第6話 バズっちゃった

 それから数週間は特に何もない日常だった。3月も中盤に差し掛かり、卒業する部活の先輩への色紙の作成に協力したり、期末テストに追われたり、まあそれなりにイベント自体はあったが、特筆すべきイベントは起こらなかった。


 期末テストをなんとか乗り越え、暇な午後を過ごしていた日、あさひが突然部屋にやってきた。


「ひなたー、ツイッターのフォロワー1000人超えたよー」


「え、どういうこと?」


「これ」


 そう言って彼女が差し出したスマホには俺(女子高生の姿)の写真。そのツイートにはいいねが1500くらいついていた。


「……は?」


「面白いから作ったらバズっちゃった」


 そう言ってあさひはヘラヘラと笑っている。


「はあ?」


「ユーザー名とパスワードは送っとくからログインしてみてねー。じゃあ、私は部屋に戻るから」


 訳がわからないまま彼女が部屋を出て行く。説明不足もいいところだ。その直後、LINEにアカウントのユーザー名とパスワードが送られてきたので俺はすぐにログインした。


 ツイッター自体は俺もしていたので、システム自体は理解している。簡単な話、文字や画像を投稿すると、フォロワーを始めとした全世界の人がそれらを確認できるといったものである。


 ようは俺の女装は全世界に拡散されたということである。どうしようもなくパニックになりそうだが、落ち着いて一旦姉作成のプロフィールを確認してみる。


ひなてゃ

@hinacha1001

fjk/明応/テニス

フォロー237 フォロワー1034


 fjkはfirst女子j高生kつまり高一。明応は明応女学院、姉の母校。テニスは姉の部活。アイコンはタピオカの画像、多分姉が撮った写真。


 週に数回ほどのツイート頻度であったが、固定ツイートに俺の女装、1500以上のいいねがついていた。強い加工とフィルタがかかっていてとても俺には見えなかったが、怖かったのでとりあえず固定を外した。


「ていうか『ひなてゃ』ってなんだよほぼ本名じゃねーか」


 思わず叫んでスマホをベットに投げる。それはベットの上でポンと跳ねた。


 それよりも、存在しない女子高生がいたらバレるのでは?と思い、スマホを拾ってすぐさま姉の部屋に突撃する。


「姉さん、流石にこれはバレるって。やめてくれよ」


「大丈夫、大丈夫、うちの学校一学年500人くらいいるし全然同級生でSNSだけ知ってる子とかもいたから、バレないよ。DMダイレクトメッセージ見てみ?可愛い子からきてるよ」


 彼女は携帯を触りながら適当な返事した。


 そういう問題ではない気がするのだが、とりあえず言われた通りにDMの確認をすることにした。確かに十人近くの女子高生から連絡が来ていた。いずれも明応の学生のようだ。


 それだけでなく無数の知らない人間からのDMも来ていたが、これには一切返信していないようだった。多分あさひが面白がってDMを解放していたのが原因だろう。


 彼女らとの簡単なやりとりはあさひが全て行なっていた。クラスについてや友人についてはうまく誤魔化していたようだ。


 ただ、鍵垢の女子高生からのメッセージややりとりに関しては、俺がしたわけではなかったが、騙していることに対して罪悪感が湧いた。


「とりあえずアカウント消していいか?肖像権の侵害だろ」


 俺は彼女に対して正論を吐く。


「別にいいけどインスタもあるから逆に怪しまれると思うよ」


「…………」


 最悪だ。この人はふざけて始めると止まらない。俺の知らないところで色々されていたことを考えると頭が痛くなる。


「まあ、勝手に作ったのは悪いけど落ち着こうよ。ヒナタにもメリットはあるんだから」


「……何?」


「双子の弟がいるって言ってるから明応の女子めいじょとデートできるかもよ?」


 ドヤ顔でそういう姉。


「デメリットに対してメリットが薄すぎる。もういいよ。姉さんなんて嫌いだ」


 メリットなんてものを一瞬でも期待したのがバカだった。彼女は自分が面白いと思ったことが他人も面白いと思っているのだろう。


「ごめーん、でも面白いよ?眠いって呟くだけでいいねが30くらいつくんだよ?」


「別にそう言った方向の承認欲求は強くない」


「せっかくここまで大きくしたのにー、一生のお願いですー、消さないでくださいー」


 俺の膝にくっついて泣きつく姉。態度が大学生のそれではない気がする。この人が他人にこんなことをしていないか、俺は時々心配でたまらなくなる。


「わかったよ、ただし俺の知り合い一人にでもバレたらすぐ消す。それと罰金100万円」


「やったー、ひなた大好きー」


 本当に調子のいい姉である。ただ、SNS上での1000人なんて日本人全員からみれば大した数でもない、知り合いにばれることなんてそうそうないだろうと、そう考えていた。


 それが間違いだったと知るのは想像以上に早かった。

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