13:30―ノズリザの帰局
きっとあなたは嗤うでしょう。午前中の配達が第二寮で止まった私を。以前私が似たようなことを言うと、「何があったんだよ」と言って来たの、まだ根に持ってるんだから。
焦ってはいけない、そうは分かっていたのだけれど、打ち損じで思ったより早く銃弾が切れてしまった。センスがないな。
私が敗れた敵は、丁度良いのか何なのか、防衛局が言う「NoLieNoon(偽りなき昼)」の、久しぶりの攻撃種です。残念だけれど、やつらを捌ききれなかった。午後一発目の時間帯配達を終わらせるのがやっとだ。それだけやって局に引き返します。
こんなつもりではなかった、なんてのは割といつも思う感想なのだけど。
午後からは糖蜜雨が降るかもしれないから…というのもあるけれど、今日は月曜日。午後は午後で二号便が増える日なのだ。残業がかさみすぎると、上の労務時間コントロールがどんどん厳しくなり、「終わらせなければ」なんて締め付けるようなプレッシャーを帯びる。
空中制動機1223-5は大きい公園に隣接する街道上を、一定の速さで飛行する。途中でまた敵が出てきたが、戦わず煙幕を焚いて逃げる。雨量次第ではそのまま雨に溶け出す、新技術の包み殻を使用している優れ物だが、これを使うことになった自分が信じられない。不名誉だ。
マイナスの事ばかり考えても、時計の針は待ってくれない。午後の配達の計画を組み立て直すのだ。悔しさを忙しさの裏に隠しながら、なんとか午後は巻き返そう。
そんなこんなで私が帰局すると、まだ彼女、チユヒコの空中制動機は帰ってきていないようだった。
「…?お疲れ様です。」
「お疲れ。ノズリザが来たか。午後に再配依頼来てるぞ。」
ミーティングに出席する為に、上司はより早く帰ってくる。再配達を指示するラベルを見つけて引っ張り取ると、すぐ隣にはもう一枚ラベルが残っていた。やっぱりチユヒコへの再配指示だ。
「今日の物数であっても、まだ帰ってきてないのは珍しいですね。配達区も三丁目ですし。午後イチでも行ってるんですか?」
「まあ、帰って来るとは思うが。お前は午後到着の便を振り分けるのを手伝ってくれ。」
「あ、はい。」
「助かる。」
結局、チユヒコが戻って来たのは昼のミーティングが始まる直前だった。それも汚れ方が尋常じゃない。女の子らしくないかっちりした長身に、迷彩模様を通り越して、沼にハマったかのような制服。歪んだ性癖の持ち主が見れば、これをエロいとでも評するのだろうか。現地で空制機の整備でもしたのか、よほど酷い戦闘があったかだが、私が心配するとどうやら機嫌を損ねるので、頭の中で言葉を選ぶ。
しかし、あの険しい三白眼はどうだろう。ベテランな上司も似た顔をしていると思うが、かつて私が「殺伐とした顔してますねー」と突っ込むと、「鏡を見ろ」と言われた。ここの配達員はどうやらみんな同じ顔つきをしているみたいだ。
「進んでないでしょ。私も進んでないよ。」
「むむ、通配はともかく、ノイズ討伐はけっこう捌いた。もっといけた筈なんだが。」
「午後は配達に補助入るから、その人も助かると思うよぅ。」
私はすぐに自分の進捗と比較した。私よりかは進んでいるように思えるが、彼女は不本意そうな弱り目で私を睨んでいる。ここで敢えてつんとした顔をしてしまうのは、昔からの私の欠点だが、それを気にするのも今更な話であった。
ライバル、ねぇ。
午後便と再配ラベルを担当区の机にごそっと置くと、彼女はさっそく手を付け始めた。が、すぐに昼のミーティング開始が叫ばれた。周囲はざわざわと集合し始め、私たちにも離席を促している。中途半端に手を付けた荷物の束。
腰を上げ、振り返って見た白板前には、ただならぬ様子で書類をめくる上司の姿が見えた。
「おい、集合。集合だーー!
…はい。ミーティング始めます。午前中の配達ご苦労様です。重要な業務伝達があります!よく聞いて下さい…!」
事務所の窓からは、べたべたとした雲をたたえる西の空が見えた。晴れてこそいないが、午前中の黒い雲よりかは、一見明るい空に思える。
一縷の望みをかけて、なんて考え方、私はしない。結局は空に合わせて、私たちが変えるしかないのだ。変えさせられるのは、いつも私たちだった。
上司は私たちをギラリと光る眼光で見回し、ざわめきを黙らせた。
「…同市内で竜巻が発生しました。警察からノイズ討伐の協力依頼が来ています。市街K地区三三区で、うち一区画壊滅。配達員の三三区担当のチユヒコは、自分の区の対応に当たるように。三四区ノズリザは終わり次第向かえ。私も向かいます…!」
私はぎょっとしてチユヒコを見た。彼女はただ上司を見ていた。呆然としているのか、緊張感に襲われているのか、その背中や肩からは分からない。
上司の話す様子からは、午後からの配達地域らしいことだけが分かる。私たちが配達・戦闘補助に向かうとすれば、どうやら私たちもそこにかち合うのだろう。
ぱさぱさとした雨足を、無慈悲で強引な風がいっそう強める。
やれやれ、私もまた残業に手を引かれるらしい。雨と言う雨、霧と言う霧に、この怒りをぶつけることができたのなら、どれほど良かったか知れない。
しかし、ある分かり切った金言を吐くのなら、形を持たないから、空は空と呼ばれているのだ。初めから形のないものを、どうやって変えることができぬ不条理が、私たちの頭上に広がっている。
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