第21話 言えないことは言わなくてもいいよ

「じゃあ、姉ちゃんはジャガイモの皮を剥いてほしい」


「ん。わかった」


 ポテトサラダ用のジャガイモの用意を姉に頼む。彼女は小さく返事をした後、ピーラーを引き出しから出して皮を剥き始めた。


 俺はその間にポークソテーの用意をする。トンカツにしようかとも思ったが揚げ物は片付けが面倒なのでやめた。


「今日のあの子?誰?」


 お互いに無言での作業が続いていたが、姉が沈黙を破った。多分、話し始めるタイミングを伺っていたのだろうとは何となくわかっていた。そうでなければわざわざ料理を手伝うなんて言わないだろうから。


「友達だよ」


「それはわかってるよ。なんであの店に来たの?」


「彼が行きたいって言ったから」


「そう……」


 そこで一旦話は打ち止めになった。皮を剥き終わったジャガイモを適当な大きさに切ってから茹でる。その間に姉にはきゅうりを切ってもらう。


「あのさ、私があんなお店いるのがわかった時、どう思った?」


 姉は緊張していたようで声が少しだけ震えているようだった。彼女のそれが何を意味するのかはよくわからなかった。


「驚いたけど。それだけだよ」


「本当に?」


「本当だよ。別に悪いことじゃないじゃん。何を気にしてるの?」


 僕がそんなことを言っている間も姉はずっと苦虫を噛み潰したような表情だった。


「ヒナタは知らないのかも知れないけど、ああいうお店って危ないところもあるから……」


「危ないって?」


「私の口からは言えない。察して」


 俺の知らないところで何だかよくない部分があり、後ろめたい事だけは理解した。姉はばれたくないのにそんなところで働くのはなぜなのか?分からないことは多いが気にしても仕方がないような気がした。


「でも姉さんはしてないんでしょ?じゃあいいじゃん」


 俺がそういうと姉は驚いたように目を丸くした。


「まあ、言えないことは言わなくてもいいよ。姉さんもこの前俺に言ってたくれたじゃん」


「それだったら私が本当はやってるみたいにならない?」


 姉は苦笑いした。俺もつられて笑った。


「ならないって」


「もしもヒナタが望むんだったら、してない証拠は見せられるから」


 姉は真剣な表情でそう言った。そこまで言うということは多分本当にしていないのだろう。隠していることが何かは知らないがそう思った。


「ごめん。やっぱなしで」


 切られたキュウリを塩もみしている間に姉は小さな声でそう訂正した。彼女の情緒不安定性は相変わらずだから、軽く返事をして話題は終了した。



「ごめん。話を蒸し返すようで悪いんだけど、姉さんはなんであそこで働こうと思ったの?」


 完成した料理を並べている時に、僕は彼女に質問した。咲空の件を話すタイミングを作りたかった。


「んー。ヒナタが可愛かったからかな」


「は?」


「ああいう格好前から興味はあったし、ヒナタが女の子の格好させられてるの見て、私も自分のやりたいことやろうかなーって」


「ちょっと待って、俺はやりたくてしたわけじゃないんだけど!?」


 突然の流れ弾に思わぬダメージを受ける。


「後、姉さんもなんで知ってんの。見たの?」


「そりゃ、可愛いヒナタの写真なんか見せてもらったに決まってんじゃん。後、アサヒからデータももらって全部アルバムに保存してるよ」


 そう言って彼女は例の写真を見せてきた。頭が痛くなってきた。


「そう。わかった。ありがとう」


 咲空の件を話すのはまた今度にしよう。想定外の解答から俺はそう決意した。


 俺が弱ってる姿を面白がったからか、夕が食事の後片付けはしておいてくれると言った。食事を終えた後、俺は素直にその言葉に甘えることにした。


 そして自分の部屋に行った後に彼女が自分の口からは言いたくないと言っていた話について調べてみることにした。


 要約すると、あのような店の中には未成年を夜遅くまで働かせたり、お酒を飲ませたり、酔った勢いでいかがわしい事になるようなお店も一部ではあるが存在するということがわかった。


 だとすれば、彼女のしていない事を証明できると言う発言は一体何を見せようとしていたのだろうか。


 俺は考えたくない事を考えないようにした。

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