それは簡単のようで躊躇ってしまうこと

シオン

それは簡単のようで躊躇ってしまうこと

 足の小指を痛めてしまった。


 仕事から帰宅したとき、出しっぱなしにしていた二リットルのお茶が入った箱に足の小指を強打してしまった。しばらく悶絶して痛みが引くのを待ったが、赤紫に指が変色していて明らかに異常だった。

 なんとなくやばいと思ったので氷水で指を冷やした。その後ネットで応急処置を調べてたまたまあったテーピングで薬指を添え木代わりに小指を固定してとりあえず眠りについた。


 翌朝、恐る恐る歩いてみたら意外と歩く分には痛くなかった。内心安堵してそのまま病院に行かず仕事へ向かった。それが先週の話だった。

 現在、テーピングを外し小指を動かしてみる。腫れは引いたが痛みはまだ残っている。ネットで調べたが、数日痛みが引かない場合骨折している可能性があるそうだ。マジで?マジで折れているの?俺は先週の自分を呪った。

 歩けている以上ただの打撲という可能性もある。しかし骨折を放っておくと変に骨がくっついてしまう恐れがある。だから本当は病院に行かないといけない。しかしひとつ問題があった。


 病院に行くには仕事を休まないといけないのだ。


 勘違いしてほしくないが俺は仕事を休みたくない訳じゃない。できるなら仕事は休みたい。ただ仕事を休むことを上司に伝えるのが嫌なのだ。

 それくらい伝えろって?いやいや無理無理!普通の人はそれができるかもしれないけど、俺みたいな小心者で繊細で敏感な弱者は個人的なことで人に相談することが非常に好ましくないのだ。個人的所用で他人を交わらせることに対する抵抗感はもはや病的で、極端なことを言えば誰にも自分を関わらせたくないとすら言いたい。


 俺は休むことを伝えるか小一時間ほど悩んだ。病院行かないと安心できない。だけどもし骨折していたら何週間は休まないといけない。休んだら職場のおばさんに嫌み言われる。だけど骨がどうなっているか確認したい。何十回も同じ思考をループしたのち、考えることをやめて横になった。

 翌日、悩みは消えなかった。むしろ時間が経つたびに頭が重くなったようで、胃が痛かった。

 ムカムカと胃が痛み、ドキドキと胸が高鳴る。恋と恐怖は紙一重と言った具合か。今回に至っては恋の要素皆無だが。


 通勤途中も伝えるべきか伝えないべきか悩み、とうとう職場に着いた。普通に考えたらただ午後に有給を取るだけなんだ。有給は権利なんだ。なんなら上司も有給使ってエ○ァの映画観に行ったんだから俺が病院行くくらい何が問題ある。

 しかし、どうしても行動に移せないでいた。人に伝える。人と関わる。人の許しを得る。そんな簡単なことが俺にはできない。俺はなんて不出来な男なんだ!


「どうしたそこで突っ立ってて」


 後ろから上司の声が聞こえた。それに対してつい


「おはようございます。すみません、明日急ですが午後有給を頂きたいのですが」


 と淀みなくスルッと言えてしまった。


「あ、あぁ……良いんじゃないか?明日は暇だし」


 言った後に後悔が頭を支配したが、難なく休めてしまった。先週から悩んでいたのはなんだったのか……。

 人に相談するのは嫌だけど、堂々と言ってしまえば意外と通るものだと知った日だった。



おわり

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