第60話 慢性足関節不安定症
キーランドとともに訓練場に着くと早速大剣を構えた。俺は当たらない範囲でその様子を伺っている。
「キーランドさんお願いします」
「ああ! ふん! おりゃ!」
特に見ている感じでは大剣も振れており、体が大剣に流されることはかなった。
しかし、左下肢を軸にした振り向きざまの回転斬りの時にそれは起こった。
「うぉ!?」
右から左へ大剣を振り回した瞬間に大剣が下方にズレ地面に突き刺さった。
「……」
「今のが大剣が振りにくいって言ってたことですか?」
「ああ、ここ最近増えてきたな。冒険者は命がけだから引退も視野に入れないといけないことだ」
そこまで深刻に考えることではないと思っていたが、命がけと言われたら死に至る可能性も考えられる。
改めて年齢や体の老いによって、冒険者を引退する人を目の当たりにすることとなった。
「じゃあ、今から言うことを試してもらってもいいですか?」
ジェスチャーを加えながら動作を行った。
「左脚のみで片脚立ちできますか?」
キーランドは言われた通りに右足をあげ、左脚のみで片脚立ちをするとふらついている。体幹は止まっているため、どうにか耐えることができているが足首がカタカタと震えている。
一度椅子に座らせ足首を動かすことにした。
「少し力を抜いててくださいね」
踵を持ち、足の裏が内側に向くように軽く動かしたり、前方へ引き出すように動かす。
「
足の関節自体はいくつかの骨で構成されており、骨と骨をくっつけて安定化させているのが靭帯の役割だ。
その中で外くるぶしにある靭帯が外側靭帯と言われている。
外側靭帯とは、
名称も下腿の骨と足首の骨を繋げた靭帯という意味で、何の骨同士が繋ているのかわかりやすい。
「つぎに足裏を外に向けながら、足首をあげてください」
言われた通りに足首を動かすが中々上手く動かせなかった。
また一度ほしいところまで足首を持って止めてもらうが、保てずにすぐに戻ってしまった。
俺がやっていたのはいわゆる筋力測定だ。
「どこか悪いのか?」
キーランドはあまりやらない動きに不安を感じていた。
「足首ってよく捻りますか? 特に左だけでこんな風になって痛みも外側に出ますか?」
「ああ、その通りだ」
「内反捻挫しやすいのか……」
頭の中では当てはまる症状があった。
「"慢性足関節不安定症"だと思います」
「な、なんだそれは?」
慢性足関節不安定症とは、捻挫などにより靭帯が損傷すると制動がしにくくなる。
そのため捻挫が頻繁に起こると足関節の構造が少しずつ不安定になるのだ。
また、不安定になることでさらに捻挫しやすくなるという悪循環が繰り返される。
「とりあえず、大剣を使う頻度を減らしてください。 あとは筋力訓練を言われた通りにしてください」
俺は捻挫予防と今後の対策のためにふくらはぎの外側にある筋肉の筋力訓練を勧めた。
その方法は単純でただ足の裏を外側に向けてながら足首を上げる運動だ。
「こんなんで本当に良くなるんか?」
知らない人から見たらそれで変わるのか不安になるレベルだ。
「大丈夫です。あとはこれとこれを――」
他にも数種類の筋力訓練とストレッチ方法を指導して、キーランドの初回のリハビリを終えた。
♢
自宅に帰ると仕事を終えたマルクスがストレッチをしていた。すでに日課となったのかだいぶ以前の硬さは減り柔軟性が変わっている。
「初めての治療室はどうだ?」
「今日はキーランドさんって方が来ました。自身の武器である大剣が振りにくいらしいです」
「それはケントでもどうにかなるのか?」
「リハビリしてみないとわからないですね。 ただ前よりは良くなるのとは思います」
その言葉を聞いたマルクスは少しホッとしていた。
キーランドはマルクスと同時期に冒険者になったこともあり、昔はよく絡むこともありパーティーも組んでいた。
いつのまにかマルクスが先にランクアップするたびに疎遠になっていた。
一度は引退した噂になったマルクスが復帰したのを聞いて俺のとこにきたのだろう。
「あいつが治ったらまた一緒に冒険でもしようかな」
「それもいいかもしれないですね。その時は冒険者ギルドの治療室を各地で宣伝してきてくださいね」
結局ギルド職員以外で治療室に訪れたのはキーランドとマルクスのみだ。
「ああ、俺はケントのおかげだからな」
「僕の訓練にも手伝ってくださいね」
「そのうちキーランドも連れて行くから覚悟しろよ」
キーランドが大剣を振るえるようになった姿を想像すると身震いが止まらない。
「……遠慮します」
「はは、それまでにはケントも強くなれよ」
「頑張ります……」
どうやら治療室専属の冒険者にはなれなさそうだ。
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