それで、僕は彼女を殺した。

@5u2ukam7

僕と彼女

高校が始まり、生活も一変して早一週間。やはり僕の期待は裏切られた。中学の頃と何も変わらない。教室の後ろの方ではバカみたいに大はしゃぎする男達、教壇の周りにはSNSで触れられもしないイケメンを「かっこいい」と評し合う女達。結局のところ中学生も高校生も心は子供のままなのだと気付かされた。

「つまらない」

 そうボヤいても誰も聞き耳を立てることはしたい。僕は彼らにとっては空気と何ら変わりないのだから。

 別に僕は話がしたくないわけでも、馴れ合いをしたくないわけでもない。ただこの人らは「つまらない」のだ。その一言以外に表現が見つからない。僕は我慢して人に合わせることなんて真っ平ごめんだ。

「そうだ!今日クラスのみんなでカラオケに行こう!」

「さんせー!」

「いいねー!」

 カラオケ会だって?歌手でもないのに人前で歌うなんて信じられない。悪いが帰らせてもらおう。僕は急いで帰ろうと席をたとうとした。

「あんたも来るよね?」

「あ、えーと…」

「みんな来るんだからちゃんと来なよ」

 最悪だ。「みんな来るから」だって?そんなの僕には関係はないじゃないか。

「今日は用事が…」

「体育祭の打ち合わせもしたいんだよね。あんた委員でしょ?」

「まぁ…」

「いつも黙ってるんだから仕事ぐらいはちゃんとしてよね」

「は〜…。分かりました」

「ふん」

 そう悪態をつくと、その女はまた古巣である教壇の周りへと帰っていった。あの女が去った辺にはまだ不快感を誘う香水の香りが漂っていた




「みんなー!飲み物は準備できたー?これからのクラス交流会始めたいと思いまーす!」

 結局来てしまった。適当な理由をつけて帰ろうとも思ったがHRが終わってから全員で移動されたら為す術はない。

「まず初めに歌っていただくのはー…君にしようかな!」

「えっ…」

 何で僕なんだ…。そう思っときには曲が入れられてマイクを手に持たされていた。

「では、行ってみよー!」

 テレビには伴奏5秒と流れていた。周りの奴らの冷ややかな視線はすでにピークに達していた。

「頑張れよ!陰キャくん!」

 もう来る時から決めていた。絶対に歌わない、と。別にどう思われたところで今更だ。歌詞の文字が少しずつ浮上がって音程を表すバーが五線に触れようとしたときだった。

 演奏を中止します。曲を入力するための機械がそう言った。何が起こったのか一瞬分からなかった。その場の全員が自分の周りを見回した。すると集まった視線の先には機械をいじる彼女がいた。

「こんなやつに歌わせても面白くないでしょ!」

 そう言ったのはいつもクラスの中心にいる彼女だった。傍から見たらただの嫌がらせに見えるかもしれない。ただ、彼女の声には少しの不快感も混じってなかった。

「確かに。そうだ!じゃあお前が歌えよ」

 そう言って僕をまくし立てた男は隣のやつへと話を振った。

「なんでだよ!」

 そう言うとまた曲が流れ始めた。皆の関心はそちらへと流れた。そのすきに僕はトイレへと席を立った。

「ふう…」

 用を足して、蛇口で手を洗う。そんなときふと思った。どうして彼女は僕を助けてくれたのか。なんの得もない僕を助けたとこで意味など無いのに。

「大丈夫?」

 耳元で女の人の声がした。すぐに後ろを振り返るとそこには彼女がいた。

「えっ!?ちょっ…ここ…」

 何でこんなところに入っているのだ。それもそうだが、第一に思ったことはあのときは遠目でよく見えなかったが、大きな目に小さな顔、整った鼻筋至るところに美形の要素が詰まっているような顔立ちをしていた。派手な金髪もそんな彼女をより美しく昇華させていた。

「どうしたの?」

「いや、別に…」

 思わず目を背けてしまった。そんな僕に彼女はお構いなく話してくる。

「まぁ、それよりも」

「もう帰らない?」

「え?」

 彼女はそう言うと設置してあったベンチに腰掛けた。

「私さ、ああいう場所好きじゃないんだよね。仲良くもない人と大人数で密室のいるの」

「これ君の荷物でしょ?」

 手に下げられていたのは僕の荷物だった。

「そうだけど、なんで君が?」

「ん?ここに来る前から帰りたそうな顔してたからさ、君も帰りたいかなって」

 どうして分かるのか尋ねようとしたときには彼女はもう立ち上がって歩き始めていた。

「てか、君結構度胸あるんだね」

「え?」

「だって好きでもないクラスメイトたちとのカラオケなんて普通は出来るものじゃないよ」

「それは、君にだって言えるだろ。それに、僕は半強制的に連れてこられたんだよ」

「そっか。大変だったね」

 夜の街は今まで歩いたことはないということはないがあのときはなぜか特別感な新鮮さがあった。

「どうして君は僕を助けてくれたの?」

「もし殺されるなら君みたいな人がいいから」

「え?」

 僕は素っ頓狂な声をあげた。

「君は素敵な目をしてたんだよ。だから」

「目、って…」

 全くもって不明瞭な答えだった。目とは一体どういう意味なのだろうか。それとその前に言った「殺されるなら俺に殺されたい」とは一体なんなのか。それを考えていると突然彼女が言った。

「私、帰りこっちだから。また明日ね」

「うん、また」

 互いに別れを言ってその場をあとにした。もしかしたら彼女は僕のことを好きなのかもしれない。そう思いながら僕は帰路へとついた。




「今日も休みか」

 あの日を境に彼女は学校に来なくなった。ラインをしてみてはいるものの学校に来れていない理由は聞くことができないでいた。

「先生ー。何であいつ来ないんですかー?」

「んー?なんか入院だとは先生も聞いているんだがな」

「なんかの病気なんですか?」

「そこまでは分からん」

 入院…。理由まではわからないが何か嫌な予感がした。僕は彼女にラインをしてみた。

「今は何してるの?」

 1分も経たずにラインが帰ってきた。

「外に出てる。何もしてないよ」

 外に出てる。ということはもしかしたら病院かもしれない。

「そうなんだ。どっかに行くの?」

「どこにもいかないよ」

「旅行とかなら羨ましいな」

 そう送ってみたが、既読はされなかった。学校が終わってからでも病院へ行ってみるか。僕はそのままスマホの電源を落とした。




「あの、この人って入院してますか?」

「あ、はい。してらっしゃいますよ。お見舞いですか?」

「はい、そんな感じです」

「でしたら、101号室にいらっしゃるのでそちらへどうぞ」

「ありがとうございます」

 病院の中にはいろんな患者がいた。骨折してる人、車いすに乗っている人。とてもあの彼女がここにいるとは到底思えなかった。

「ここか…」

 部屋の前まで来たはいいものの、ここに来て変に気が張り詰めた。これは今思えばこのときに心の底で思ったことがほぼ確信できた前兆だったのだろう。僕は覚悟を決めて部屋に入った。

 部屋に入ると、そこから見覚えのある金色の髪が靡いているのが見えた。まるで月明かりに引き寄せられる昆虫のように僕はゆっくりと近づいていった。

「体調はどう?」

「えっ、なんでいるの」

 彼女は驚いた様子で僕を見ていた。少し痩せているようにも見えたが彼女は変わりない様子だった。

「来ちゃ嫌だった?」

「いや、嫌じゃないけど。まさか来てくれるとは思わなくってさ。びっくりしちゃった。」

「でもありがと。話し相手が見つかったよ」

 そこからは色んな話をした。学校の事。学校での僕の事。僕の家族の事。彼女の事。他愛ない話ではあったものの僕にとっては今まで生きてきた中で一番楽しかった時間だった。

「君ってやっぱり面白いね」

「それは君もだよ」

 すでに外は夜になっていて空には星がぽつぽつと現れ、それぞれが綺麗に光り始めていた。

「じゃあ、そろそろ行こうか」

 彼女は病人とは思えない様子でベッドから起き上がり、僕らは屋上へと向かった。

 屋上へ出ると、もうそこには違う世界が広がっていた。無数のきらめく光が、まるで空にもう一つの世界が覆い被さっているかのような、そんな景色がそこにはあった。夢とも思えたあの景色は僕らの最後を彩るのには十分であっただろう。

「私に、こんな私にホントに君の全部をくれるの?」

 少しの間もなく僕はその問に答えた。

「今までで一番楽しくて幸せな時間だった。君が僕の全てだ。今もこれからもずっと」

 そう答えると彼女は首を傾げてはにかんだ。

「君に逢えて本当に良かった」

 そう言って彼女は僕に抱きついた。彼女の香りがする。暖かくて、優しくて細くなった体を僕は力いっぱい抱きしめた。

「君をこの先、ずっと愛すよ。ずっと。ずっと。」

 顔を上げた彼女は目に大粒の涙を貯めていた。

「私も…私もあなたをずっと愛す。ずっと。ずっと。ずーっと」

 彼女は僕の手を優しく持ち、自身の首元へと近づけた。僕も自ら彼女の首に手を置き、開いて彼女の首を持った。

「先にいってるよ」

 彼女はゆっくりと目を閉じた。その瞬間溜まっていた涙が両方の目から流れた。

「ぼくもすぐ行くよ」

 僕はそう言って首を持つ手に力を入れた。かすれた彼女の呼吸音すらも愛おしく感じられた。僕の呼吸と彼女の呼吸が呼応していた。状況は全く違うのに呼吸の苦しさは同じに感じられた。そして僕は、ゆっくりと、まるで宝物を触るようにそっと彼女の首を締めた。なんて暖かいのだろうか、力を入れ続けていると、やがて力が抜けたかのように彼女はするりと崩れ落ちた。僕はそれでもしばらく力を入れ続けていた。どのくらいたっただろうか。彼女の脈はすでに止まっていた。僕はそれを確認するとフェンスへと登り、彼女を見た。そして最後に彼女の幸せそうな顔を見て目を閉じて体を後ろへ倒した。

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