第5話...駆る追憶
悠花が誘拐事件に巻込まれたあの日、俺は心に穴が空いた様だった。
小学六年の夏、悠花家族と夏祭りに行く予定だったのに____彼奴は、俺をおいて、神社がある裏山の森に消えた。
あの日彼奴が何をしていたのか、何を願いに行ったのかは分からない。ただ、今はこの世の全てに吐き気がする。
煙草を咥え、手で隠して着火する。肺いっぱいにニコチンを吸い、大きく吹く。
正解がなんだったのかも、分からず、夕陽に照らされた剣道部の一室で煙草を吸う日々。
桜の刺繍がある竹刀袋を携えた一年下の後輩、花山霞が俺の姿を視界に捉えると小走りに近寄り、顔を曇らせる。
「ふぅ......」
「タバコ......」
「何だ、霞か。俺に何の様だ?」
「怒られますよ」
「誰に怒られても全然怖かねぇよ。学校は俺を辞めさせない。親父がいる限り、俺の単位は落ちないし絶対に卒業せる」
ストレス発散に買ったタバコ、誰に言われようが辞める気はない。誰の身体が悪くなろうが、関係ない。
俺がいつ死のうが、世界が滅んでも関係ない。
この世界は夢物語じゃない。俺の願いは、叶わない底知れぬ夢。生と死の狭間で今も、無関心に命を浪費している。
悪も正義も所詮は造り物、誰かが定めた基準に沿って構築されているに過ぎなく、才能がどれだけ優れようと、この世界は誰にでも理不尽を与える。
「俺もお前見たいに剣の才能や、クソ親父みたいなビジネスの才能でもあれば、空っぽにでもならずにすんだかな」
「私より強かったですよ、先輩は。マル二年、部屋で引きこもってたら、私にだって負けますよ」
「世界大会の四位様に言われても、俺は悔しくないね」
「ねぇ先輩、妹ちゃんが喧嘩したって言ってました。何か、言われたんです?」
「いや、下手くそって言ったのは、俺」
完璧に出来た。その気になれば。家系も超良血、有意義に見える家庭の中身はサイヤク。
才能主義、祖父も祖母も初めは俺に興味はなかった。母はメイドの一人、凡人寄り劣る母の取り柄は顔と性格、二つ以外は最悪。
俺の部屋は車が二台入るガレージ、そこに俺の才能を伸ばそと沢山の本が羅列した本棚と枕、楽器や教材の物置かと思えるほど、大量の荷物が埋め尽くす。
妹は芸術家に神の手を持つとまで言われた天才だったが、俺が全て才能で捩じ伏せた。
小一の頃に放り込まれたガレージは油臭いし、左利きを矯正しろとか五月蝿い。金は幾らでも出す、それは金になる事だけ。
生きる為には歌詞を書き、小説を書き締める。売れる、絵も歌も全て。
他の人から見れば、正に天国。俺からしてみれば、生き地獄。常にプレッシャーが押し寄せ、急かす。
自由等なく、溜まり続けるのは金とコネ、あとはストレス。
難儀なもので有名になればプライバシー何て物はなく、カメラに追われる日々。
「今も家族関係が良くないみたいですね」
「親父のことを様付けする母とは仲良くなれないし、さん付けされる息子の気持ちが少しでも分かる?すげぇ気味悪いぜ」
「先輩なら財産を手にする為に、奔走するかと思ってました」
「金、才能、この世の人間が欲する物が手にあるのに、好きな人は帰って来ない。最悪な気分だ」
「勉強出来たら良かったですね」
「将来はニートになるから、勉強は要らんでしょ......」
「卒業出来ませんよ」
「参考書、俺の部屋にあるし、テストは赤点ギリギリで通ってるから、無問題」
勉学が出来ない、そこが唯一母と似た所だった。
父親は勉強は大事だと言ったが、祖父と祖母は勉学が得意ではあったが、必要ないと言ってた。妹には五月蝿いのに。
「最近、夜何やってるんです?」
「彼氏に聞かれたらどうする?勘違いで背後から撃たれたくないぞ?勘違いじゃなくても嫌だけど」
「
「パルクール。夜、駆と凄く気持ちいいんだ」
そうか、こんな詰まらない日々だった。家庭はクソ、だから好きだった悠花と結婚して、本当の家族関係が欲しかったんだ。
初めてだった。自分を、本当の眼で見てくれる人間は。
行くぞ、朝は早い。悠来が見ていた闇サイト、残り時間は30時間。
駅まで逃げ切れば、悠来と仲間を合流させる。駅まで最短ルートで送り、俺達は駅で撒き、一日滞在してから電車を乗らず、タクシーでこの街をさる。
「着いて来れなければ目的の場所で落ち合おう」
「ふっふーん、私は大丈夫です!万能型の天才なんですよ」
「お手並み拝見だな!」
移動動作を用いて、人が持つ本来の身体能力を引き出し追求する方法およびスポーツ。できるだけ体力温存、最短ルートで通る。
未来を抱え、山道の木製階段を四段飛をばしながら駆け下りる。
「時刻は5時12分、人通りは少ないからと言って何時でも警戒はしとけ! 」
「パパに何度も言われたので!」
街に入る。人の気配はないが、見つければ距離を置いて駅に向かう。
鬼が多い鬼ごっこ、此方も敵側も鬼。逃げ切ってやる!
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