第12.5話 娘は天才かもしれない

今でも夢をみることがある。


静かな屋敷、目をそらす使用人、昨日まで話していた友人が今日は敵対するような視線を送ってくる。どれも過去にあった事実で、貴族として生まれた自分にはそれがあたりまえで、いつか誰もが自分から離れていく、そう思っていたあの頃のことを。


全てが嫌になって屋敷から抜け出しても長男としての務めを果たさせるために、何度も何度も屋敷に引きずられた。屋敷に帰ることが、自分の居場所がないことが何より苦痛で、何より耐えがたかった過去の自分は完全な貴族にはなり切れなかった。


好きなことがしたかったし、同級生と同じようにいろんなところに遊びまわりたかった。それは、大臣として働いている今もなお変わっていない。


ただ、変わったのは、家族のカタチ、自分の帰る居場所があること。妻のヴィアに会ってから全てが変わって見えるようになった。毎日彩られていく日常に、新たに見つける相手の表情、感情。そのすべてに意味を感じて、毎日生きるのが楽しくなった。


家族が増えて、賑やかになる我が家を感じられるようになった。


私は、元の家族に無関心だっただけだったのだ。両親にも弟にもまったく興味がなかった。実は、今も興味がなかったりする。


好きなことと言えば魔法の研究や、論文を読むこと、剣術や武術の研鑽を積むことに興味があった。しかし、次第に妻、というよりヴィアという人に興味を持ち、自分の子供に愛情を感じるようになった。


ほとんど家に居ることを拒み、わざと海外留学の期間を延ばして屋敷に帰らない日が多かった私は世帯を持ってから家に帰る日数が、最初は週に1度、次に週に3度、ヴィアを嫁に迎えて一か月が経つ頃には毎日家に帰るようになった。


両親からヴィアがいじめられないかということも心配だったが、私が妻に迎えたヴィアは見た目に反して強かで、何を言われても動じない鋼の精神を持っていることを接していくごとに分かるようになった。自分の両親も突然連れてきた妻を拒むことなく、むしろ人に興味を持てなかった私が誰かに執着を見せたことに大層喜び、ヴィアを歓迎していたことをヴィアから聞いた時にはとても驚いたことを、10年以上経った今でも覚えている。


いつものように公爵家の屋敷を逃げるようにしてやってきた大帝国の建国記念祭に際したパーティーで目を奪われたのも今でもよく覚えている。直感的に「この人だ。」と思ったのは後にも先にも彼女しかいないだろう。


一瞬目が合っただけで視線を奪われるように周りから音が消えて彼女が歩く音だけが聞こえてきて、目の前に立たれた初めて我に返ったのも今では良い思い出だ。


彼女の綺麗なプラチナブロンドは娘と息子全員に遺伝し、少しうらやましく思うことがある。自分だけ少し色素が強い金を含むブロンドなのでどこか疎外感を感じる時もあるが、娘の目の色と同じ色なので、贔屓目があり、娘を一番可愛がってしまうことが多い。


誰に似たのか3歳にしては聡明で、時には親の私たちより達観しているところがある。淑女教育もなくクリアし、王国内随一に厳しいと言われているマナー講師にも一度たりとも指摘されたことがないほど洗練された仕草など気になる点はあるにはあるが、娘が何者であったとしても良いと感じてしまうのは親心なのか、元の無関心さからくるものなのか分からないが、あまり気にしなくても大丈夫だろう。


「考え事?」

隣で静かに読書をしていた妻がこちらをちらりと見ながら言う。

「ああ、少しね。」


ヴィアが来てから1年の婚約期間を経て私達は晴れて夫婦となった。中東部を卒業した私は城勤めをすることになったため、あまり屋敷にいれなくなってしまい、家族とのコミュニケーションが少し疎かになってしまうことが少し悩ましいところだろう。


「家族と過ごす時間というのは大事だと、この前の会議終わりに大臣達が話していてね。」

私の言葉を聞いたヴィアはふふっと笑みをこぼす。

「大丈夫よ。あの子達は貴方が忙しいことを知っているわ。それに、私もそこまで話している訳ではないのよ。いつも兄弟同士で仲良くしているからそこに割って入るよりも、こうやって近くで眺めているのが私は何よりも好きなの。」

そう言いながら、園庭で各々自由にしている娘たちを慈しむような目で眺める。


「あの子達には…昔の私になって欲しくはないの。私が振れてしまうことで、あの子達の笑顔が奪われるのは何より嫌なのよ。」

彼女は視線を下に落とし、目に影を落とす。私は思わず頭の上に手を置いた。

「…そうか。確かに、怖いかもしれない。私が言えたことではないけどね、私達は少しずつ変わろうと、そう約束したから、少しは変われたとは思うけどな。」

「そうね、私は随分変われたわ。でも…」

続けようとする彼女を遮るように我が家の2人目のお姫様が目の前に現れる。


私達二人はいつの間にかに目の前に立っていた愛娘に驚き、目を見開いた。

「お父様、お母様。私は、私が生まれる前の貴方方を知りません。…でも、これだけは言えます。」

セレナは少し下がっていた視線をパッと上げてにこりと微笑んだ。

「私は、お父様も、お母様も大好きです。」

本当に良い娘だと、こういう時に感じる。じわじわと心臓に温かさが巡っていくのを感じ、自然と自分の口角が上がるのが分かった。

「そうですよ、私達兄弟全員、愛されて祖経ちましたからね。」

後ろから援護するように言ってきたのは長男のジュリウスだ。

「俺にとってお父様もお母様も、自分の視野を最大限広げてくれて、何でも挑戦できるようにいつもいざという時に助けてくれるだろ。」

更に次男のディオルウェがやってくる。

「そーそー。僕の仕事にも目を瞑ってくれるしね。」

「私はお二人に家族の温かさをいつも教えていただきました。いつか、この温かさを返したい、と思っています。」

「大好きです!お母様も、もちろん、お父様も!」

「僕は、生まれてよかったと思えるぐらいには、幸せを感じています。」

次々と、それぞれがそれぞれ私たちに真実の言葉を伝えてきてくれた。


一瞬で現れたさっきまでいなかった、三男のルステランには後々色々言いたいことがあるが、どの言葉にも温かさを感じてじんわりとさらに体に熱を持つのが分かった。


先程まで寒いと感じていた体は子供たちの言葉で暖まり、逆に暑いと感じるぐらいには心に来るものがあった。


(ああ、これが幸せなのだろうな。)


寒空の下で家族の和気あいあいとした声が響く。

春の訪れは、もうすぐそこまで来ているようだ。

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