第8話 あなたの彼女でしょ

『ねえ、放課後、いつも会ってた場所で会えないかな?』


 元カノから2ヶ月ぶりのLINE。あ、バレたな、と直感で理解した。


 いつも会ってた場所は学校から二駅いったところの小さな公園、お互い繁華街と逆方向の場所に自宅があったので定期券内であり人にバレにくい、二人にとって都合のいい場所だった。


 正直、かなり行きたくなかったが、行かなかった場合のことを考えると何をされるかわからないので行かない選択肢はなかった。


 駅から出て、100mほど歩くと、マンションの近くにあるぽつんとした公園が見える。彩はベンチに腰掛けていた。今までは僕が先に着くことが多かったのだが、今回においては彼女が先に待っていたらしい。


「ごめん、待たせた?」


「いや、私もさっき来たところ」


 テンプレのやりとりを済ませると会話が途切れる。2月のLINE以来、事務的な会話以外で話すのはこれが初めてである。


「それで、何の用?」


 数秒の沈黙。仕方がないので俺から話しかけることにした。


「わからない?」


「なに?怒ってるの?」


「怒ってるように見える?別にそんなことないけど」


 およそ2ヶ月ぶりの彼女はやや怒っているように見えた。というか明らかに怒っている時のそれである。俺はデートの日に寝坊した日のことを頭の片隅で思い出していた。


「なんだ、呼び出したのはキミだろ?話してくれないとわからない」


 そう言いながらも俺の心臓は既に限界を迎えていた。自分の心臓の鼓動音が聞こえるくらいに気を張っていて、頭がおかしくなりそうだ。


「昼休みに小山君が見せてくれたあの写真のこと。これでわかるでしょ」


 あー、終わった。心の中で呟く。彼女がLGBTに対してどのような考えを持っているのか、昨今ある程度寛容になったと言われていても元カレが女装男子の事実を受け入れられる女性は一体どれほどのものなのだろう、そもそも彼女の要求がなんなのか、金銭なのか、単なる脅しなのか、はたまたただの好奇心なのか、刹那にとても言葉に表せない量の情報が脳を高速で駆け巡った。


「ああ、あの写真がどうかした?」


 その結果。たとえ結末が変わらないとしても、俺は最後の最後までとぼけることを選択した。人間誰しも嫌なことからは出来るだけ逃げたいのだ。


「気づかないとでも思ったの?私これでもあなたとちゃんと付き合ってたつもりなんだけど」


 急に少しだけデレた彼女はとてもかわいかった。照れるなら言うなよ、と言いたいところだがそんなところもかわいい。


「ごめん、本当にわからないんだ。あの子と俺にはなんの関係もないと思うんだが」


「……部屋」


 彼女は絞り出すような声で一言だけ呟いた。


「え?」


「やっぱり、あれヒナタ君の部屋だよね。私行ったことあるから覚えてるもん。私と別れて一週間もしないうちにあんなに可愛い子部屋に連れ込んで何してたのよ」


 彩は初めは普通に話していたのだが、途中から俺の胸元を掴んで叫ぶように声を上げた。声はところどころでしゃくりあげられていて、おそらく泣いているようだった。


 一方の俺は女装がバレていない安心と同時に、予想外だった別の問題が発生したことで今すぐにでも頭を抱えたくなっていた。


「いや、それは誤解なんだ」


「なにが誤解なのよ。あれヒナタの部屋でしょ。私と遊んだ時に取ったクレーンゲームの人形あったのも見てるんだから」


「ああ、確かにあれは俺の部屋だ。それは認めるよ。でもあの子は俺の彼女じゃない」


「嘘!彼女じゃない子を連れ込むことなんてしないでしょ。それともまさかセフレだったなんて言うつもり?サイテー」


 彼女はそのまま俺の胸元を掴んできた。キスした時以来詰めたことのない距離まで接近する。


 付き合ってる時もそんな感じで詰めてくれたらよかったのに、なんてことを他人事みたいに考えていた。


「そもそも別れを切り出したのはそっちだろ。だったら俺がなにしようが勝手じゃないか?」


 これ以上否定したところで水掛け論にしかならないことを悟った俺は、そもそも関係ないだろと言って突き放すようにした。元カノにあらぬ勘違いをされたとしても、女装していることをバラすよりはマシだと考えた。


「なにそれ?やっぱりセフレだったってこと。私ともしたことないのに。そりゃこんな子とできるなら私なんていらないよね。ヒナタなんて大っ嫌い。もう話しかけないでね。サヨナラ」


 彩はそれだけ言い残すときびすを返して駅のほうへ行ってしまった。俺は追いかけることができず、その場で立ち尽くしてしまう。


 多分、彼女は今日のことを無関係の人に話すような人ではないと思う。

 でも、これが本当に最善の選択だったのか、いっそ話してしまうべきだったのか。

 俺は彼女のどことなく寂しそうな背中を見ていると、わからなくなってしまった。

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