第3話...父から娘への愛
宿屋に到着するも、受け付けは誰もおらず、人の気配が感じ取れない。
正直、軽かった未来が少し心配にはなるが、俺も山奥まで女の子一人を背負って山道を片道二時間、休憩したい。
予約していた部屋に荷物を置き、未来と共に旅館の中を探索する。
矢張り願いを叶えた未来の身体能力は落ち、足取りから見るに視力が落ちているのが良く分かる。
俺の袖を掴んで二人で歩きいていると、ある事に気付く。
外側から明らかに壊れた、一つの扉。そんな扉に小さく掘られていた言葉をなぞり、未来に頭に浮かんだ疑問を質問する。
「なぁ?」
「何ですか?」
「掘られた夢って、祈れるか?」
「無理じゃないですかね?」
「一人に対して、祈るのは一回だけ?」
「違います。二つの願いを叶えた人がいました」
何故か、この掘られた文字には見覚えがあった。右下がりになる文字が、悠花に、悠花のおばあちゃんにそっくりなのだ。
必死に掘ったのだろう。数文字、誤字ってはいるが、読み取れる。
多分、女の子の字だと思う。不思議と、そう確信できる。
当たって入れば俺は変態だが、答えを証明する物はない。同時に願いが無駄打ちでも、困っているなら俺の願いを消費してもいい。
正直の話し、死んでいる可能が大きい悠花寄りも、こう言う必死こいて掘られた夢を叶えてやりたい。
「此奴の為に、祈って欲しい」
「分かりました。言ってください、文字の人の願いを叶えましょう」
「壊れた運命を戻して。可能性が欲しい」
「叶えましょう」
願いが叶ったのか、黄金色の粒子が漂い、消滅する。
二度目の光景だが、未来が微笑んだ姿を見るに、気っとこの子の願いは叶ったのだろう。目的は分からない、でも理由は解らずとも、叶えてやりたい。
漠然とした思いだが、この思いを無駄にしたら俺は自分の嫌いな奥底の、ゲテモノの願いを差し出す。
__それだけは、絶対に嫌だ。
「未来、背負ってやるよ」
「お願いできますか?」
「俺の
未来を背負って旅館を見回していると、一室から咳払いが聴こえた。現状を伝えようと襖を開けると、そこにはパンフレットに載っていた男が倒れていた。
違う所があるとすれば、写真寄りも細く、肋骨がはだけた胸から見える。
何となくだが、長くない気がする。
「予約していた桜井です」
「桜井さんですか。すみません。今日は体調が悪く、おやすみします」
「夕方なので、他は取れませんし、飯は何とかしますから一泊、良いですか?」
「構いませんよ。キッチンもお好きにお使いください」
「願いが叶うとすれば、貴方は何を望みますか?」
「おい、未来」
「大丈夫です」
食い気味に話す未来に面を食らい、吃る。
未来は男の手を取り、男の願いを祈った。半信半疑の男の願いは至極単純な事で、娘の健康祈願だった。
「私は酷い父でね、怒れば娘を叩く事しか出来なかった。今思えば、抱きしめてやりたかった」
「酷い父だな」
「否定は出来ません。知り合いに娘を預け、人との関わりが深い仕事に着きました。あの子に、いずれ笑って抱きしめてやれるんじゃないかと、思ってました」
「何で、知り合いに娘さんを?」
「言われたんです。気弱な人間になってしまうと」
「抱きしめるて笑う何て、些細な事だ」
「そうです......よね。ストレスで身体を崩し、そのまま病に掛かりました。本当は、一年で娘を迎えに行くはずでしたが、やはり......駄目でした」
玄関から大きな物音が聴こえ、ドタドタと音を立てて此方に向かってくる音に咄嗟に部屋を出る。
襖の音が廊下まで響き、聞き覚えの声が叫んだ。
その声は半狂乱の様で、旅館に入れば何処でも聴こえるんじゃないかと思う程、大きい。
花瓶の様に飾られた開いた金庫に俺は漠然と手を伸ばし、開く。
そこには小さな少女の写真が大量にあった。日記に無粋だが手を取り、心情を理解する。
また、殴ってしまった。熊が出没するこの地域に、一人で外に出るなと何度教えても理解しない。
こんな家寄り、外の方が良いに決まっている。
この不器用と理由を付け、殴る行為で殺してしまうのではないか?駄目だ、私は学習しない。
私は何をしているのだろう。両親にされてきたことを、繰り返している。
このままでは、ハスが私と同じ様に、不器用な人間になってしまう。どうにか、しなくてはならいが、今の私では無理だ。
先生に言われた。ハスと距離を置いた方が良いと。離れたくないが、私の願いが叶う事はしてはならない。
一年、我慢して娘を迎えに行こう。
昔、祖父が経営していた温泉があると聴いたことがある。慣れよう、感情表現が出来る様に。
ダメだ。接客は出来ても、写真の娘を見たら私は。
昔のままだ。変わらないと、いけないのに。甘くて、歪な理想から抜け出して、痺れる様な過酷で綺麗な現実に、前を向かないと。
殴り書きされた文字には、嘘はないと思う。あの人は、この日記を見たら何を思うだろうか。
日記を置き、廊下を歩きだす。
「ざまあないよな、クソ親父っ!」
「おかえり、ハス」
枯れ枝様に細い父を見ると、揺さぶられる物が確かにあった。罪悪感かも知れないし、願いが本当に叶いそうな時の、感動なのかは、今のわたしには分からない。
「金に、困ってないか?彼氏は出来たか?幸せか?」
「困ってるから帰って来たんだ!叔父さんが軽トラに跳ねられて、手術代を払わないといけない。私は、あの人に恩返しがしたいんだ......!」
「そうか」
「金庫は何処だ?儲けてるんだろ?昔は金庫を眺めていたもんな!!?あるんだろ?何処だ?何処だ!!」
「金庫なら廊下にあるよ」
部屋を出て、目の前の鍵がかかっていない金庫を開ける。
大量のわたしが描いた絵や、お父さんの為に作った写真立て。立てには三歳の頃に家族三人を描いた、絵が飾られていた。
何故だか涙が流れ、読んだ日記を地面に叩きつける。直ぐに父の部屋に戻ると、そこにはもう、はにかんで笑う父は、いなかった。
奥底で眠る怒りが爆発し、胸ぐら掴んで喉が裂けるくらい叫ぶ。会えなかった六年、父と過ごして来た日々の鬱憤を晴らす為に。
「何がしたかったんだよ!!お前は!!!」
当然返事何て返ってこない、夕方の願いを今、此処で叶えるなら、今一度父の声が聴きたい。
ただ、抱き締めて欲しかっただけなのに。
「ごめん......なさい......」
その時、父の声が聴こえた。確かに、耳元で囁かれた。
わたしが父の声に気付くと不思議な感覚に包まれ、わたしは泣きじゃくり、落ち着くと心の底からあの二人に心から感謝した。
「良いのか?残り六回だ」
「あの叔父さんが、願った......娘が調子に乗らない程度に、厳しくも、優しい人達に囲まれ、楽しく生活が出来ますように」
「優しくて厳しい人達か?俺たち?」
「君は優しいですよ」
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