第9話 すみません、少しお話しいいでしょうか?

 彩との一件からおよそ2週間がたったが、俺の日常に変化はなかった。予想していた通り、彼女は誰にも話すことはなかったようだった。それに、万が一誰かに話していたとしても、直接の影響が出なければ問題はない。


 ただ、彼女の様子は明らかにおかしいものになっていた。彩の友人が度々心配する程度には彼女の調子はすぐれないようだった。


 それから、彼女は明らかに俺を避けるようになっていた。俺のつるんでいるグループのメンバーに用がある時は、俺が席を外したタイミングか、友人が一人のタイミングに直接話しかけるようになっていた。


 俺はあの時どうするべきだったのか、それは時間を置いた今でもわからないままだ。



「すみません、少しお話しいいでしょうか?」


 授業の合間の短い休憩時間。トイレから教室に戻ろうとしたタイミングで、一人の少女に話しかけられた。


「えっと、君は……」


「佐々木結愛ゆあです。高校一年の時に同じクラスでした」


 そうだ。確かそんな名前だった気がする。スレンダーでありながら、出るとこは出ているモデル体型の美少女。当然容姿も整っている。


 可愛い系というよりは圧倒的に美人系。詳しくは聞いていないが、実際にモデルをした経験もあるらしい。成績も優秀でクラスの男子からの人気も高かった覚えがある。


 本人は成績優秀かつ運動神経抜群な二つ上の先輩と付き合っていたためにノーチャンだったらしいが、それでも玉砕覚悟で突っ込む男子もいたほどだ。


「俺は君とあんまり話したことはなかったと思うけど、何の用?」


「自分から話しかけておいて申し訳ないのですが、少し長い話になると思いますので、放課後、喫茶店に同行してくだされば嬉しいのですが……。もちろん、交通費や飲食代は私が出しますので」


「いや、それは悪いから自分で出すよ。ついて行くのも俺は別に構わないけど、ここじゃダメなのか?」


「あなたとは前々から一度、ゆっくりお話ししてみたいと思っていたので。それに校内では話しにくい事情もありまして……それを含めて全て放課後に話させていただきます。それではまた」


 そう言うと、彼女は頭を一度軽くお辞儀をして、ゆっくりと自分の教室の方へ戻ってしまった。今更であるが、彼女は理系クラスで俺は文系クラスである。



 放課後、佐々木結愛を迎えに行くべきか、待つべきかなんてことを考えていると、チラリと廊下に彼女の姿が見えたので、俺はそれについて行くことにした。


「何故距離を取るのですか?約束をしているのですから隣を歩けばいいと思うのですが」


 昇降口で靴を履き替えるタイミングで彼女が俺に話しかけてきた。


「別に。男女で一緒に歩くのが苦手なだけだ。中学生の頃、女子とよく一緒に帰ってたら同級生にからかわれてな。それ以降、知り合いに見られそうな場所で女子と並んで歩くことはしなくなった」


 これは彩にも話したことがない一種のトラウマだった。これのせいで俺は彼女との関係を姉以外の人に話すことができなかった。


 だから、ほとんど話したことのない佐々木に対してなぜかスッと話せたことに、自分でも驚いた。


「なるほど、わかりました。そのトラウマ払拭してしまいましょう。一緒に隣を歩いてください。案外誰も気にしてませんよ」


 そういうと彼女は俺の隣について歩き出した。もちろん恋人のように密着しているわけでもなく、友人として適切な距離ではあったが、周りにも下校中の生徒がいることを考えると、身体がこわばってしまう。


 しばらくは互いのクラスの状況であったり、共通の教員の話題であったり、高一の頃の話などを中心とした当たり障りのない話が続いた。


 佐々木は彩の友人でもあったため、彼女の話が話題に上がることもあった。俺は友人の一人の話として聞いているふりをしたが、内心では少し緊張していた。


 会話自体はそこそこ面白く、彼女の女友達との普段の様子なんかは、俺の知らない面白い一面も聞くことが出来て楽しかった。


 そんなこんなしているうちに駅に着いた。


「ね、案外誰も私たちのことなんて気にしていないでしょ。誰が誰と一緒に歩いていたかでからかわれることなんてないのです」


「ああ、たしかに俺が間違っていたのかもな。ありがとう。少し気が楽になった」


 そんな話をした後、俺と彼女は駅のホームへ向かう。彼女の自宅は繁華街の方向にあるらしく、これから向かう場所も定期券内のようだ。


 俺は自宅が逆方向であるが、お金はICカードにチャージされていたので特に問題はなかった。彼女が交通費を負担させてくれと何度も主張してきたが、俺は断り続けた。


 正直こんな美少女とお茶ができた上に、お金を払ってもらうなんて申し訳なさすぎてできない。


 しかし、あまりにも長い押し問答が続いたため、結果的に飲食代は彼女が絶対に奢るということで話は収束した。しかし、隙を見て俺が払うつもりであった。


 ちょうどそんな話が決着した頃に、彼女に聞かされていた目的の駅の名前が車内アナウンスで流れた、俺と彼女はその駅で電車を降りた。

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