橘先輩は「ふふふナイショ!」と思わせぶり。

 華麗にスルーしたら「あれ、気にならない!?」と。

 願い事は人に言うと効果が無くなるぞと説明してみたら「知らなかった、だから叶わなかったの!?」と唖然としていた。

 おみくじを引いたら凶が出てキレる橘先輩。

 「こんなの詐欺!」「おみくじは夢を与えるもの!」と社務所の巫女さんを苦笑させる。

 宥めるために御守り買ってプラマイゼロだと渡したら機嫌直してくれた。

 甘酒をお代わりして赤くなった橘先輩に「来年もね」と約束させられた。



 ◇



 年が明けてから3月までって、昔から時間の過ぎ方が早い。

 皆、そうじゃない?

 学生は短い間に試験とか卒業式とかあって。

 社会人になっても年始挨拶とか年度末の締め処理とか。

 俺が余裕のある過ごし方をしたのって大学時代くらいだった。

 この世界でも例外なく、年明けから年度末の試験まであっという間だ。

 その間で特筆すべき事件と言えばバレンタイン・・・。



 ◇



 ケース1 橘先輩


 今年、2208年の14日バレンタインは日曜日。

 だから12日金曜日に義理を渡す人が多い。

 朝、登校すると朝礼前に橘先輩が来襲した。

 どこかで渡しに来ると思っていたが昼休みでなく朝礼前とは。



「武く~ん! はい、本命!」


「言い方! ・・・まぁ、ありがと」


「私が一番最初だよね! やっぱり本命だからね!」


「だから外堀埋めんなよ・・・」


「またまた~。照れてないで~」



 クラスメイトが揃っている中でこうして渡されると、ねぇ。

 前の「遊びだったのね」よりはマシだけど。

 ・・・あれ? 繋げて考えると遊んだ女とヨリを戻してるように見えてる!?

 相変わらず訂正などする間もなくさっさと退場した橘先輩。

 周りの視線が痛いぜ・・・どうしてくれんだこの空気。


 ちなみに本命宣言どおり手作りハート型でした。

 しっかり「Love」って文字が中央にあったよ。

 美味しかったけどさ。



 ◇



 ケース2 飯塚先輩


 放課後、部活の時間。

 教室を出る前、いつもなら部活で居なくなるクラスメイトがあちこちに残っていた。

 やはり渡すものを渡すので、あちらこちらで告白めいた言葉も聞こえる。

 ・・・男が渡してるシーンを何度か見たんだが見なかったことにしたい。


 俺がその中に加わることはないのでリア研へ向かった。

 部室に入るや否や、待ち構えていた先輩が話しかけてきた。



「いらっしゃい、京極君! 良いものがあります!」


「なんで先輩が言うと不安しかねぇんだ・・・」



 先輩が鞄から取り出したのは小さな四角い箱。

 バレンタインチョコなら包装してあると思うんだけど、青単色の箱だ。

 贈り物という雰囲気ではない。



「こちらを贈呈します!」


「ああ、ありがとう・・・」



 拒否する理由もないので受け取る。

 ・・・で、こいつの中身は何だ?

 箱を振ってみたり、重さを確かめてみたりするがよく分からない。

 目の前でじーっと先輩が見ている。



「・・・開けないの?」


「ここで開けろって?」


「うん」



 ・・・まぁ、ね?

 これまで何度か事故ったときは先輩が保健室まで運んでくれたし。

 何かあっても大丈夫だよ、たぶん。きっと。



「いちおう聞くんだけど。中身なに?」


「えー? 開けてからのお楽しみだよ」



 だよね。

 意を決して箱を開けると、ドライアイスよろしくモワモワと煙が飛び出した。

 なんだろうこれ、また氷点下のオブジェか?



「これ、素手で掴めるもの?」


「うん、大丈夫」



 掴んで持ち上げてみると・・・煙いのは中にドライアイスが別で入っていたからだった。

 単なる演出かよ。

 で、手に持ったものは・・・チョコ?

 チョコにしては黒い。真っ黒じゃないけど。

 カカオ分が高いのか?



「念のため聞くんだけど。食べられるもの?」


「え? うん。食べるものだよ。バレンタインだよ?」



 バレンタインってのは分かっていたのか・・・。

 じゃあこれがチョコだって言うんだよね?

 ・・・何故、こんなに不安なんだ。



「よし、じゃあ食べるぞ」


「え? あ、ちょっと待って? あ・・・」



 口に入れてから言うんじゃねぇ!!

 このパターン多すぎだろ!!

 ・・・入れてしまったものは仕方ない。

 咀嚼を開始すると・・・チョコレートっぽい成分は感じる。

 チョコレートなんだけど・・・別の何かが入っている。

 何だこれは・・・なんか・・・あの夏の謎の物体を彷彿とさせるような・・・。

 チョコの苦味かと思っていたものに不協和音が混ざる。



「先輩、はかった、な・・・」



 俺は言葉を発せられなくなり、机で突っ伏す。

 この平衡感覚が狂うのはアレだ、間違いねぇ・・・。



「ええー・・・おかしいなぁ。ハイテンションになるはずなのに・・・」



 何かメモ用紙みたいなものを覗き込んで、あーだこーだ悩んでいる先輩が居た。

 30分後、例により保健室で目を覚ました。



 ◇



 ケース3


 酷い目に遭った、と部活を終えて下校するとき。

 下駄箱を開けると中に手紙が入っていた。

 え、これって?

 俺に興味があるのって、あと九条さんくらいしかいないはず。

 彼女が手紙を出すはずがない。だって寮で会える。

 だったらこれは誰だ。


 心当たりがないのが手紙のドキドキ感。

 周りにはまばらに人がいるだけ。

 意を決して手紙を開いてみる。

 「部活が終わったら 教室に来てください」

 教室?

 クラスメイトの誰かか?

 でも橘先輩があれだけ牽制してるからなぁ・・・。

 呼び出された以上は行かないと相手が待ちぼうけする。

 この時間だと暗いから尚更だ。


 そんなわけで自分の教室に戻ってきた。

 誰もいない。

 誰もいないので仕方なく自分の席についてみる。

 すると教室の扉ががらりと開いた。



「京極!」



 ん? イケメン御子柴君じゃないか。



「御子柴? どうした?」



 何やらキョロキョロと周囲を伺っている御子柴君。

 探しものか?

 部活が終わって無くしものにでも気付いたか。



「何か探してんの?」


「いや、誰もいないかって」


「?」



 確認を終えたのか御子柴君は俺のところへ来た。



「あの・・・これ! 受け取ってくれ!」


「え?」



 手渡されたのはラッピングされた箱。

 まぁ・・・あれだよね、これは。

 ・・・ラリクエ倫理ー!!



「ちょ・・・」



 何とか理解が追いついてさすがに拒否だ、と発言しようとしたところ。

 御子柴君は箱を無理やり押し付けて来た。



「お、俺! こんなの初めてだけど! わ、渡したからな!!」



 走り去る御子柴君。

 えー・・・これ、どうすんだよ?

 あれ? バレンタインって断る時ってどうすんだっけ?

 なんかこれ、受け取っちゃったことになってる?

 唖然とする俺はしばらく教室に立ち尽くしていた。


 ちなみに御子柴君からのアクションはその後なかった。

 俺は一体、どこで気に入られちゃったの?

 彼の中で想いが成就したと解されないことを祈る。



 ◇



 ケース4 九条さん


 寮で生活していると土日とも朝夕の食事が用意される。

 だから寮生は食事時間に嫌でも顔を合わせることになる。

 俺と九条さんも例外ではない。

 だから九条さんはバレンタイン当日の14日まで待っていたようだ。

 さすがに渡して来ないってことはないだろう。

 橘先輩が目の前で渡していたのだから。


 そんな勝手な期待をしていたバレンタイン当日。

 朝食を一緒に食べて。

 何か言ってくるかなーと思っていたら何もなかった。

 あれ? 予定を聞いたりもして来ない?

 ちょっと肩透かし感があったけど夜には何か言ってくるだろう。


 そう思って少し悶々と昼間過ごしていたところで気付いた。

 よく考えたら俺、貰わないほうが良いんじゃん!

 ラリクエ的には当面、友達の距離感が望ましいはずだ。

 だから友達宣言したのに。いつの間にか橘先輩と同じ距離だ。

 義理なら12日に学校で渡しているはず。

 ならば今日はこの後、会わない方が良いのでは?

 クリスマスとかパスタの会とか、一緒に行動し過ぎて感覚が麻痺してきていた。

 これも彼女の戦略なのか・・・恐るべし。

 そういうわけで、俺はおばちゃんに外出するので夕食不要と伝えた。

 もし準備してたらごめんね、九条さん。


 で、夜遅くまで外出していた悪い子の俺。

 テクスタントを持って喫茶店で勉強をしておりました。

 門限の21時前に帰宅したときにはすっかり外出の目的を失念。

 今日はいつもと違う環境でよく勉強できたなーなんてルンルン気分だった。


 うちの寮は部屋に鍵がかからない。

 疚しいことを考えないため、というおばちゃんの方針らしい。

 生徒同士が部屋を行き来するのはモラルに任せているそうな。

 もっとも21時を過ぎて行き来すると怒られる。

 消灯時間が21時で、それ以降は部屋で大人しく。ということらしい。

 ちなみにトイレでも出歩くとおばちゃんがチェックしに来る。

 寝る前のトイレ習慣が身につくよ! 子供か!

 とまぁそんな訳なので、21時過ぎれば自然と部屋でひとりになる。

 はずだった、部屋の戸を開けるまでは。


 暗い部屋に明かりを付けると・・・

 ぎゃああぁぁぁ!!

 なんでそこに九条さんがいんの!?

 部屋の真ん中のフローリングにパジャマ姿でへたり込んで、俯いてるよ!


 驚きのあまり声をあげそうになるが、他の人にバレるので声を飲み込む。

 部屋の戸を閉めてしまえばそこそこ防音だ。

 とりあえず閉めて・・・良かったのか!?

 このままだと九条さん、部屋に帰れねえぞ!?

 だが話もせず追い出すわけにもいかない。

 だって・・・九条さん、涙目なんだもん。



「・・・ぐす・・・京極さん・・・」


「えーと・・・」


「酷いです・・・わたしが来るって・・・ひっく・・・」



 うん、思い出したよ、外出目的。

 誰だよ九条さん泣かせたやつ! 俺だった!

 さっきのルンルン気分の俺をぶん殴ってやりたい。

 正直・・・ここまで頑張って待ってると思ってなかったんだよ。ごめん。



「・・・ごめん」


「・・・ひっく・・・」


「あの・・・」


「・・・うっ・・・うっ・・・」



 うわぁー・・・。

 どうすんだよ俺。収拾つかねぇぞ。

 仕方ない・・・時間薬だ。

 俺は九条さんの隣に腰を降ろした。

 そのまま九条さんが落ち着くまで待つことにした。


 ・・・待つことおよそ30分。

 ・・・えっと・・・九条さん? 泣きっぱなしだね?

 これ、アクションしないと駄目?

 どうすれば良いのか分からない俺。

 迷った挙げ句・・・九条さんの頭に手を置いて撫でてみた。



「・・・ひっく・・・」



 様子は変わらないが・・・頭を俺に預けて来た。

 そのまま落ち着くまで撫で続ける。

 ・・・うん、罪滅ぼしだからね、仕方ない。


 徐々に落ち着いたのか。

 泣き声は聞こえなくなった。



「・・・九条さん?」


「・・・すぅ・・・」



 ね、寝てるーー!?

 どうすんだよこれ!?

 起こすのか!?



「ん、京極さん・・・」


「九条さん?」



 あ、良かった。すぐに目を開いてくれた。

 俺と目が合うと・・・焦点が合ってないのか。

 そのまま俺の胸に顔を寄せた。

 撓垂れかかるような体勢になった。



「あの、九条さん?」


「京極さん・・・教えてください・・・」



 うーん?

 ちょっと待って?

 こういうことにならないよう、外出したんじゃなかったっけ?

 事態が悪化してない?



「わたしのこと・・・嫌いなんですか・・・?」


「・・・」



 即答できない俺。

 好きか嫌いかって言ったら好きだよ!

 でも好きって言ったら駄目なやつなんだよ!

 だから距離取りたいんだって!!



「嫌いじゃない・・・」


「だったら・・・わたしが来るって分かってて、どうして・・・」



 うん、だよね。

 この行動、どう考えても嫌いだって意味合いだよね。

 俺も思うよ。罪悪感。



「そんなにわたし、魅力ないですか・・・」


「・・・」



 胸に顔を抱いているので表情は見えない。

 けど・・・ね。修羅場ってますよね。

 これ、フォローしたいけど出来ないやつじゃん。

 どうすんだよ俺。



「わたし、分からないんです。こんな気持ちになっちゃうなんて・・・」


「・・・」


「自分が自分で分からなくて・・・不安で・・・」


「・・・」



 うん、恋する少女ですね。

 ・・・俺もどうして1年足らずで攻略しちゃったのよ。

 計画では3年間、お友達の予定なんだよ。

 JCは駄目だって。せめてJK・・・。



「・・・橘先輩だから、ですか・・・?」



 顔を上げ、至近距離で俺を見上げる。

 潤んだ瞳が、不安で縋っているのだと訴えてくる。



「・・・そうじゃ、ない。・・・」



 正直、橘先輩ならと考えたりもしたけど。

 九条さんにこうやって影響する可能性から保留した。

 裏目に出てるけどね!?



「・・・わたしが子供だから、ですか・・・」


「・・・」


「・・・もっと、大人になったら・・・見てもらえますか?」



 あ、ここ否定しなきゃ駄目なやつやん。

 しまった。

 何言わせてんだ! 俺!

 罪深すぎんだろ! 光源氏計画かよ!



「・・・前にも言ったろ。俺は中学の間は・・・」


「・・・橘先輩もそうやって断ったんですよね?」



 どうして知ってんの!?

 恋敵同士で情報交換したの!?



「・・・わたし・・・京極さんの1番に・・・どうしてもなりたくて・・・」



 ・・・修羅場ってる最中なんだけどさ。

 ラリクエで九条さんを主人公にしたときってどんなだったっけ?

 とても一途で、その一途さで他キャラを攻略するんじゃなかったか?

 これって、どう考えても俺にその一途さが向かってるよね?

 ・・・不味いのでは・・・。


 俺は九条さんの肩を両手で持ち、引き離した。

 潤んだ銀色の瞳が俺を映す。



「九条さん。正直、俺は今は誰も選べないんだ」


「・・・?」



 どうして、と。言葉を待っている。



「・・・俺、考え方が古くてさ。無責任に受け入れられなくて・・・」



 ザ・昭和的価値観☆

 身持ちは慎重にね!



「自分で、自信がついて。大丈夫だって思えたらその時にって思ってる」


「・・・ずるいです・・・いつになるんですか・・・」



 だよね、俺も思う。

 いつって、高校卒業後だな! 6年も後だね!



「・・・」


「・・・」



 ずっと潤んだ瞳で見つめてくる九条さん。

 これ以上はすれ違いだよね?

 もう許して・・・。



「・・・わたし・・・」


「・・・」


「・・・ずっと、近くにいますから。そのときまで・・・」



 重! もはやヤンデレ!?

 6年間、我慢してくれんの!?

 長いけどさ!



「・・・これ。受け取ってください・・・」



 すっかり忘れていた。

 九条さんは小さな包を取り出した。

 寮では調理できないからきっと既製品だ。

 けれども、店売りっぽくないラッピングは彼女が自分でしたのだろう。

 何も言えず、俺は差し出されるままに受け取った。

 すると九条さんはまた頭を俺の胸に預けてきた。



「わたしを待たせた罰です・・・朝までこうしていてください・・・」



 えええ・・・橘先輩でも観覧車内限定だったのに・・・。

 結局、疲れて寝付いた、日付が変わる時間まで彼女の頭を撫でていた。

 とても疲れました。まる。


 こうして俺の脱走計画は水疱に帰したのだった。

 むしろ、事態が悪化したね! フラグって折るの難しいね!



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