バトル少女なつみ

@nurunuru7

第1話

ここは西都護身女子高等学校。

過酷な世界情勢に対応するため、各個人が護身術という名目で特殊な能力を身につけるべく修行に励む学び舎。

今やこの世界には軍事組織、企業、犯罪者に至るまで能力者を抱えている。

そういった組織、企業はこの学校で身に付いた少女たちの能力を虎視眈々と狙っているのである。

したがってこの学校での活躍はイコールその後の進路を大きく決める道しるべともなるのだ。


この学校の最大のイベント。それは年に一回行われる格闘大会。

11月に二週間にわたって行われる大会は予選と決勝トーナメントとの二部構成で生徒達の技を競うものである。


その結果は言うまでもなく進路に大きく関係してくるであろう。

だがそれは別の話。

今はここでその大会で戦おうとする少女達に注目しよう。


17歳。二年生の少女がいる。

名前は梶川夏弥かじかわなつみ

引っ込み思案の性格からはこの学校にはあまり相応しくないのではないかと思われるのだが、早まることなかれ。

彼女は一年生にしてトーナメント一回戦突破した実力の持ち主なのだ。

本人曰く。たまたま。運が良かっただけだそうだが。


腰ほどもある栗色の髪を先っぽで結び、青い基調の服を着て少女は念のように呟く。


「傷つくことも、傷つけることも、恐れない・・・。」


力のこもっていない拳を見つめ、深呼吸をする。


「なっちゃん。そろそろ行くわよ。」


ガチャリとドアを開けて友達の夕凪香ゆうなぎかおるが現れる。


「うん。行こう。」


ドアから出て行く2人。

はたして彼女たちにどんな戦いが待ち受けているのか。



全校生徒が集まる体育館。その数300人程度。

この格闘大会の間先生方は姿を現さない。古来第一回大会より生徒会が運営全般を取り仕切ることになっているのだ。

しかし体育館の生徒はざわついている。

本来開会式の宣言を行う大役は生徒会長が行うはずであるが、壇上には二年生の副生徒会長、海神水姫わたつみみずきが上がっている。


「あれ?水姫じゃない?生徒会長は今日も雲隠れか。」

「あんまり見たことないね。」

「へっへっへ。まあ、わからんでもないけどね。去年トーナメント一回戦でなっちゃんにまさかの敗退で信用ガタ落ちだし、こういうとこで点数稼いでおかないと来年の生徒会長の座が危ういもんね。」

「そんな。悪いよ。」


適当に整列している生徒たちの中で夕凪香と梶川夏弥が小声で話している。


「今年も西護格闘大会の季節がやってまいりました。そろぞれ正々堂々、悔いのなきように全力で励みましょう。以上。」


まさかとは思うが、全校生徒が整列している中で後ろの方に立っていた夏弥に視線を送りながら、海神水姫は壇上での宣言を早々に切り上げたように見えた。


「ありゃ相当根に持ってるわね。」


香が夏弥に囁く。


「うーん。」


全校生徒はガヤガヤと騒ぎ出した。宣言の終了。それは大会の開始でもあるからだ。

予選ルールその1。誰と誰がいつどこで戦ってもいい。校内の敷地ならば場所は自由。戦う二人がお互い認め合って運営が始まりを認めたらバトルは成立する。勝利者には3ポイントが与えられ、敗者には1ポイントが与えられる。

期間は最初の一週間。その期間にどれだけポイントを稼いだかでトーナメントの16人の枠が決まる。全く戦わず見てるだけでも別にペナルティはない。


「もし、あなた様は梶川夏弥様ではありませんか?」


生徒がそれぞれ教室や部室、メインステージとなる場合が多いグラウンドやら道場、この体育館の端のギャラリースペースなど、思い思いの場所へと移動して散っていく人ごみの中から夏弥たちも聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「え?そうだけど?」

振り返る夏弥。

「不躾にすみません。わたくし風祭愛端かざまつりまなはと申します。ぜひ梶川さんとお手合わせ致したいと思い声をかけさせていただきました。お願いできるでしょうか?」

「私?」

丁寧にお辞儀をしながら話す風祭に調子を狂わせられながら驚く夏弥。

「あーら。すっかり有名人ね。って言っても私たちも風祭さんの事くらい知ってるけどさ。」

「うん。同じ二年生だしね。」

香に茶化されつつも香に同意する夏弥。


「いいよ!やろう!」

「ありがとうございます。わたくしは梶川様を存じていますが、梶川様はわたくしのことをご存知ないと不公平。僭越ながらわたくしの自己紹介をさせていただきます。わたくしの理は風。戦場を駆け巡る一撃離脱が信条で御座います。」

「それは丁寧にどうも・・・。」


バトルが成立した雰囲気を察して周囲にいた生徒たちが体育館の中央を開けて端のギャラリーにスペースへと寄っていく。

香もそこへ下がっていく。


「頑張ってよ!なっちゃん!」

「ありがとう。頑張る。」


相対する二人。


『お聞きの皆さんこんにちは。いよいよ始まりました西護格闘大会!今年の栄冠を手にするのはいったい誰なんでしょうか!?手に汗握る戦いの火蓋が切って落とされました!そしてなんと!開会式直後の体育館で早くも第一試合が始まりそうです!溢れる気合!みなぎるやる気!わたくしも正直実況の用意がまだできていませんでした!あいうえあおあお。実況はわたくし放送部の月城光、解説は同じく放送部の前園春菜でお送りいたします。対するのは!昨年一年生ながらトーナメント二回戦まで上り詰めた新星!梶川夏弥さんと、風を操る風祭愛端さん!二年生同士の闘いです!お互い譲れないものがあるでしょう!バトル成立です!お二方、いつでもどうぞ!!』


館内に放送が聞こえてきた。どこでどうやって嗅ぎつけているのかは学園七不思議になりそうな勢いのいつものことだ。


夏弥と愛端は拳を伸ばしてピタリとつける。

そして一歩離れる!

戦いのはじまりだ!!


(一撃離脱ということは接近戦を挑んでくるんだ。)


夏弥がそう思うよりも早く、一歩下がった愛端のバックステップは夏弥よりも大きく開いていた。軽やかなジャンプ!機動力は愛端の方が一段も二段も上手のようだ!

体育館の中だというのにビュウと風が吹いたような気がした。

次の瞬間、愛端が空中に飛び上がり夏弥のもとへ一気に突撃してきた。

あっと、からくもかわす夏弥。

だが、愛端の後ろ姿を背後に見失った。

そこからのターンで着地もせずに再び夏弥に向かって突撃してきた愛端。

振り向いての目視と反応が遅れた!

軽いダメージではあったが肩に打撃を受けてしまった。

しかし怯んでいる暇はない。さらに空中に飛び上がったままの愛端は空中でターンを繰り返し打撃を加えてくる。

縦横無尽!一撃離脱!まさに本人の言う通りの戦法。その言葉に嘘はない!


「あちゃー!なにやってんのよ!なっちゃん!」

離れたギャラリースペースでそれを見守る香。

エンジンのかかりが遅いのが夏弥の弱点なのは知っているが、このままペースを崩され負けてしまうことだって有り得る。

「まったく。私の教えをまったく理解していないじゃないか。」

香のそばにいつの間にか大柄な女子がやってきていた。

「澪姉。見に来たの?」

「来たもなにもないだろう。いきなりここでやりだしたんだから。」

「さっきいなかったでしょ?」

「あ、バレたか。まー心配で飛んできたよ。」


早瀬澪はやせみお。三年生。去年のトーナメントで夏弥が海神水姫を倒したあと、どこからともなく現れて勝手に師匠として夏弥に技を教えた押しかけ師匠。

本人は戦うつもりがないのか戦績を聞いたことがない。


『おーっと!予想外の展開になってまいりました!風祭さんの一方的なラッシュ!梶川さん相手の動きを捉えることができません!』

『いえ、この風祭さんのラッシュは相当厄介ですよ。いずれも一旦視界の外にあえて飛び出して次の攻撃の手を読ませないようにしているんですね。そのまま背後から往復しているのではなく打点、角度、軌道も変化している。これができるのは風の属性を持って空中を駆け巡れる彼女の利点でしょう。しかも素早いので手に負えなくなるのも無理からぬことです。』

『なるほど。ところで前園さんはデコが広いですねー。』

『きゃー!なんでそんなこと言うの!』


「梶川様。わたくしの攻撃をクリーンヒットさせないその体捌き、お見事です。ならばわたくしも奥の手を出さなければなりません!」

「う!」


愛端は夏弥の正面へと突っ込んできた。そして夏弥の足元に着地した。

本来ならカウンターを入れられる大きな隙であるのだが、攻撃を予想していた夏弥にとって猫騙しをくらったように一瞬無防備になった。


らん颶風ぐふう!!」


愛端は宙返りをするように大きくバク転をした。その足元から鋭い風が巻き起こる。

足元から強風にあおられ体が浮いてしまう夏弥。


「まずい!」

澪姉が声をあげる。体が浮かされては防御がお留守になってしまう。


愛端は宙返りをして足を向こうに向けたら急に勢いよく突っ込んできた。

お留守になった土手っ腹に拳をブチ込む大技だ!

まるで引きずられるように空中で一閃した愛端の残像に跳ね飛ばされる夏弥。


「ああ!」

香が嘆きの声をあげる。

「いやまだだ!」

澪姉がその声を打ち消すように叫ぶ。


体育館に倒れる夏弥。

ザワザワとギャラリーが騒ぐ。


(ふざけないで・・・。初戦でいきなり負けるなんて私が許さない・・・。)

ギャラリーの後ろでこっそり見ていた海神水姫が一人憤慨していた。


勝負あったかに見えたが愛端は警戒を解いてない。

手応えは十分ではなかったのか?


『おーっと!梶川さんダウンです!大技をくらってしまって大丈夫なのかー!』


起き上がる夏弥。


「うん。今のは凄い!」

にこやかに笑う夏弥。


「あのバカハラハラさせやがって。やっとエンジンがあったまってきやがったな。」

澪姉が鼻で笑う。

「大丈夫なの?」

香は心配そうだ。

「あれを見ろ。すでに濃いのが出てきてるだろ?」


目を凝らす香。そう。体育館に霧が出てきていた。


もう一度空中に飛び上がり縦横無尽の攻撃を再開する愛端。

しかし今度はさきと違いまったく当たらない。

まるでこちらの攻撃が見えてるように避けていく夏弥。


「これは!」

別人を相手しているかのような変化に驚く愛端。


「霧がクッションに、そしてセンサーになってくれている。もともとの超人的な運動神経に合わせればあんなスピード屁でもない。」

澪は満足そうにニヤついてくるりと背を向け歩き出した。

「ちょっと!見ていかないの!?」

「勝負は終わった。」

香の言葉に振り返らずにそのままどこかに立ち去っていった。

「なんなのよ?」

声ぐらいかけていけばいいのに、と香は思った。


だが愛端も終わりではない。縦横無尽の突撃のスピードをさらに上げて目にも止まらぬ速さで体育館を駆け巡る。次の攻撃のタイミングはわからない!


キョロキョロそれを目で追う夏弥。いや、追えていない。


「辻風!」


愛端の声とともに勢いよく音が響く。


どこからの攻撃なのか!?


しかし夏弥は見えてなくとも反応した!

拳を下げて力を乗せるように引き込んだ。その拳に水の流れが湧いてくる。

それをアッパーカットのように天へ突き出し水流を巻き上げながら上昇した!


「天流砕!!」


今度は愛端の体が流れに巻き込まれ吹き飛んだ。

館内に上がる歓声。


勝負ありだ。


『なんと大逆転での梶川さんの初戦勝利です!これは素晴らしい戦いでした!解説の前園さん?いかがでしたか?』

『風祭さんの機動力、そして一撃で仕留める梶川さんの攻撃力、いや、動体視力とそれを拳に乗せることができるバランスと判断力が見事でしたね。本当に素晴らしい戦いでしたね。』

『そういうわけで梶川さん3ポイント、風祭さんも1ポイント所得です。おめでとうございましたー。他の方々もこれに続いてくださいねー。ではでは。』


わりと無責任な館内放送は途切れた。


「やったー!なっちゃん!」

夏弥に飛びつく香。

「ありがとう。頑張れたよ。」

「うんうん。」


自分のことのように喜ぶ香を一旦放置して倒れている愛端に近付く夏弥。


「風祭さんも、ありがとう。いい戦いができたよ。」

「そんな。わたくしなんて未熟さを思い知りました。」

「そんなことないよ。」

「いいんです。わたくしこそありがとうございました。」

「うん。そうだ。私のこと夏弥って呼んでくれないかな?」

「え?ええ。わかりました。夏弥さん。わたくしのことも愛端と。」

「まなちゃん!」


二人にっこり笑う。

拳で語り合った仲なのだから、もう友達なのだ。


それをこっそりまだ見ている海神水姫。

(なによ。バカじゃないの?私はみずちゃんとでもいうわけ?今度は絶対に負けないんだから。会長のためにも失態はこれ以上演じられないわ。だから私とトーナメントで戦うまでは勝ち上がってきてもらわないとね。ま、せいぜい頑張ることね。・・・みっちゃんとかの方がいいかな・・・。)


こっそりジロジロ見続けている水姫。もう行っていいぞ。


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