心友

ナタデココ

心友

心友、という言葉がある。


それは「心からの友達」を表す言葉なのか。

それとも「心を預けるほどの友達」を表すのか。


──どちらにしても、身勝手だ。


そんなふうに思ってしまうのは、自分の悪いクセだろうか。


「あなたには「心友」そろそろできたんですか?」


とあるファミレスの一席。

目前に座るただのクラスメイトがそう尋ねてきた。


「いいや?別に」


グラスに入ったストローをくるくると指でこねくり回しながら、私は平然と問う。


「そう言う、君は?」


「いやいや……。あなたにできていないのに、僕にできているわけがないじゃないですか」


「……」


微妙に貶されているような気がして、不快な気分になってくる。


──二十四世紀末の日本。


日本では、年々増え続けている若者の自殺者数を減らすために「心友制度」が取り入れられた。


心友制度とは、自分が十八になるまでに「心友」と呼べるべき相手を見つけだし、相手の了承を得た上で、相手の名と自分の名を国に登録しなければならないというものだ。


その制度はどんな環境にあっても強制であり、十八を過ぎても「心友」が見つからないとなると、重大な精神疾患だと見なされ、カウンセリング処方がなされる。


そのため、この日本の学生、特に十八の年齢に近い高校生は己の勉強と並行して自分の「心友」探しに非常に勤しむのだが──。


「でも、僕たち、あと一ヶ月足らずで十八になるんですよ。それでまだ「心友」が決まってないって、なんだかマズくないですか?」


少し切迫した調子のクラスメイトの言葉を聞きながらも、私は淡々と興味のないままで言葉を返した。


「何がマズいのさ。別に良くない?カウンセリング受けりゃいいだけなんだからさ」


「あなた……カウンセリング処方を受けたら履歴書にも載って、就職も困難になるって話、知ってます?」


「就職、ねえ……」


──十八にもなっていない学生が、就職を気にするとはいかがなものか。


そんな偏屈じみたことを言おうとしたが、話が長引きそうな気がしてやめた。


そのかわり、私はとある案を口にする。


「それなら、いっそのことネットとかで相手の名前を借りればいいんじゃない?ほら、掲示板とかでやってるじゃない。「心友相手募集中!」とかさ」


「僕は……顔も知らない相手の名前を借りるくらいなら、リアルの顔を知ってる相手の名前を借りますけどね。別に、互いが互いのことを「心友」として登録する必要性はないんでしょう?」


「その必要性がないから、やなんだよねえ……」


ぽそりと呟いた私は散々こねくり回していたストローから指を離し、グラスの中に入っているオレンジジュースを一気に飲みほす。


柑橘類独特の甘酸っぱい味が喉を潤し終えた後に、私はようやく本音を吐露した。


「結局のところ「心友」ってさ、自分の悩み事がいつでも打ち明けられて、本心でもなんでも話すことができる相手ってことなんでしょ?」


「まあ、そうですね」


「そういう自分にとっての大事な相手が、相手からの感情はいらずに自分だけの一方通行な考えだけで身勝手に介抱していいっていうのが……気に入らないんだよね。むしろ、その微妙な関係性で悩むよ」


そう、呆れながら言った私をじっと見て、クラスメイトは首を捻りながら聞いた。


「もしかして、あなたってそれで悩んでるんですか?」


「それでって何さ。立派な悩み事でしょ」


手に持ち続けていた空のグラスを机に置いて、今度はそのグラスを軽く小指で小突きながら私は言う。


「ともかく「心友」だなんて相手を真剣に考えることこそが、そもそも馬鹿らしいって話。そんなの適当に考えた方がいいんだよ。気楽な方がいいって」


「日本の高校生全員がそうやってあなたみたいに適当に考えてたら、この「心友制度」の意味なんてなくなりますけどね」


「最初からないじゃない、この制度に意味なんて。一体国民の誰がこんな制度作れって言ったのさ。君、答えられる?」


「……。でも、ほとんどの国民はこの制度に好意的ですよね。八十七パーセントくらいでしたっけ」


私の質問を濁す形で今度は数字を持ち出したクラスメイトに、私は少々頭のムカつきを抑えながら言い放った。


「だから、そういう制度に好意的な人間はそもそもこんな制度がなくたって生きていけるんだって」


「それじゃあ、そういう制度に好意的じゃない人間は、こういう制度があっても生きていけないんですか?」


「生きていけないかどうかは知らないよ、興味ないし。……少なくとも、私は反対だね、こんな制度。意味があるとも思えないし」


これで話は終わりだとでも言うかのように身勝手に終止符を打った私は、グラスに新たなオレンジジュースを注ぎに行く目的で席を立つ。


だが、グラスに色を満たして帰った席でクラスメイトは再び同じ話題を振ってきた。


「意味があるとも思えないってことは、あなたはこの制度があっても決して自殺者は減らないと?」


「……自殺者自体は減ると思うよ? 世論の大半がこの制度に賛成なんだから」


注いだオレンジジュースを僅かに口に含んで、味を嗜み終えてから私は続ける。


「でも、数と気持ちは比例しないでしょ。私は意味があると思えないって思ってるだけなんだから」


「それじゃあ、貴方は常日頃から死にたいと思ってるわけだ。そうでしょう?」


「……いや、どうしてそんな考え方になるのかな。あまりにも話が飛躍しすぎてない?」


呆れる私に対し、どこか目の奥が満ち満ちているクラスメイト。


そんなクラスメイトにどことなく狂気を感じるも、いつものことだとため息を吐いて。


「……君のそういう面白くない感性は治した方がいい。相手がいなくなるよ」


「相手って?」


「私みたいな、貴重な君の話し相手のことだよ」


私は視界いっぱいにオレンジジュースの色を映しながら、そう言ってやった。


だが、クラスメイトはさりとて反論する様子もなくどちらかといえば納得したように頷いた後。


「あ、そういえば……僕、あなたを「心友」にしたいんですよね。いいですか?」


「悩み事も何も聞くつもりないけど、それでいいなら勝手にどうぞ」


「ええ、ありがとうございます。それじゃあ、あなたも僕を「心友」にしたらどうです?このままだと確実にカウンセリング対象者になりますよ」


グラスを掴もうとしていた私の手が不意に止まる。


それは、きっと、悪い話じゃないかもしれないなと思う自分がいたからだ。


だが、私はすぐに視線をクラスメイトから外して言う。


「……いや、私はやめておく。むしろ君からのストレスに悩まされそうだから」


「あなた、そんなに僕のことが嫌いなんですか?」


「当然でしょ。偏屈しか言わないし、人の生き死にだとかに異様に興味あるし、気持ち悪いし……」


***********************


彼女との最期の会話を思い出しながら、改めて自分は彼女に随分と酷いことを言われたな、と思う。


だが正直──彼女の言ったことは間違っているようには思えなかった。


だから、僕は「心友」のつまらない墓に彼女の好きだったオレンジを手向けて、言う。


「ちなみに、あなたが言っていた通り……あの「心友制度」は全くもって意味を成しませんでしたよ。そればかりか国によって作られた制度は最後、国によって完全に消滅しました」


雲一つない空。だが、今ばかりは少し雲を望んでしまう空を仰ぎ見上げながら僕は淡々と呟き続ける。


「でも、あなたが言っていた「自殺者自体は減ると思う」というのは間違っていましたね。実際の所、自殺者は増加しました。まあ、あなたもその中の一人ということで」


──心友制度。若者の自殺者増加を防ぐために作られたはずのその制度はかえって、若者の自殺者増加を招いてしまった。


原因は明白だった。


例えば、Aが心を病んで亡くなることで、そのAの「心友」だった者が己の心を病む。次に、その「心友」の心友だった者が心を病む──というように、「負の連鎖」が巻き起こったのが原因だ。


加えて、この時期になると必ず報道される、今年の若者の自殺者増加の背景。その際に、各メディアは「今年の自殺者増加の決め手は心友制度の為だ」と報道をした。


そのため、国への批判が殺到。国が心友制度を撤廃すると宣言したのが、つい一時間前のことだ。


「あなたは、僕があなたを心友にすることは許可しましたが、あなたが僕を心友とすることは拒みましたよね」


あの時の会話を思い返しながら、僕は続ける。


「あの時のあなたは、既に死ぬことを決めてたんじゃないかなぁって……僕は思うんですよね」


あのファミレスで。

オレンジジュースを見つめ続ける彼女は、既に。


既に──死ぬという意志を決めていたのではないか。


「だからあなたは「僕を心友にはしたくない」って言ったんじゃないんですか?」


僕を「心友」にして、病ませない為に。

──僕を「心友」にして、死なせない為に。


「……そうですね。あなたが言っていた「心友制度は気持ちが一方通行なもので身勝手だ」って言葉は本当にその通りだと思います」


彼女の墓に手向けたオレンジをふと手に取ってみたくなり、持ち直した僕はツンとする柑橘類の匂いを身勝手に堪能する。


甘酸っぱい──いい香りだな、なんて。

そんなこと身勝手なことを思いながら。


「だって、少なくとも心友制度が互いに互いのことを登録しあうものだったらここまで自殺者は増えませんでしたからね。「負の連鎖」も起きなかった」


このオレンジはやはり持って帰ろうと、僕は左手に掛けていた、麻縄の入っているビニール袋にオレンジを無理矢理突っ込む。


そして、己の背を彼女の墓に向けて歩き始めながら最後に呟いたのだった。


「僕は好きでしたよ、貴方のこと」


優しく微笑みながら。


氷すら入っていない、グラスいっぱいに満たされたオレンジジュースをなにやら思いにふけった様子で眺め続けていた彼女の姿を鮮明に思い出しながら。


「やっぱり……初恋とは、甘酸っぱいものですね」


***********************


心友、という言葉がある。


それは「心からの友達」を表す言葉なのか。

それとも「心を預けるほどの友達」を表すのか。


──どちらにしても、身勝手だ。


そんなふうに考える君は、きっと間違っていない。




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心友 ナタデココ @toumi_yuki

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