お風呂の後で耳かき


「ん?……耳かゆい……んぅ」


金曜日の晩のことだった。

明日は休みだし、ゆっくり風呂に入ってさっさと寝よう。そんな風に考えて肩までゆっくり湯船につかり、体をしっかりバスタオルで拭いて、ドライヤーで髪を乾かし、歯も磨いて、もう後は寝るだけという万全の体勢を整えたときのことだった。


「んっ、と…………水が入ったかな?」


耳の奥がムズムズした。この前に買った新しいシャンプーの匂いが妙に気に入って、頭を普段より多くワシャワシャ洗ったのが原因かもしれない。

別に聞こえが悪くなったわけじゃないんで、放っておいても大丈夫な量の水なんだろうけど、何だか痒い。耳に指を突っ込んでみるのだが、かゆみの震源地にはまるで届かない。

そりゃそうだ。耳の穴なんてそんなに大きなものじゃないんだから、指が奥まで届くはずがない。いちおう小指でも試してみたが、やっぱり痒い所に届かない。


「ん……どうしようかな?」


どうしようというのは、もちろん耳かきするかしないかだ。普通なら痒けりゃ掻けばいいのだが、風呂上りに耳かきするのは良くないと言われている。水分でふやけた耳の中は傷つきやすくなっているし、ふやけた耳垢が奥に押し込まれて逆に耳垢が溜まってしまうとも言われている。


「んぅ……かゆい」


だけどそんな豆知識など、この痒みの前では何の抑止力にもなりやしない。

今の俺は猛烈に耳かきがしたいのだ。


「ん……綿棒は…………っと」


まるで虫でも這っているかのような痛痒感に身を震わせながら、いつも綿棒が入っている引き出しを開ける。買ったのは半年以上前だが、なにぶんひと箱で何百本も入っているシロモノなので残弾にはまだまだ余裕がある。黒い綿棒だ。それを手に取ろうとして――


「ん?……ああ、こんなの買った……かな?」


黒い綿棒の隣にもう一種類綿棒が置いてあった。頭の先がキノコみたいにくびれている変な形の綿棒だ。


ああ、そうだ。思い出した。先週ドラッグストアで洗剤を買ったときに、何となく目について買ったヤツだ。

一個一個が個包装されている包みを破って中身を取り出すと、軸の先に円盤状の頭がついている。


「これで……いいか」


せっかく買ったのに使わないのももったいない。というか、耳、かゆい。

指先でキノコ綿棒の軸をクルリと回して、ゆっくりと耳の穴に突っ込んだ。

キノコ状の頭が、ぐいっっ、と耳の中を刺激する。


「ん……うぉぉ?」


キノコの部分が痒い部分に当たる。

形状が明確に違うからだろう。何かいつもと違うぞ。

普段の綿棒は、ぐうぅっ、と当たる感じだが、キノコのコイツは、ぐいぃぃっ、と当たる感じだ。出っ張ってる部分がイイ感じに耳道に引っかかるんだろう。何だかいつもよりも当たりが力強い。


ぐい、ぐいぃ、ぐいぃぃ~っ


耳の中をほぐすようにキノコ綿棒を押しつける。

ひょっとしたら耳垢が耳の奥まで押し込まれているのかもしれないが、そんなことは関係ない。


「ん……んぅ、すごいな、コレ……かゆい所にきっちり当たる……」


グリグリと指先で軸を回転させると、キノコの部分が回ってブラシのように耳垢をこそぎ取っていく。

グリングリンとキノコの部分が回る。


ぐじ、ぐじぃ、ぐじじぃ~~っ


湿った耳垢がキノコ綿棒に拭き取られていく。ちょうど痒かった部分だ。そこに溜まった垢が痒みと一緒に除去される。

よし、もう少し奥を攻めてみるか――


「ん……ぅぅ……くぅっ」


よし、良いポイントに引っかかった。

そう、このキノコ部分のくびれは、引っかかるって感じなんだ。痒みの震源地だった所を微妙に外れた周辺部分。痒いというより、ムズムズするだけだった部分に綺麗にキノコが引っ掛かった。


ぐににっ、ぐにぃっっぃ


引っ掛けてから、引く。さらにこの引くっていうのがポイントだ。普通の綿棒には出来ない。キノコ綿棒じゃなければ出来ない挙動。

んんぅ、たまらん。

調子に乗ってグリグリする。これはさぞかしキノコの部分に垢がこびりついていることだろう。そう考えて、グイイィッ、とキノコ綿棒で痒い部分を引っかかて、ズリリィ~っ、と耳道を引っ掛けながら、そのまま、ズリズリ、ズリズリ、と垢を引きずり出す。

奥から手前の方へ、ゆっくりと、ズリズリ、グリグリ、ゆっくりと垢を運搬していく……まぁ、実際には耳垢が鼓膜付近まで押し込まれているのかもしれないが、そんなことは関係ない。


「んん……あぁ……」


ズリズリ~っとキノコ綿棒が耳壁を這うたびに、ピリピリと心地の良い刺激が背筋を走る。

よし、このままさらに手前に引きずり出して……!!?


「んぅぉ!??」


素っ頓狂な声が出る。

引っかかったのだ。

キノコ綿棒。そのくびれた部分が耳道にあるくぼみに、触ったことのないような場所に引っかかったのだ。


「ん……ぬっ……おお!?」


耳のかなり手前の部分だ。耳珠の裏側の、竹の耳かきや綿棒だと届かない場所。そこにすっぽりとキノコ状の先端がハマる。


「んぅ……これは、いいかも?」


それに捻りを加えると、ぎゅりり……っと、溜った耳垢が拭き取られていく感覚。これは間違いなく大漁だ。

何度かぎゅりぎゅりとキノコ部分を回転させ、しっかりと耳壁のくぼみを拭きとっていく。

脳天からつま先まで電流が走るような感覚。

最後に、ずいぃっ、と力を込めて綿棒を耳の穴から抜き取った。


「うわっ……スゴッ……」


風呂から上がったばかりの耳垢は当然のように湿っていて、キノコ状のくびれにはびっしりと耳垢がへばりついている。

それをしげしげと眺めた後、ぽいっとゴミ箱に捨てて、すぐに次のキノコ綿棒に伸びていた。

よし、もう一本行こう。


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耳かき小説 ー短編集- バスチアン @Bastian

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