第207話 戦闘前夜
俺が食事の準備をしようとするとすでに冒険者達は集まっていた。
「何で皆さんこんなに……」
「そりゃーみんな異世界食堂に通っているやつらだからな!」
異世界食堂に通っている冒険者達であれば俺がレシピを作っているのは当たり前に知っていた。
「ほらこっちは準備できたぞ」
「えっ? ハワードさんまで!?」
俺は事前に窯を作れるか冒険者ギルドのスタッフに話していたハワードが作っていたらしい。
一応この人隣国の王位継承権第一位の男のはずだが……。
俺もせっかくの屋外だから異世界食堂の新作メニューも含めて窯を使った料理に挑戦してみたかったのだ。
「じゃあ、みんな来てもらってもいい?」
今回は異世界食堂で働く料理スキル組は来ていないが、他の子ども達でもある程度作れそうなメニューを考えていた。
今回作るのは主食にピザ、メインにローストビーフ、スープはポトフ、デザートは焼きりんごの予定だ。
戦う前だからこそしっかりとした食事を準備する予定だ。
ピザ以外は基本的に放置していればできる仕組みだ。
「今からピザを作ってもらうけど少し見ててね」
俺は事前に作っておいた生地をおおよそ均等になる厚さまで手を使って伸ばした。
「伸ばしたらここにあるソースと野菜、チーズの順番で乗せていきます」
俺はトマトソースにチーズとトマトを並べ、上からバジルを乗せた。
食材自体は前世と特に問題はなく、チーズは若干ヨーグルトの水分を取り除いたようなものだが、イメージとしてはモッツアレラチーズに似ていた。
チーズも存在しているのに異世界では乳製品をあまり食べないことに驚きだ。
最近ではやっとパスタで浸透してきているぐらいだ。
「あとは釜の中に入れて焼けるのを待って完成です」
しばらく釜の前に待機していると、良い匂いが漂い冒険者達もソワソワとしてる。
「ケントくんそれまだ食べられないの?」
すぐに声をかけてきたのは、破滅のトラッセンのリチアだった。
彼女は焼く前のピザを食べようとしていたのだ。
「まだダメです!」
「えー!」
お預けされたリチアは露骨に落ち込んでいた。まだ焼けてもいないのにお腹を壊したいのだろうか。
「あっ、なら子ども達じゃ焼くのは危ないので手伝ってください。そしたら自分が食べたい分だけ作れますよね?」
「えっ、いいの!」
俺がリチアに提案すると、他の冒険者達がゾロゾロと名乗り出てきた。
「いや、それは俺がやる!」
「いやいや、そこは剣士の俺だろ!」
「剣士は関係ないですが……」
彼らも空腹のせいか、異世界食堂の新メニューに釣られてなのか、自ら食事の準備を手伝おうとしていた。
普段の冒険者であれば中々見られない姿に遠くで見ていたカタリーナも驚いている。
「せっかくなのでみんなで作ってはやく食べましょうか」
この際セルフサービスにすることで手が足りない部分を補うことにした。
「おう、そうだな」
「やっぱり剣士が必要なんだな!」
「いや、だから剣士は必要ないって……」
冒険者達は戦闘前夜にも関わらず、張り詰めた空気感もなく普段通りに過ごすことができた。
♢
食事の準備が終わり俺はなぜかハワードと食べていた。
「お前って器用だよな」
「そうですか?」
「街の外に出る依頼で初めてちゃんとした食事を食べたぞ」
確かに俺の周りでは当たり前になっているが、普通に考えたらこの状況でピザを食べることなんてないからな。
「皆さんが作らないだけですよ」
「いやいや、このピザってやつも初めて食べたからな。色々旅してきたが見たことも聞いたこともない料理どこで覚えたんだ?」
不意をつくような質問に息を呑んだ。
俺は答えに戸惑っていると、緊張感をかき消すかのように怒鳴り声が聞こえてきた。
「わしを除け者にして何を食べているんだ」
「いや、これはムッシェル様のお口に合わないと思いまして……」
「そんなことは関係ない! はやくわしの分も持ってこんか!」
その声は聖教ギルドから派遣されて来た男だった。
救護施設の方から聞こえるその声はチーズの匂いに釣られて気になったのだろう。
「聖教ギルドの人間は糞ばかりだな。ただの神官スキル持ちがそんなにえらいのかよ」
ハワードはイラつきを隠せないようだ。
しばらくすると冒険者ギルドの職員が俺の元を訪ねて来た。
「ケントくん、少しいいですか?」
「どうされました?」
「ピザの余りってまだありますか?」
ギルドの職員があまったピザがないか聞きに来たのだ。
ピザを作ってから少し時間が経っており、他の冒険者達が全て完食していた。
「すみません、全て食べ終わってないですね」
「そうですか……わかりました。 はぁ……」
ギルドの職員は露骨に落ち込んでいた。あのまま戻ったらあの人はまた怒られるかもしれない。
ギルド職員が救護施設に戻ろうと向きを変えるとハワードは止めた。
「俺があいつに言ってくる」
「いえ、ハワードさんにそんなことさせられません」
「いや、流石にあれは横暴だぞ」
「ですが……」
今ここで問題を作っても解決しないのは目に見えている。ああいう人は常に文句を言うからな。
「材料はまだあるので作りましょうか?」
「良いんですか!?」
「すぐに出来るので待っててください」
俺は窯の元へ戻り、すぐにピザを作り直した。
焼き上がったものをギルド職員に持っていくと職員はほっとした顔をしていた。
「ケントくんありがとうございました」
ギルド職員は急いで聖教ギルドの救護施設に戻って行った。
社会人だった頃は理不尽なことにも振り回されていたからな。あのギルド職員の人が今回一番大変なのかもしれない。
「ほんとにケントはお人好しだな」
「あの方がかわいそうですからね。悪いのは聖教ギルドの人ですからね」
「そうか……。まぁ、ケントがそれで良いって言うならいいけどな」
「さぁ、後はお風呂でも入って休みますか」
「ふぇ!?」
俺の発言にさらにハワードは驚いていた。
「じゃあ、準備してきます」
その後俺が準備したお風呂にハワードも含めた冒険者達は驚き魅了されていた。
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