第16話 俺が男じゃなければ通報している
その日の夜、姉と共に夕食を食べ終わり、片付けを済ませ自分の部屋でゆっくりとくつろいでいたタイミングで咲空からメッセージが届いた。時刻は九時すぎだった。
『朝はごめんなさい。人がいるところでメッセージを送りたくなかったので。ひなたさん、今は一人ですか?』
よっぽどメッセージを人に見られたくないのだろう。俺が一人であることの確認をしてきた。
『ああ、自分の部屋にいるから大丈夫だよ』
そうメッセージを返すと既読がついて三十秒後くらいに一枚の写真が届いた。
それは黒髪の少女の自撮りだった。ピンク色の絨毯の敷かれた部屋でピースをしている。胸は出ていないがそのロリっぽさがよりかわいさを引き立てているような気もした。
しかし、ほんの少しだけ違和感を感じた。この髪型を俺はどこかで見たような気がする。
それに顔の造形がどことなく俺の好みに近い。俺はこの子によく似ている女を知っている。
『これ、僕です』
やはりか。写真の女はどことなく彩に似ているものがあった。髪についても、先日彩が俺に持ってきたウィッグなのだろう。
『ひなたさん、僕に女装を教えてくれませんか?』
さらに追加でメッセージが来た。女装の写真が来た時点でなんとなく覚悟はしていたが、何故そんなことになったのか、俺は多くの疑問が残ったままだった。
『俺が女装したってどうしてわかったんだ?』
とりあえず、根本的な質問をする。姉に知られずに俺につながった理由が知りたかった。
そうすると、しばらく時間がたった後に長文のメッセージが来た。
『ある日、塾から帰ってウィッグを見ると、位置がずれていたんです。おかしいなと思ったんですけど、姉には聞けないので彼女をチラチラと観察していました』
『それでもどうしてもわからなかったので、悪いなと思いつつ隙を見て彼女のアルバムを見ると、僕のウィッグを被った美少女がいました』
『僕はどうしても正体が知りたくて、もっと欲を言えば会ってみたくて、姉のところからその写真をエアドロップして、去年の彼女のクラスの集合写真なんかを一人一人じっくり見て目や鼻の特徴を探してひなたさんだと確信しました』
『その後は姉のインスタのアカウントからひなたさんを見つけて、そこからツイッターを見つけて、大体の住所を把握して同じ路線なら電車の中で会えるかもしれないと思って毎日少しずつ通学の時間を変えてなんとかエンカウントしました。それが今朝までの大まかな流れです』
俺はそれを聞いた瞬間はっきり言ってドン引きした。彼の行ったことはほとんどストーカーのそれだった。多分、俺が男じゃなければ通報している。
『なるほど、ところで疑問なんだが彩はインスタグラムに鍵をかけていた気がするんだが彼女のスマホを勝手に触ったのか?』
『いいえ、姉は家族の共用PCでログインしたまま放置しているのでタイミングを見計らって調べさせてもらいました。もちろんDMとかの個人的なところは見てないです』
鍵アカウントの閲覧は十分プライバシーの侵害ではないかという言葉は飲み込んだ。俺は彼に対して警戒心を強める。こいつはやばい。
『まあいい。言いたいことは山ほどあるが一旦飲み込む。そもそも姉がいるんだったら彼女に頼めばいいんじゃないか?』
俺は半分以上彼女にしてもらったんだが、という言葉は言うべきか迷ったが言わないことにした。
『それはできません。姉は僕が女装することをよく思っていないので』
それは俺にとって意外な答えだった。だとしたら俺に女装をさせたのはなんの意図があったのだろうか。
『本当なのか?俺はむしろしてくれと言われたんだが』
そうメッセージを送ると少しだけ時間が空いてからメッセージが返ってきた。
『ひなたさんはなんで女装してるんですか?』
その質問と彩の行動になんの関係があるのか繋がらなかったが、とりあえず質問に答える。
『姉にやれって言われたから』
『ってことは自分で女装したいって気持ちはなかったってことですか?』
『まあ、そうだな。どちらかといえばしたくなかった』
『じゃあ、姉はひなたさんの嫌がるところを面白がってたんだと思いますよ。うちの姉そういうところあるので』
確かに言われてみれば、もしも彼女とつり橋を渡るならふざけて揺らしてきそうなタイプだと思う。さすが姉弟なだけあって、彩の理解度は俺よりもずっと高いのかもしれないと思った。
『咲空はなんで女装したいと思ったんだ』
俺は逆に質問する。彼の心境を知りたかった。
『自分でもよくわかりません。小中学生の頃からずっと女の子の服が羨ましかったんです。自分で服を買えるようになってからは普通の服を買うふりをして女性用のものや化粧品も買っていました。ある時、姉にそれがばれてからは彼女と話すことが極端に減ったんです』
当たり前ではあるが、そんなことを聞いたこともなかったので驚いた。彼の性的嗜好なんかについて聞いてもよかったのだが、それを聞くことが彼の問題を解決することに直接結びつく気がしなかったので止めた。
『そうだったのか。教えてくれてありがとう。彩もいつかきっとわかってくれると思うよ』
『そうなればいいんですけどね』
彼女の心境を何も知らない俺が無責任なことを言ってよかったのか。よくわからなかったが彩と弟の関係について、話を聞いてしまった以上何らかの形で関与しなければならないと感じた。
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