第13話 家寄って行かない?
「何もそんなに驚かなくてもいいじゃないか」
あまりの大きな声に俺は思わず辺りを見渡した。幸い誰かに聞かれたようなことはなさそうであった。
「あ、いや。ごめん。確かによーーーーく見たらヒナタだわ。目とか鼻のラインはそっくりだもん。いやー、にしてもヒナタもやってるとはねー……」
俺は彼女の発言に一瞬引っかかるものを感じたが、とにかく誤解が解けたことは何より嬉しかった。
「あのアカウント、姉さんが勝手に作ったやつだし、やっぱり消しそうと思う。というかばれたら消すって約束だったし」
「なんで?面白いから残しておけばいいと思うよ」
彼女は面白いおもちゃを見つけた子供のような声で俺に言う。なんだか姉さんに似ている気がした。
「え?」
「私、こっちのヒナタも割と好きだよ」
彼女から溢れた一言は想定外のものだった。
「あ、友達としてね。彼氏が女の子の格好してるのは私はちょっと無理かなーって」
どうやら彼女にとって俺は完全に男友達のジャンルに入っているようだった。関われるだけで嬉しいような、少し悲しいような、複雑な気分だった。
「どーしよ、ヒナタちょっと家寄って行かない?せっかくだし私もヒナちゃん見たいなーなんてさ」
彼女は悪戯っ子のように舌を少し出した。
「俺、あの時以来女装なんてしてないんだけど。姉さんに全部やってもらったからやり方なんて覚えてないし」
二ヶ月前に一度だけ他人にしてもらったことの再現なんて不可能だ。だから、俺は断ろうとした。
「じゃあ、私が手伝ってあげるよ。ヒナタのお姉さんほど上手くはないかもだけどさ」
そう言われると俺は上手く断る理由を見つけることができなかった。否、ひょっとするとあったのかもしれないが、断る理由を見つけるよりも彼女の家へ向かいたい気持ちの方が大きかったのかもしれない。
そんなこんなで俺はいつぶりだろうか彩の家へ行くことになった。彼女の母親とは二、三回会ったことがあり、彼女が俺と別れたことを伝えていた場合、母親にどのように説明すれば良いのだろうかなどと心配をしていたが、母親はしばらく帰った来ないということを彩から聞いて少し安心した。
家に入り、洗面所で手を洗う。先に私の部屋入っておいて、と言われたので階段を上って二階へ上がった。ただ、彼女の部屋の位置を忘れてしまったために階段を上りきったところで立ち往生することになってしまった。
友人の家といえど、間違った扉をあけて家族のプライベートを侵すリスクを考えると素直に待つことが懸命に思えた。
しばらく待っていると彼女が飲み物を入れたお盆と共に階段を上ってきた。
「どうしたの?部屋忘れちゃった?」
「多分右だった気がするんだけど間違えてたら嫌だから待ってた」
「それであってるよ。真ん中が弟で一番左がパパとママの部屋だからね」
忘れた、というべきかおぼろげな記憶を頼りに三択クイズをするべきかのくだらない賭けに勝利して少し安堵した。しょうもない賭けであったが、忘れたと言えば彼女の好感度は少し下がり、三択を外した暁には好感度は大きく下がり不機嫌になってしまうのではないかと、そんな気がした。
彼女の部屋に入ったが、以前に入ったときとそんなに変わらない気がした。強いて言えば、机の上の教科書は新しい学年のものに変わっている程度か。
「ちょっと待ってて」
そういうと彼女はすぐに部屋を出て行ってしまった。俺は彼女がおいていった飲み物に少し口をつけた後、スマホを触っていた。
数分後、彼女は右手にウィッグを持って部屋に入ってきた。そのウィッグは型くらいまで伸びた黒髪のストレートだった。
「そんなのどこにあったんだ?」
多分、コスプレでもしない限り家にウィッグを持っている人は少ないのではないかと思う。だから、彼女がそれを持ってきたことは正直意外だった。
「まあ、ちょっとね」
彼女が適当にお茶を濁したので俺は追及しないことにした。
女装に関しては特に特筆すべき事象は起こらず、姉が俺にしてくれた時とほとんど変わらなかった。強いて言えば、前回よりも少し自分で鏡を見てメイクをする部分が多かったように思う程度である。
ただ、それも彼女の指示通りに手を動かしただけに過ぎず、自分でもう一度してみろと言われても絶対にできないほどの練度だった。
服に関しては、男子用の制服であったが、上着を脱いでネクタイを外し、代わりに彩のリボンをつけることで見た目では女子の制服になった。
「よし、できた。ヒナタ、髪の毛長いから今のままでも十分かわいいね。写真撮ってもいいかな?」
ここまでしてもらって(?)断るわけにもいかず、俺は了承した。彼女は何枚かの写真を撮った。撮影は姉さんのそれよりは控えめであった。
「今度、これかぶってみて」
そう言って彼女が渡してくれたのはウィッグのみであった。
「なあ、ネットみたいなのってなかったか?前付けた時はそれをかぶった気がするんだが……」
「さぁ?わかんない。とりあえずかぶってみたら?」
その発言からこれは彼女のものではないのではないかという疑問が浮かんだが、聞いたところで何にもならないような気がしたので俺は言われたとおりに着けることにした。
髪をできるだけまとめてから、被ることでそれなりに上手くつけることができたようだ。
「おー、やっぱり髪型変わると一気に雰囲気変わるねー」
彼女は面白そうに追加で何枚かの写真を撮った。そして彼女は俺に写真を見せてくれた。
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