第2話
終着駅まで行き着いて、私はホームのベンチに座った。ときどき、うろんげな顔で私を横目に見る人がいた。スーツ姿の女が、アイシャドウがみにくくはげ落ちるのもお構いなしに、目を真っ赤に腫らして泣いているのだ。それも、当然だ。けれど、そんなことは、どうでもよかった。ただ、途方に暮れていた。
夢中で泣いているあいだに、いつのまにか駅はしんと静まりかえっていた。遠くから、鳥の鳴き声が聴こえた。静かな駅はふしぎと心を落ち着けた。
かなしみは、胸の中に依然としてすくっていて、心がどっと重かった。体も、重たい気がした。緑のあるところに行きたい、と思った。自由になった小太郎の魂があるとしたら、ごみごみした街の中じゃなくて、緑のあるところであるはずだ。
私は奇妙な確信に突き動かされ、吸い寄せられるように改札に向かった。駅員の姿は見えなかった。改札機がICカードを読み取る人工的な音が、やけに大きく響いた。
行くべきところも分からず、私は歩いた。ずいぶん歩いて、やっと大きな公園を見つけた。細い葉をたくさんつけた大木がいくつも茂っていた。木の匂いを嗅いでみた。なつかしい匂いだと感じた。体中に喜びとしか言いようのない感覚が駆け巡り、震えた。私はその公園に、ゆっくりと近づいた。
公園には白い大きなベンチがあった。私は、そのベンチに寝転んだ。そうするべきだと感じたからだ。すると、大きな腕に抱きしめられた。なつかしい腕だった。私は、すぐにそれが小太郎の腕だと分かった。私は喜びで胸がいっぱいで、ただ「小太郎」とだけ言った。けれど、実際に空気を震わしたのは、か細い「にゃあ」という声だった。あれ、と思った。にゃあ。にゃあ? けれど、すぐに、そうだ、私は猫だった、と思い直した。どうして、忘れていたのだろう。仕事帰りの小太郎を待って、このベンチで眠るのが、日課だった。
「今夜はずいぶん寒い。お前は、あたたかいね」
そう言って、小太郎は私をコートの中に押し込んだ。私は寝ぼけながら、ほんとうの安らぎのなかにいた。小太郎の腕のなかにいるのなら、もう安心だ。ゆっくりと歩く小太郎のコートのなかで、私は心地よいまどろみに誘われていった。
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