第22話 じゃあ、着てみる?
深夜、俺は眠る前に姉の部屋の扉をノックする。
「どうしたの?入っていいよ」
返事が返ってきて俺は彼女の部屋に入る。アサヒではなく夕の部屋に入ったのはなんだか久しぶりのように思えた。
彼女の部屋はアサヒのそれよりも随分と整頓されている。ただ、下宿しているから物が少ないはずなのにもかかわらず、なぜか散らかっているアサヒの部屋が異常なだけかもしれない。
部屋はかすかに香水のような、甘い香りがした。甘ったるいが不快感のない、いい匂いだ。彼女は机に向かっていて、大学のレポートだろうか、パソコンで何か文字を入力している最中のようだった。
部屋に入って扉を閉める。彼女は俺が話し出すのを待っているようだった。一呼吸置いてから口を開く。
「あのさ、ああいうバイトの衣装って店から借りてるの?」
「お店によると思うけど……うちはそうだね。今も持ってるよ」
俺が見たいと言うと彼女は部屋のクローゼットを開いた。それは僕が店で見た衣装そのものだった。白を基調とした服に黒のスカート、それとカチューシャ。暗い部屋で一瞬だったから分からなかったが、改めて見ると結構胸元がきわどい。
アサヒ姉さんほどではないにしろ、夕も胸が小さいわけではないし、角度によっては谷間くらいなら見えるのかもしれない。こうしてまじまじと眺めていると、確かに知り合いには見られたくない衣装だなと思う。
「それで、これがどうしたの?」
「いや、友達が好きって言ってたからさ。衣装があるならじっくり見てみたいなって。ちょっと思っただけ」
「じゃあ、着てみる?」
「え?」
「見るよりも、着た方が理解度上がると思うよ。私も秘密を知っちゃったんだし、これでおあいこってことでさ」
「それってさ。単に俺がゴスロリ着てるのを見たいだけなんじゃないの?」
「…………」
夕は黙って衣装を差し出した。着ろと目が訴えかけていた。
♢
「メイクとかしてなくても結構いけるね」
夕のコメントに対して、俺はどう返せばよいのか分からなかった。彼女は黙って俺にカメラを向けてパシャパシャと写真を撮る。
「後で消してね」
「はーい」
消されることはないだろう、という妙な信頼があったが、一応そう言っておく。
スカートはあさひの制服のほうが丈が短かったので問題はなかった。しかし、胸元はやばかった。俺は男のわりに胸板が薄かったため、かなり危うい感じになっていた。というか、上から見ると乳首が見える状態になっていると思う。
そして、夕はやたらと俺に地面に座ることを勧めてきた。優しい言葉で促すのに、目が笑っていなかった。何というか、意図が透け透けだ。正直、実の姉ながら少し引いた。おじさんからセクハラを受ける女性はこんな感情になるのだろうかなんてことを考えてしまう。
「ねえ、せっかくだし、メイクもしよう」
服を着た時点で薄々そうなることは予想していたが、やっぱり夕は俺にメイクを勧めてきた。正直、断っても問題はないのだが、あさひや彩にされるだけされて、夕のものだけを断るのも申し訳なかったし、俺がメイクをされることで咲空に何かアドバイスをしてやれるかもしれないと思い、夕の提案を呑むことにした。
「じゃあ、いつも店の
そう言って夕は手早くメイクのセットを取り出して俺の顔をいじり始めた。途中、何度か胸元を見られていた気がするが、言ったところでどうにもならなさそうなので知らないふりをすることにした。女性が胸元への視線がわかるというのは多分本当のことだろうと思った。
夕が人に化粧をすることが慣れていないからだろうか。今までしたそれよりも長い時間をかけてメイクは完成した。結果を言うと、メイクに時間がかかっていたのはそれだけ手が込んでいたからだった。
俺の姿は今までの俺から最もかけ離れたそれに代わっていた。それはもはやコスプレの領域に突っ込んでいると言っても良かった。姉の部屋は一般的な女子大生のそれで、その中にゴスロリ系の少女がいることは異様なように思えた。鏡で見ると、まるで異世界から転移したようだ。それほどまでに、俺の姿は姉の部屋という空間から浮いていた。
夕は目の色を変えて写真を撮りまくっていた。あまりに良かったので俺も何枚か自撮りした。後で咲空に送ってあげようと思った。
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