第15話 ずっとひなたさんに会いたかったんです
しばらく時が経ち、ゴールデンウィークも終わり憂鬱な平日がはじまった。休み明けから数日たったある日の通学途中、俺は電車内で一人のうちの高校の制服を着た高校生に話しかけられた。
「あの、すみません、古町ひなたさんですか?」
知らない顔であった。男性にしては高く、女性にしては低い声。俺よりも低い背と耳が隠れる程度に長く伸ばされた髪から一瞬女子かとも思ったが、ズボンを履いていたのでおそらく男子だろうと思った。
うちの高校でも女子がズボンを履けるために校則を替えるための運動というものが生徒会の主導で流行っているらしいが、まだ変わっていないのが現状である。
「はい、そうですけど、どうしましたか?」
おそらく下級生だと思ったが万が一上級生だったら失礼だと思い敬語で答える。
「僕、高校一年の水谷
俺はその苗字に聞き覚えがあった。
「水谷ってことは君はもしかして」
「はい、姉の彩がお世話になっております」
そう言って彼は軽く頭を下げた。
やはりか、彩の弟だったらしい。そういえば彼女は弟がいると話していた気がする。小さい体、くりっとした丸い目、小動物のような印象を受ける点は彼女と似通った部分があった。
「どうしたんだ?俺は君と初対面だと思うんだけど」
「僕、ずっとひなたさんに会いたかったんです」
「え?なんで?」
いきなり元カノの弟からそんなことを言われても意味が分からない。彼女に何かしてしまったのか、彼女が家で俺について何かを話したのか。何だかわからないがそれはどちらかといえばあまりよくないようなことの気がした。
「あの、それは……ちょっと…………」
目の前の彼はもじもじとして言いよどんでいる。話せないようなことなら話しかけるべきではないのではないかと思い、心の隅に少しだけ腹立たしい気持ちが湧く。
「すみません。ちょっとここでは言えないです。僕が話しかけたこと、姉には言わないでいてくれませんか」
だが、その気持ちは彼の一言ですぐに消えた。同時に彼の不可解な言動に疑問が生じた。
「どういうことだ?彩から俺のこと聞いたわけじゃないのか?」
「いいえ、姉から直接話を聞いたわけではないです。勝手に色々調べてしまいました。ごめんなさい」
「すまない。話がまったく見えてこないんだが」
咲空は少し困ったようなそぶりを見せた後、何かを思いついたようにスマホを取り出した。
「LINE交換しましょう」
メッセージであれば話せるということなのだろう。俺もスマホを取り出して友達登録をした。咲空のアイコンは赤い花を持った少女だった。ちなみに俺は数年前に家族旅行に行った時にとった風景の写真だ。
交換してすぐ、スマホを操作し始めた咲空。
「やっほー、咲空じゃん」
その時、一人の男が横から咲空に話しかけてきた。その瞬間、咲空はまるでゲームを隠す子供のような速度でスマホの画面を隠した。
多分、彼は電車の車両を歩いている途中に友人を見かけたから声をかけたのだろう。俺は咲空の前でスマホをいじっているだけだったために咲空は一人だと思われたのだろう。
俺は咲空に話しかけるべきか迷ったが、彼が俺に目を合わせ少し首を振ったのを見て、他人の振りをすることにした。
二人は高校からの友人のようだった。お互いに学校や教師の知ってることについて色々話して盛り上がっていたようだ。俺も一年前はそんな感じだったな、と少し懐かしい気分に浸りながら、学校の最寄り駅を降りた。
二人をしばらく観察していると、彼らはさらに別方向から来た友人と合流したようだった。俺はそこまで見た後、自分のペースで歩いて学校を目指した。
通学はいつも少し余裕を持って行っている。仮に電車を二本のがしたとしても、ギリギリ登校時間に間に合うくらいだ。
それでいえば、彩はいつも俺よりも少し遅い時間に教室に入る。多分俺よりも一本遅い電車に乗っているのだろう。弟と共に通学しない理由は何なのだろうか。仮に電車内で話すことはなかったとしても同じような時間に通学するほうが自然ではないのか。
そもそも俺は彩の弟が同じ高校に通っていること自体知らなかった。この前家に行ったタイミングで話してくれてもよかったのではないか。彼女に直接聞こうにも、弟に関係を黙っていてくれと言われたので聞くことができず、妙な気分になる。
弟くんからは、昼休みに『連絡が遅れてごめんなさい。夜にまたメッセージを送らせてください』とだけ連絡が入ってきた。
俺は『了解』とだけ連絡を送ってメッセージのやり取りは終了した。
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