第20話 僕のせいで
姉はしばらくフリーズした後、何もなかったかのように接客を再開した。
咲空はおかしな空気を感じ取ったのか俺と姉を交互に見ていたが姉が動き出すとその動きを止めた。
「飲み物は何になさいますか?」
と姉が聞いてきたので机に置いてあったメニューから適当な飲み物を注文した。姉が席を外して、しばらく待っていると別の女性が飲み物を持ってやってきた。
その後は、咲空とその人が話をして、俺はほとんどそれを聞いているだけだった。咲空はしきりにそれらの服や装飾の魅力を熱く語っていた。俺は時折向こうのほうを見て姉の姿を探していた。
♢
サービスの終了時間がきた時、延長するかと聞かれたが咲空が満足したと言ったので会計を済ませて店を出た。入ってきた道をそのまま戻ってビルの外に出た時、咲空が恐る恐ると言った様子で口を開いた。
「最初に話してくれたメイドさん、知り合いだったんですか?」
「多分、姉ちゃん」
特に隠す必要もないので正直にそう告げる。咲空は納得したようだった。
「なんか、ごめんなさい。僕のせいで」
「何が?」
「確か、二人暮らしなんですよね?空気悪くなりませんか?僕の姉だったらすごいことになりますよ。多分」
咲空はそう言って乾いた声で笑った。元カノの自宅での粗暴なふるまいに対してどのように反応するべきなのだろうか、非常に困る。
「いや、大丈夫だと思う。少なくとも咲空が心配することはない」
「そうですか。ならいいんですけど……」
「咲空はああいう格好が好きなのか?」
咲空が暗くなりそうだったので話を変えることにした。せっかく休日に遊んだのだから楽しい気分で帰ってほしい。
「はい。ああいうの、いいなって思います。僕も女だったらよかったんですけど」
彼の言葉は本心からのものだろう。そういう気持ちのない俺は、なんて言えばいいのかわからなかった。
「もし、咲空が嫌じゃなければなんだけど。姉ちゃんに言ってみてもいいかな?もしかしたら力になってくれるかもしれない」
「……ヒナタ先輩がそう言ってくれるんだったら……いいですよ」
咲空は少し悩んだ後にそう答えた。
それ以降会話は減り、しばらく二人で黙って歩いた。落ち着いて考えると結構面白い関係だなと思う。元カノの弟と女装がきっかけで知り合うなんて、夢にも思わなかった。
「あの、僕、最初に話した時、仲間だと思ったけど、実際はそうじゃなかったみたいで、結構びっくりしました」
駅へ向かう道、人通りがどっと増える道に入る直前に咲空はそう言った。多分、心の性別のことだろう。
「でも、話して良かったなって思ってます。先輩優しいし、今日も付き合ってくれて本当にありがとうございます」
咲空はそう言って笑ってくれた。彩と咲空、二人の溝を埋めたいがどこまで踏み込むべきなのか。何をしてあげられるのか、俺は分からない。
ただ、できる範囲で二人ともに幸せになってほしいと思う。そんなことを強く実感した。
♢
家に帰っても夕はまだ帰ってきていないようだった。いつも夕は夕食の時間ごろに帰ってくるので心配はしなかった。
夕食を作るために帰りにスーパーで買った食材を冷蔵庫に入れていると、玄関が開いた。
いつもより早い時間だったが夕が帰ってきたようだ。
「おかえり」
リビングの扉が開くと同時に姉に声をかける。
「ただいま」
その一言だけで姉はソファに座ってスマホをいじり始めた。いつものことではあったが、今日は少し雰囲気が違う気がした。
いつ今日の話をするべきか、お互いに探るような時間が流れる。
「ヒナタ」
「何?」
「今日、ご飯作るの手伝っていいかな?」
姉から出た言葉は予想外のものだったが、俺はその提案を受け入れた。
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