第18話 なーにイチャイチャしてんの

 電車を降りると、俺は昼食のパンを購入すると嘘をついて彼らと別れることにした。さすがにあれ以上多くの一年生と関わりを持つことがあまり好ましくないことのように感じたからだ。


 ただ、途中で咲空の友人の勘の鋭さを思い出し、本当にコンビニでパンを購入することにした。多少購買で買うよりも高くついたが、昼食の時間帯に並ぶ手間と、普段と違い種類のパンを食べられることを考えると無駄ではないと思えた。


 ちょうど学校に着いた頃に、咲空からLINEでメッセージが届いた。


『佐賀くんに言ったの、大丈夫なんですか?いずれ姉の耳に届くような気がするんですけど』


『万が一バレたら俺が彩に説明するから咲空は何も気にしないでくれ』


 多分、彩にバレた場合、俺たちの共通点から女装に結び付けられることは不可避だろう。上手い言い訳なんて何も思いついていなかったが、多分なんとかなるだろうと余計なことを考えないようにした。


「おはようございます、ひなたさん」


 昇降口でスマホを触っていると、いつもより少し時間がずれたからだろうか、佐々木結愛に声をかけられた。


「おはよう、佐々木さん」


「こんなところで携帯を触ってると危ないですよ」


「ああ、ごめん。気をつけるよ」


 彼女はそれだけ言うと一人で教室の方へ歩いていった。佐々木には彩との件が解決したことをLINEで伝えて以来、特に連絡も接触もしていなかった。


「待って」


 彼女が振り返る。黒い髪がふわりと揺れる。


「あのさ、友達同士が不仲になって、なんとか関係を戻してあげたいんだけど、どうすればいいと思う?」


 多分、俺が悩んでいても問題は解決しない。俺と彩の関係をまともに修正してくれた彼女から解決の糸口を掴めないかと思い、質問をした。元カノとその弟が、なんてことは言えないのでその辺は隠して。


「あなたが仲裁に入るのが一番早いと思いますけど……」


 彼女は突然のことに少し困惑した様子であったが、そう答えてくれた。昇降口が少し混み合ってきたので、二人で教室の方へ歩くことにした。


「それは訳あって難しいんだ。他に何かないかな」


 自分でも無茶な要求をしてる自覚は持ちながら、彼女ならなんとかしてくれるのではないかと少し期待を寄せる。


「えーと、そうですね。お互いの話をよく聞いてあげることがいいと思います」


 彼女は少し悩んだ素振りを見せてからそう言った。


「二人の気持ちをよく聞いてあげて、心の状態が整理できれば、自然と良い方へ向かっていくのではないかと思います」


 二人の気持ちを考える。


 咲空のことはこれから時間をかければある程度知ることができると思う。ただ、問題は彩だ。彼女に弟のことを自然に聞き出すのは難しいかもしれない。だけど、俺に出来ることがあるのではないか。


「……わかった。ありがとう」


 彼女のおかげで解決の糸口は見えた気がした。あとは俺が覚悟を決めるだけだ。


「あまり具体的なアドバイスができた気はしないのですが……友人さんが仲直りできる事を祈ってます」


 ちょうど俺の教室の前に着いたタイミングで、彼女はそう言ったあと軽い会釈をした。


「……そういえば。もし機会があれば3人でどこか行きたいね、と彩が言ってましたよ」


 数歩進んだところで、彼女は思い出したかのように振り返ってそう言った。


「佐々木さんさえ構わないんだったら俺は喜んでついていくよ」


「そうですか。では、彩にもそう伝えておきますね」


 そんな話をして佐々木を見送り、教室の扉に手をかけたタイミングで後ろから声をかけられた。


「なーにイチャイチャしてんの」


 振り返ると彩が立っていた。


「佐々木さんとはそういう関係ではないよ。ちょっと相談に乗ってもらっていただけだ」


「ふーん。恋愛とか?」


 彩がにやにやしながら俺の表情をのぞき込む。お前とその弟についてだよ、という言葉は呑み込んで、関係ないだろと言っておく。


「そういえば、佐々木さんから聞いたんだけど、3人で遊びに行きたいっていうやつ、マジなの?」


 なんとなく、さっき聞いた話を彼女に振ってみる。


「え?そんなこと言ってたっけ?忘れちゃった」


 そう言って彼女は右手で髪を耳にかけた。それは彼女の嘘をごまかす時の癖なんだが、気づいてからずっと指摘はしないで放置している。


「ひなたに結愛みたいなかわいい子はもったいないから、ひなたがになってくれるんだったら行ってもいいよ」


 女の子の部分に含みのある言い方をして彼女は微笑した。


「そうか。ある日朝起きて女の子になってたら誘うことにするよ」


「うん、そうして」


 俺が女装をしたことがあることを知らなければ、周りからみれば意味の分からない仮定の話をしているようにしか見えないだろう。彼女がそう言って会話を終えると俺と彩はそれぞれ自分の席の方へ向かった。


 席に着くと、未央が彩と仲良さそうに話してたけど何かあった?と聞いてきた。俺は何でもないとごまかした。教材をカバンから移し替え終わると担任がやってきて朝のホームルームが始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る