腕時計の外し方。
かいれら
序章
ふと思う。学生が多く抱えている問題として、授業がつまらないというのがある。それは果たして先生の教え方が下手なのか、それとも生徒自身の思い込みか、もしくは環境か。
黒板から崩れ落ちるチョークの粉。小さいころに見た流星群と酷似する軌道をとり、先生の足元に落ちる。
そこまで考えて、自分が授業に集中してないことに気づく。まあ、自分にとって無意味なことに興味が湧くわけがない。
「……と、直人、今日の日替わり定食ってなんだっけ。」
「お前は明日の小テストを考えてろ。前も赤点ぎりぎりだっただろ?」
「いやーー……。直人、今日の昼飯おごるから画期的なカンニング方法考えてくれね?」
「僕を巻き込むなよ」
「頼むよー。俺たち『春斗直人』の仲だろ?」
「なんだその売れなさそうなコンビ名は。」
ぶつくさ文句を言いながらも、明日のテスト範囲であろう授業をノートに取り始める友人、春斗。すごく簡単に説明すると『良いやつ』。
さっきの会話だって、本当にカンニングをするつもりなんてなかっただろう。なんだかんだ言って、自分の力で解決しようとするはずだ。出来るかどうかは知らないが。
たまたま席が隣で、たまたま話す機会があって仲良くなった。出会いは偶然でしかないが、運がよかったとつくづく思う。
その時、空間に一瞬『歪み』が生まれた。
言葉にするなら、空気が重くなったような感覚。軽く深呼吸をして、精神を整える。
ポケットから取り出すのは一枚のコイン。真ん中には有名なテーマパークのキャラクターが彫られているが、表面が錆びついてて初見では何が描かれてるかわからないだろう。小銭より少し重いそれを勢いよく弾く。
コインは一定のリズムで回り、天高く舞う。冷静に考えれば、授業中に何をしてるんだという話だ。見てる人がいなかったのが幸運だった。
やがて重力を思い出し、逆再生のように手元に戻る……とはならなかった。
刹那、右腕に着けてる時計が激しく動く。
光を放ちながら歯車が飛び出し、拡大される。質量という概念を無視して、時計内部から部品があふれてくる。不規則に、あるいは規則的に形が創られる様は、命ある生き物のようだ。
一通りの動きが終わり、あたりを見渡す。
そこにあったのは、見慣れた光景。先生は話す前だったのか、口を半開きにしたまま、ある子は床に落ちた消しゴムを取った体勢のまま動かない。春樹の方を見ると、今にも机に突っ伏しそうな体勢だ。瞼はほぼ閉じている。さっきまでの勉強意欲はどこに行ったんだ。
静かに椅子を引き、教室を出る。時が止まってるので、どれだけ騒ぎ立てても問題はないのだが、罪悪感はぬぐえないので自制する。今聞こえるのは自分のシューズの音と…、遠くから聞こえる、わずかな服の摩擦音。自分のクラスから三つ離れた教室。威嚇の意味を込めて勢いよくドアを開ける。
教室の中の状況はほぼ変わらない。細かく挙げるなら、机がいくつかの班に分かれてることか。どの班もノートを見せ合いながら問題を解いている。それと、授業中にも関わらず床にかがんでる生徒がいることぐらいか。
「……………。」
性別は男。見た目は中肉中背だが、異様に顔が丸い。顔から太るタイプなのだろうか?目をこれでもかというほど見開き、口は半開きの状態だ。一瞬ほかの子と同様止まっているように見えるが、この距離からでも呼吸音が確認できる。
「……!!?お、お前な、何でここに…動いてるんだよ!?」
かなりの動揺がみられる。それはそうだろう。万能の力を得たと思ったら、名前も知らない他人も使えたんだ。心中お察しする。
「お、お前もこの力を持ってるのか?」
「持ってるけど、今回は使ってない。お前が止めてる時間に入っただけ。」
「………?」
「しかし、そんなに慌ててどうしたんだ?なにか……人に言えないことでもしてたのか?」
視線を下に向ける。その少女も授業中にも関わらず床に寝ころび、制服も下着が見える手前までボタンが外れている。
だれの仕業かは、この力を知らなくても予想できるだろう。こいつと話すだけで反吐が出そうだ。
「先に言っとくが、僕はクズに優しくない。だから質問だけに答えろ。一つ、『歯車』はどこだ?ふたつ、その『歯車』をだれにもらった?」
「くく来るな、来るな!」
叫びと同時に銃声が響く。気づけば銃口を向けられ、左腕を撃たれた。血があふれるさまは己のことながら痛々しい。
命中したことにより、相手の顔が醜悪に歪む。小物が勝ちを確信したときの顔だ。
「フヒ、い、痛いだろ、怖いだろ。ここは何でもできるんだ。お前を殺すのだってか、簡単だ。」
現実であり、幻想であり、非常識が常識へと変わる。これが時が止まった世界のルール。
ついさっきまでこいつは銃を持ってなかった。ただ「持ってる」という現実を作っただけ。
「ああ、痛いな。泣きそうだ。」
クズの口角がよりへし曲がってく。人間どんな小心者でも、勝ちを確信すれば態度もでかくなる。
「なに僕に逆らってるんだ?ああっ?!こ、殺されたいのか!!」
もうこいつに付き合うのはいいだろう。ゆっくりと手を挙げ、人差し指と親指で銃のポーズをとる。実物はもちろんない。あくまで格好だけだ。こいつの顔が疑問へと変わる。
その刹那。
ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッガガガガガガガガガガガガガガガガガッッッ!!!!
「あんvkgcjkcmvkぢwヴぉdlvmdvd?!」
弾が飛んでなければ、銃すら見えない。だが、確かにここには『撃たれている事実』がある。
10秒、20秒……数えるのをやめてからしばらく、飽きてきたので撃つのをやめた。
「あ………へあ、が、ふっうあ?」
「お前に一ついいことを教えてやろう。この世界で物を具現化させる、それができるのは大したもんだ。けどな……『実物』が見えてる時点でお前は三流だ。」
罪を許す気はさらさらないが、コイツも被害者のようなもんだ。この世界のルールを知らず、万能感だけを与えられた。天狗くらいにはなるだろう。
「話は変わるんだが、よく映画とかであるだろう?ほら、銃を口にくわえられるやつ。あれをさ、そのまま胃袋に向かって撃ったらどうなると思う?」
「な、なひをひって……ガバッ?!」
「お前も気になるだろう?だから試さしてやる。」
「い、やいやだいやだやめっ」
「安心しろ、この世界で死ぬことはめったにない……どれだけ痛くてもな。」
バンッバン。
悲鳴が聞こえた時間は、そう長くなかった。
「…ごめんな。」
この子に聞こえることはないだろうが、目を見て謝る。一応、被害にあった女性の身だしなみは整え終えた。…いや、どうだろう。最近の女の子のファッションは分からない。もしかしたら髪形など違う可能性もあるので、その意味も含めてもう一度謝る。
あのゴミは瀕死になってるがどうでもいい。時間が戻ればたいていは元通りになる。
行きと同じように静かにドアを開け、廊下に出る。ふと、もう一度教室を見やる。
まじめに勉強をしてる生徒、グループ活動でありながら居眠りをしている生徒、おそらく関係ない話題で盛り上がってる生徒たち。
そのすべてが学校の常識で、彼らの日常だ。
「……。」
自分も、何かが違えば『あっち側』で生きていたんだろうか。
今の生き方に、選択したことに後悔はない。だが、彼らが羨ましいという気持ちは否定できない。
今の自分には、あまりにも遠い世界。当然、その世界は輝いて見える。
深く息を吐く。いつにもなく感傷的になってしまった。やはりこの学校を離れるのが恋しいのだろうか。
少しゆっくりと廊下を歩き、自分の教室へと戻る。席に戻る途中春斗のほうを見るが、姿勢が変わるわけもないので寝たままの体勢だ。その事実に、なぜだか笑ってしまう。
席に座り、腕時計のねじを数度回す。ゆっくりと動き、元の形に戻ろうとする。最後の歯車が腕時計の中に収まったとき………。
コインと、すべての時間が戻ってきた。
先生は授業の話をはじめ、ある生徒は消しゴムを取り終え、横の相方はより一層夢の深みへと進む。
せっかくだから起こしてやろうかと思った矢先、チャイムが鳴り響いた。
「うっしゃー飯だああっ!!」
「うるさすぎんだろ。」
さっきまで寝てたのはどこへやら。春斗の中の三大欲求の優先順位がよくわかる出来事だ。
「直人、お前は今日何食うんだ?」
「あー……いや、僕は」
遠くから悲鳴が聞こえたのはそんな会話をしてる時だった。二人して顔を見やり、廊下へと出る。
嫌な予想は当たってしまった。被害者、加害者ともにさっきまで見てた顔だ。
「な、なんで動いてるんだよ?!言うこと聞けよ!!」
「痛い!な、何?!やめてよ!」
つい舌打ちが出てしまう。後の心配を特にしてなかったが、現実と幻想の世界が混濁してる。思ってた以上に小物だったらしい。急いで駆け寄ろうとしたとき、
「何やってんだよてめえ!!!」
「ああ?! 誰だてガボッ!!」
イノシシの如く低姿勢で突撃しする影。ふと横を見やると春斗がいない。この一瞬であそこまで移動したのか。さすが50メートル5秒何とかの持ち主だ。
勢いよく吹っ飛んだ後、すかさず女の子のほうに駆け寄る。
「ハナ、大丈夫か? 怪我は?」
「だ、大丈夫。」
「何があったんですか?」
僕も急いで近づき、一応状況を聞く。
「それが……授業が終わった途端、いきなりイグチ君が私の手をつかんで、それで、叫びだして。」
「はあ? なんだそりゃ。」
春斗からしたら訳の分からない話だろう。正直、そっちのほうが都合がよいが。
周りを見やるとかなりの騒ぎとなっており、人が集まりだしている。
「何があったの?」
「知らない、なんかイグチが騒いでた」
「まじで?陰キャのあいつが?」
「アニメの見過ぎとかで変になったんじゃないの?」
どうやら、周りからの印象は元からよくなかったらしい。あの行動の全ては社交性の欠如によるものか。だどしても度が過ぎているが。
もう一度アイツのほうに目線を向ける。春斗によって勢いよく壁にぶち当たっていたが、何かつぶやきながら立とうとしている。
「どいつもこい、つもうるさい……、何で、僕だけがこんな!!」
ふと、目が合う。先程までくだらない怒りに溢れていたが、次第に顔は恐怖に歪む。
こちらから言葉は発さない。ただ、ゆっくりと指を目に当てる。
『お前を見てる』もしかしたらそう聞こえたかもしれない。
「う、うわあああああああああああああっ!!??」
脇目も振らずに人ごみの中を駆ける。ぶつかることもお構いなしにただ走り続ける。すれ違うように先生が駆け寄り、生徒たちに事情を聴いてる。
「なんか……急に走っていったな。」
「とりあえず良かったじゃねーか。それで春斗、その子と知り合いなのか?」
「え!? いや知り合いというか……、へへ、俺の彼女のハナ。」
「まじで?」
「まじで。そういや直人に紹介してなかったな。ハナ、コイツが直人っていって……」
「ハナさん大丈夫? こんな奴と付き合って。なんか相談に乗ろうか?」
「失礼すぎるだろ!!」
冗談めかしに言うが、内心すごく驚いている。世界はなんと狭いのか、縁を感じずにはいられない。
「……? 直人さん、私の顔がどうかしましたか?」
「いや、世界は狭いなーって思ってただけ。」
「?」
「そうだっ!せっかくだから三人で飯食いに行こうぜ。ハナはこの後予定ある?」
「ううん、大丈夫だよ。」
「おいおい、ぼくは今から彼女いるアピールをされるのか?」
「そうだよ、たっぷり苦しむがいい。」
何度こんな会話を繰り返したことか。馬鹿らしいと思いながらも、楽しいに尽きる時間だった。
「……いや、昼飯はやめとくよ。もう学校やめるからな。」
「そうか、じゃあまた今度……は?」
「彼女さん、大事にしろよ。」
背を向け、春斗達から離れる。後ろで呼び止める声が聞こえるが、手を振るだけにとどめておく。
校舎を出る手前で、多くの生徒たちにすれ違う。学食や購買の話、午後の体育について、生徒ならではの人付き合い。僕がここを離れたところで、学校は問題なく機能する。彼らの話声を聴きながらスマホを取り出す。数コールののち、
「はい、どうしました」
「任務が終わった。今から本部に戻る。」
要件は伝え終えたので電話を切る。だが数秒も立たずに折り返しが来た。
「どうした楓?」
「あまりにも淡泊すぎませんか。もう少し会話を広げてください。」
「何を話せばいいんだ? あいにく最近の流行りは知らないぞ。」
「安心してください、私もまったく知りません。」
「………。」
「………。」
「なんで引き止めたのだ?」
「あなたの社交性を心配してです。」
「先に自分の心配をしろ。」
もう一度電話を切る。なんだったんだろう、今のやり取りは。
小さくため息をつき、空を見上げる。季節は春と梅雨の中間ぐらいなので、まだ肌寒い。
しばらく街を歩く。繁華街ということもあり、今流行っているであろう店が並んでいる。せっかくだから楓にも買っていこうか。
そう思っていた時、本日二度目の『歪み』を感じた。今度は深いため息をついてしまう。なんとついてない日か。
急いで同じ時空に入り、あたりを確認する。どうやら今度は店の中らしい。
扉を開け、店内を確認する。動いているのは男三人、女一人。被害者がどちらかは考えるまでもない。またか、と心の中でつぶやく。
「そういったことマジでやめてくれないか、同じ男として恥ずかしくなる。」
「ああ? なんだてめえ。」
「随分と斬新なナンパだが、シンプルに気持ち悪いからやめろってんだ。」
「やれやれ、この世界についてしらないのかい、少年。実はこの世界はね……」
以下省略。約10秒後・・・・・・・
死にかけの三人は放っておいて、怖がらせないように女性に近づく。後ろ姿しか見えないが、かすかに肩が震えている。
「えーーっと、とりあえず、もう大丈夫。この時空もすぐ戻すから。早く助けられなくて……。」
そう言って、言葉が詰まる。彼女の目には大粒の涙があふれており、その心情が一目でわかる。正直に言って、心配よりも驚きのほうが大きかった。
「……すまない、そんなに怖かった?」
大きく頷いて、そして、彼女は笑った。
「ええ、とても……、とても怖かった。」
それが、ぼくがナナと出会ったきっかけだった。
腕時計の外し方。 かいれら @kairera
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