第32話 父からの贈り物 【言いそびれた『ありがとう』】#青ブラ文学部

 父が死んで言えない言葉がある。


 父は厳格だ。ルールに厳しい父は私を何かと束縛した。勉強しろ、言うことを聞け、黙れ。ロボットか人形のように私は操作される。時には優しく、厳しい事もある。いつも最後は


「愛している」


 愛しているのは判る、母が死んで私だけが残った。母の分まで私を愛した。愛して、私をやさしく抱きしめる、嫌がったり反抗したりするのは厳禁だ。私はされるがままになる。


「愛している」

 彼は私を愛してくれた、初めての恋人は父とは正反対でなんでも許容してくれる。彼は私の守護天使なのかもしれない。私も全身全霊で彼を愛した。父に見つかるまでは幸福だった。


「お前は、こんな男が好きなのか! 」

 自室で彼と私を、父が憎しみの目でにらむ。鍵なんてかけられない。父が怒るからだ。彼と父は喧嘩になる、父はとても強い、彼が殺される! 私は無意識で父の背後に回る。


 私は父の首を後ろから締め上げた。


xxx


「過失致死になると思う……だが情状酌量もされる」

 刑事が私を慰める。事故だった、私は父に言いそびれた『ありがとう』を、心の中でつぶやく。


「ありがとう……お父さん……お父さんのように、たくましくなりました」

 私は人の倍以上の筋肉を保持している、毎日二十キロのダンベルで盛り上がった前腕は、楽々と成人男性の首をへし折れる……立派な息子に育ちました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る