019

 季節は冬になった。

 リアルと同じように春夏秋冬が巡る。

 地球温暖化で暑くなってるのにリアルと大差ないのは技術革新でもあったのか?

 単なるラリクエ開発陣の手抜なだけかもしれない。

 いやでも、やたら設定が作り込んでるからなぁ・・・。

 想像のつかない設定が埋め込まれている可能性は高い。


 ともあれ冬というとイベントが多い。

 クリスマス、年末年始、バレンタイン。

 目下、俺が問題としたのは年末年始の帰省だ。

 お盆はスルーしたけれどもさすがに年末年始スルーは難しい。

 俺が子供たちに下宿させているなら帰ってこいと言うだろう。

 親心とはそんなものだ。

 だから子供の立場としたら強制されるんだろう。

 と考えながらも駄目元で実家に電話して帰省しないと言ってみた。

 すると「想い人ができたのね、1番は大事にしなさい」と勝手に納得された。

 それで良いのかママン。

 ということで彼女?がいる設定になった俺はひとり寂しく年末年始を過ごす予定となった。

 


 ◇



 お昼、食堂で冬休みの話をしていたくだり。



「え? 年末年始、寮にいるの!?」


「うん、勉強あるかんね」


「えー、武君、まだ1年じゃん。帰省くらいしなよ」


「こんだけやっても九条さん以下なんだよ・・・」


「あ・・・」



 前期試験の順位は橘先輩も知っていた。

 高天原を目指すという俺の意思も。

 だから俺の言葉の意味するところは理解したはずだ。

 弓道部で九条さんと向き合って来たのだから。

 俺と橘先輩の言葉に九条さんは?という表情を浮かべていた。

 天才には見えない世界があるのだよ・・・。



「それでは、年末年始は京極さんはおひとりなのですね」



 俺を見て少し考える素振りを見せる九条さん。

 九条さんは帰省するそうだ。夏も帰ってたしね。



「んー、年末は私も予定があるけど。こっちいるなら、年始に初詣行こ?」


「うん、そのくらいなら」



 橘先輩のお誘いに乗る。

 勉強漬けのつもりだったけどさすがに誰とも会わないのは寂しいと思っていた。



「む・・・京極さん。わたしは年末の帰省は最後の日にするつもりです。年末、ご一緒しましょう」


「え? 大丈夫? そのタイミングって電車混んでない?」


「平気です! 年越しそばを食べに行きましょう!」



 年越しパスタじゃないのね、というツッコミはしない。

 


「うん、分かった」



 こちらも承諾。

 2日程度だしな、勉強の合間の休憩だ。

 互いに譲り合って納得しているのか、2人とも約束を取り付けてにこにこしている。

 まぁ・・・進展はしないと思うけどさ。

 そうだ、また飯塚先輩に頼んでリア研で世界語をやってもらおう。

 冬休みにスピーキングの練習もしたい。



「ところで、24日は予定ある?」



 橘先輩の質問に九条さんのパスタを運ぶフォークがぴたりと止まった。



「クリスマスイブ、ね。ないけど・・・」


「けど?」


「前に話したとおり、俺は中学の間に彼女を作るつもりはねぇんだ」



 九条さんもいるのでちょうど良い。

 全力でフラグを折っておく。



「え?」


「・・・」



 ふたりとも怪訝な表情を浮かべた。

 あれ、橘先輩には観覧車で宣言したんだけどな。



「だから、そういう恋人同士のイベントはやるつもりはない」


「・・・えっと。とにかくひとりで過ごすのね?」


「? そうだぞ」



 何か疑問要素あったか?

 もしかして俺がこっそり彼女でも作ってると思ってる?

 そんなの九条さんがずっと傍にいるんだから分かりそうなもんだが。



「えっと。それだとさ、気分的に寂しいじゃない? 恋人いない友達同士ちょっとくらい集まろうよ」


「そうです、それが良いです」



 ん?

 ふたりして俺が存在しない彼女にこっそり会うのか心配してんのか?

 雪子に会えるなら会いたいんだがな!



「・・・まぁ、それなら。何をすんだ?」


「集まってケーキ食べるくらいならどう? 飾り付けとかはしないでいいから」


「そうですね。それでちょっと遊ぶくらいでどうですか」


「うん、カードゲームとかやろうよ」



 楽し気に計画を話すふたり。

 なんか息が合ってるぞ?

 このふたり、競争がなけりゃ馬が合うんじゃねぇか?



「で、どこに集まんだ? 寮は騒げねぇぞ」


「私のうちなら大丈夫。客間もあるからそこでちょっとくらい騒いでも平気」


「なら、そこにしましょう!」



 あれよあれよという間に決まっていく。

 これは・・・下手に断らない方が無難に終わるやつだ。



「わかった。じゃ、24日の夕食をパーティーで食べるってことで」


「決まりね! ケーキはうちで用意しとく」


「俺も何か、オードブル的なやつを買っていくよ」


「私は・・・」


「九条は早めにうちに来て準備を手伝って! 24日は部活ないでしょ」


「はい、わかりました」


「武君は準備が終わったら寮へ迎えに行くから寮で待っててね」


「わかった」



 ・・・なんだろう。

 今の流れからすると準備する要素なさそうなんだがなぁ。



 ◇



 桜坂中学の冬休みは12月26日から。つまりクリスマスは普通に授業だ。

 今年は25日が金曜日なのでイブにハメを外して遊ぶこともできない。

 もっとも大人からすると中学生で夜更かしするようなハメの外しかたはどうなんだと思うわけだが。


 24日の授業後、俺は制服のまま買い物へ出かける。

 リア研は先輩に「イブなんでやめときましょう」って言って休みにしてある。

 「京極君に春が来た!」って言ってたからチョップしといた。

 飯塚先輩、あんたのために休みにしたんだぜ(嘘)。

 でも冬休み中の活動をまた無理言ってお願いしたけどね!


 普段は寮の周辺と学校付近しか歩かないけれど、こうして駅前へ行くと色々と新鮮だ。

 未来仕様で驚くものがいくつもあるが最たるものがホログラフィの類だ。

 広告もホログラフィ、店頭ののぼり・・・もホログラフィ、看板もホログラフィ。

 物理的な制約がないのでかなりいろいろなものが動き回っている。

 ただ、そこら中に自由に表示すると目を奪われて危険なのだろう。

 ホログラフィを特定方向や至近距離からしか見えなくする技術もある。

 だから店の前に行くと、唐突に表示されたりするのだ。

 それもびっくりする人がいるので、店頭で目の前に表示される場合、足元にホログラフィが表示されることを示すマークが貼ってあったりする。

 こういった規制は実際に目にすることで、なるほど、と納得できる。

 運転中や歩行中にスマホを見ないようなもんだね。


 で、本題のオードブルだ。

 俺は九条さんのように店(パスタ店限定)に詳しいほど出歩いていない。

 でもさすがにフェニックスのようなデイリーユースの店で買うわけにはいかないと思う。

 だから自然と駅前のおしゃれ店舗やデパ地下的な場所を狙うことになる。

 それで駅前まで来たのだけれど・・・。

 店頭には「自動調理機用」と書かれた食材の多いこと。

 焼く前のチキン+付け合わせのソース+周りに添える野菜、とか。

 規格サイズの専用カードリッジに入って売っている。

 きっと自動調理機にセットすると完成品が出てくるのだろう。

 うーん、もしかしてレンジでチンってくらい一般的なのか?

 それなら確かに店頭で冷めて不味くなるものを売ることもないだろう。

 

 問題は俺が求めているオードブルが無いこと。

 だってよ、ほとんどが自動調理機用なんだぜ?

 レンチンどころかコンロの代わりに自動調理機なのか?

 ・・・完成品を求めた俺はどうすればいい。

 しまったなぁ・・・橘先輩んとこで自動調理機が使えるのか聞いておけばよかった。

 ううむ、言っても始まらん。

 ・・・温めるだけで良さそうなものをチョイスするしかないか。

 あんのか? そんなもん・・・。


 あ、しまった! さすがにクリスマスプレゼントの交換ってやるんじゃね?

 のんびりしてる時間はなさそうだ!



 ◇



 両手に荷物を持って寮にたどり着いたときには既に橘先輩が待ち構えていた。

 コートとマフラーに身を包んでいても寒そうな様子から、少し待たせてしまったのだろう。



「おっそーい!! どんだけ待たせるの!」


「ごめん。そんなに早いと思わなくて」


「だ~め! 罰として今日、私と九条の質問に一つずつ答えること!」


「あ、ハイ」



 笑顔の橘先輩は俺が持っていたオードブルの袋を取る。

 空いた片手を橘先輩の手が握る。



「はー、あったかい! よっし、行こう!」



 遅れた手前、やめてくれとも言えず。

 冷たい橘先輩の手が温まるならそれでも良いかと思ってされるがまま。

 俺は引っ張られ、橘先輩の後をついていった。


 歩くこと30分。閑静な住宅街に橘家はあった。

 外観からして寮の周辺の家よりも数倍大きい洋館だ。

 客間で騒げるってところから少し大きいんだろうな、とは思ったけど、ここまでとは。

 うん・・・お屋敷ですね、これ。

 庶民かと思っていた橘先輩も良いところのお嬢様だった。



「ほら、九条も待ってるから早く」



 玄関から広いホールを抜けて長い廊下を歩く。

 途中、買ってきたものを橘先輩に引っ手繰られると、屋敷の執事さんらしき人に手渡していた。

 つか、そんなお雇いの人までいるのね・・・お嬢様!


 背中を押されながら進むと廊下の先にある部屋に案内された。

 そのまま入れと言わんばかりに背中を押してくる橘先輩。

 入れというなら入ろう。何かあるのかもしれんが。



「メリークリスマス!」



 扉を開けた途端に、クラッカーがパンと鳴る。

 飛び出したカラー紐が硝煙の匂いと共に降り注ぐ。

 ああ・・・これがやりたかったのか。

 九条さんが、やたらにこにこ顔で俺の反応を待っている。

 これ、驚いたりしてあげたほうが良いのか?

 予測しすぎたかな・・・。



「メリクリー!!」


「どぉぅわぁぁぁ!!」



 パン!と耳元でクラッカーが弾ける。

 真後ろから橘先輩が使ったのだ。

 びっくりした!! 心臓が止まるかと思った!!



「あっはっは!! 大成功!!」


「やりましたね!!」



 驚いて胸を押さえどぎまぎしている俺を横目に、橘先輩と九条さんはふたりで手を取り合って喜んでいる。

 あ~! これは裏をかかれた!

 はー・・・まだドキドキしてるよ!

 四十路を過ぎると経験値溜まりすぎて驚くこと減るけど、こういうドッキリ耐性はつかねぇからな!



「やったね、武君! クリスマスイブにドキドキできたよ!」


「京極さん、いつも冷静ですから! 驚かそうと決めていたのです!」


「・・・うん、びっくりした。さすがにドキドキしてる・・・」


「クリスマスなんだからドキドキできたら勝ちだぞー!」



 パン、パン、と残っていたであろうクラッカーを追加で弾けさせる橘先輩。

 なんかもう、これだけで一年分驚いた気分だ。

 ・・・この世界に来てから驚いたこと一杯だけどさ。



「ささ、ケーキ食べよ! お腹すいた~!!」


「先輩、先にプレゼント交換です」


「えー、ケーキ冷めちゃうじゃん!」


「冷めません」



 俺の希望どおり、部屋にはクリスマスの飾り付け等はなかった。

 シンプルにケーキと、俺が買ってきたオードブルだけらしい。

 先に集まっていたのはクラッカー作戦をシミュレートしていたからだそうだ。

 どのタイミングが効果的かを検証したのだとか・・・。

 橘先輩のセンスに脱帽だぜ・・・。


 その後、プレゼント交換をして。

 落ち着いた頃に先程の執事さんらしき人が温めたオードブルを持ってきてくれた。

 丁寧に一礼して去っていく。

 やべぇ、本物の執事さんだよ・・・初めて見たよ。


 カードゲームも始まり、わいわいと過ごすイブの夜。

 自分に課していることが多いから・・・こういうのも悪くないと思った。

 ちなみに質問は

 「想い人はいますか?」

 「男は好き?」

 だった。

 答えはどっちもNOだぞ!?




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