第14話 知らない匂いがするんだけど
写真に写る少女は前と雰囲気が変わっていた。顔のパーツが同じでも、メイクでここまでの変化があることに正直驚いた。
「前の奴は目元とかが濃くて全体的に地雷メイクっぽい印象だったけど、今回のはわりとナチュラルな感じだから。て言っても私があんまり詳しくないからなんだけどね」
彼女は俺に対して軽い説明をしてくれた。多分、姉が普段やっていたメイクは今のもののほうがより近い気がした。その地雷メイクとやらを姉がしていたのかどうかは俺はよくわからない。
「結構楽しかった。ありがとう。駅までは一緒に行こうと思うけど、そのまま帰る?」
彼女が半笑いでそんなことを言う。俺は丁重にお断りして化粧を落とした。
一人で帰れると言ったのに、結局彩は駅まで送ってくれた。
帰り道は、普通に学校や課題のことを話した。意図的かどうかわからないが、女装や過去の話は話題に上がることがなかった。
♢
家に帰ったとき、夕はすでに帰ってきていたようだった。大学に入ってから彼女はバイトを始めたので、帰宅が遅い日も増えてきていたのだが、今日は早かったようだ。
今日は思いもよらない原因で帰宅が遅れたため、姉に連絡を入れていなかったが、部活をして帰る日よりもおよそ三十分遅い程度で済んだし、いつも食事を作りはじめる時間には十分間に合っていた。
ちなみに、俺が所属している部活動は、文化祭などの行事前に多少活動すれば、それ以外は週に数回も顔を出せば十分な非常に緩いものであった。
「おかえり、ひなた。今日もちょっと遅かったね。部活動あったの?」
「あー、うん。そんな感じ」
俺が手を洗ってからリビングに顔を出すと、ソファに寝転がっていた姉に声をかけられた。今日のことを正確に話すのが面倒に感じた俺は適当に誤魔化すことにした。
「……ふーん。そう。話変わるけど、今日ご飯何にする?」
「まだ決めてないけど……」
「じゃあさ、出前でピザ頼んでもいいかな?お金は出すからさ」
「いいよ」
俺は迷わず了承した。料理を作るのは楽しいが面倒に思う日もある。遊んで帰った日なんかはその代表例だろう。
姉がスマホで注文をする。多分近所にあるチェーン店だ。俺はゆっくりできる時間が増えたので、寝転がっている姉に座ってもらい、空いた場所に座ることにした。
「よし、オッケー。三十分もしないうちにチャイムなると思うから」
スマホの操作を終えた姉がそう言った。俺はお礼を言ってから部屋に着替えを取りに行こうと立ち上がる。
「待って」
姉がいきなり俺の手首を掴んだ。そのまま立ち上がった彼女が俺のうなじに顔を近づける。
「……女の子と遊んでた?知らない匂いがするんだけど」
夕が俺の耳元で囁くように言った。少し鳥肌がたつ。浮気を追求される男はこんな感じなのだろうかなんてことを考えていた。
「ごめん、嘘ついた。姉ちゃんの思った通り女の子と遊んでたよ」
夕の洞察力はうちの家族の中でもずば抜けて高い。俺に関係することは特にそうだった。どこまで話すべきか、俺は高速で脳みそを回転させる。
「昨日遊んでた子?」
彼女は俺から手を離したものの、追求をやめる気はないようだった。正直に答えた場合、今日遊んだ人に対してまた追求されることは免れないだろう。夕が相手の場合、嘘をついたところでどこかでバレるような確信があった。
「……ごめん。話せる時が来たら話すから、今はそっとしておいてほしい」
俺は姉の両手を握り、目を真っ直ぐにみてそう言った。俺が脳内で弾き出した結論は、それっぽいことを言って相手に勘違いしてもらうことだった。これなら嘘をつくより幾分か上手く隠せるような気がした。
「……え?うん。わかった。ごめんね。ひなた」
姉は何だか照れた様子で廊下へ出て行ってしまった。階段を上る音が聞こえたので、多分部屋へ行ったのだろう。これは最近になって気づいたことなのだが、彼女は冷静になると急に恥ずかしくなって逃げるのだ。
俺も部屋に戻って着替えをして、またリビングに戻ったころにピザが届いた。俺が受け取ってテーブルの上に並べると姉が部屋から降りてきた。
「さっきはごめん。なんというか、その、ヒナタにもプライベートはあるもんね。話したくないことは聞かないようにするから許してほしいの」
彼女はえらくしおらしい様子になっていた。
「いや、そんなに怒ってないし気にしてもないからいいよ。それよりもピザ食べよう」
俺は冷蔵庫からコーラを出し、二つのコップに注いだ。姉が頼んだピザは4種類の味が楽しめるクォーターピザとモッツァレラチーズのたっぷりのったピザの二枚だった。
「そういえばさ、姉ちゃんはなんのバイトしてるの?」
俺は話題を逸らすように出来るだけ関係のない話題を選んで姉に話した。正直バイト始めたと言われた時に聞いておけばよかったのだが、特に気にしてもいなかったので聞いていなかったのだ。
「まあ、接客業かな」
「ふーん、人と話すの大丈夫なの?」
だから、接客業だったのはかなり意外だった。姉弟の中では一番陰キャな彼女が人と接する仕事をするイメージがなかった。
「まあ、なんとかね。まだ始めたばっかりだけどちょっとずつ慣れてきた」
そんな話をしていると俺の件はすっかり無かったことになったように、それ以上何も聞かれることはなくなった。
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