第9話 天使の弟
蒸し蒸しとした季節が訪れ、外は太陽の光が植物を通して緩和され、木陰の下だけ涼しい空間をつくり上げていた。辺りには花の蜜を求めて飛ぶ蝶や蜂、小さな妖精が庭を飛び回っており、冬よりも色鮮やかな庭が出来上がっている。
セレナは庭のガゼボでゆったりと読書をしていたのだが、そのゆったりとした時間もこの家の三男の声で壊されることになる。
「セレナ~、僕が昨日持ってたサイコロ知らない?遊ぼうと思ってあっちから持ってきたのにどっか行っちゃったんだよね。」
「…私は見ていませんよ。一緒に探しましょうか?」
「いいの?じゃあ一緒に探そう!」
セレナは開いていた本を閉じて近くに立っていた使用人の人に部屋に本を届けてほしいことを伝えて立ち上がった。セレナはルスと並んで歩きながら話を聞くことにした。
「それで、なくなる前までどこにあったか覚えていますか?」
「ポケットに入れてたんだけどね、どこ行っちゃったんだろうね?」
「…ルスお兄様、ご存知だとは思いますが、サイコロは歩きませんよ?」
(まあ、この世界ならものが突然動き始めてもおかしくはないけどね。)
「そうかな?人と同じでブツも動くでしょ。」
「…」
今、セレナの聞き間違いでなければ『ブツ』と言わなかったかこの兄は。それを聞いて、セレナは仕事関係の『ブツ』と『もの』の見分けがついていないのだろう、と思うことにした。
「セレナお姉様?それに、ルスお兄様までどうしたのですか?」
途中で家の廊下に入り、二人で話していると弟のイルこと、アーベイルが後ろから声をかけてきた。イルは首をかしげながら私たち二人を見上げている。
「イル、いいところに来たね!サイコロを探してるんだけど、ちょっとどっか行っちゃったみたいでさ。」
「…サイコロですか。うーん…あ、ベランダとか見てみました?ルスお兄様の部屋のベランダにあるかもしれません。」
「確かに、そこは見てないね。でもなんでわかったの?」
「よくルスお兄様はベランダから出入りしているからです!何となくあそこにあるんじゃないかと思いました!」
「…なるほどね、じゃあ見てみよっか。二人とも行くよ~。」
そう言いながら先を歩き出すルスをセレナとイルは、ゆっくりとその後を追いかけた。
弟のイルは一見、勘が強くて探し当てたようにしているが、実際はベランダから出入りしているということから柵を超えるときに反動でものが落ちやすいと推測したからベランダにあると思ったのだろう。そう考えると、まだ1歳超えて間もないのに驚くべき推察力だ。
一足先にルスが部屋に行ったため、セレナとイルが着くころには完全に部屋の扉が閉まっており、セレナたちは一度ノックをしてから入室することになった。セレナがルスの部屋に入ることはこれが初めてで、セレナは入った瞬間にこの部屋は異常だと感じた。
(幾重にも張られた結界に防音魔法、器物破損を再生する魔法…この部屋には異常なほどに魔法がかかっているようだね。)
セレナが部屋を見渡していると「ホー、ホー」という鳴き声と共にベンガルワシミミズクが飛んできた。セレナが咄嗟に腕を出すとそのミミズクは腕の上に綺麗に着地した。
どうやら鋭い爪が人間を傷つけないように魔法がかけられており、特にこれと言って腕への負担がない。ミミズクは、腕に乗っているのが不安定だと思ったのかちょこちょこと歩きながら肩まで登ってきた。まだ大人サイズではないためか、ちょうどよく肩に収まっている。
(なぜここにミミズクが…?)
セレナが疑問に思っているとガラスのドアが開け放たれたベランダにルスが上から飛び降りてきた。どうやら屋根の上に登っていたらしく、そこからそのまま降りてきたらしい。普通の人間がやったら骨折ものだが、ルスがやったことなので危険性はないだろう。
「サイコロは見つかりましたか?」
セレナがルスに問いかけるとルスがうんうんと頷きながらこちらにやってきた。
「それがさ~、ベランダの隅っこの方に落ちてたんだよね。」
「お兄様!僕この鳥を初めて見ました!何という種類なのですか?」
「そういうのはセレナに聞くといいよ。僕はその子もらい受けただけだから分からないんだよね。」
と、すべてをセレナに丸投げしてくる。
「ベンガルワシミミズクという種で、他の言い方としてミナミワシミミズクやRock eagle owlとも言われていますね。大型種のワシミミズク族では比較的に小さい方らしいですよ。」
「ベンガルワシミミズク…かっこいいですね!」
弟のイルはここにミミズクがいることについては疑問に思わなかったらしい。セレナ的にはそこが一番気になるところだったが、後でルスに直接聞けば良いかと思い直し、その場では聞かないことにした。
「へぇ~、この子、フクロウじゃなかったんだね。」
「フクロウとミミズクの違いは羽角と言われる部分にあって、ある方が『ミミズク』、それ以外は『フクロウ』と言われるそうですよ。」
「なるほどね、知らなかったな~。この子の名前は『ゼクス』って言うんだ、って言っても僕が名前を付けたわけじゃないけどね。というか、セレナにすごい懐いてない?僕の方に戻ってこないんだけど?」
「さすが、セレナお姉様!きっと、お姉様には動物に好かれる何かがあるんですね!」
イルに指摘されてふと思ったのが動物に好かれるのは前世から変わらないな、ということだ。手の甲でミミズクの後頭部を撫でるとミミズク、ゼクスは気持ちがよさそうに目を細める。セレナは視界に入った時計を確認して視線を兄弟にうつす。
「もうそろそろ昼食の時間ですね。探し物も見つかりましたし、食べに行きましょうか。」
「そうだね、行こっか。ゼクス、ほらおいで~、って無理そうだからセレナ連れて行ってあげて~。」
「…ルスお兄様がこの状況を話してくださるなら。」
ゼクスが肩から全く微動だにしないので仕方なく食事をする場所へと向かう。廊下で待機していたモカは眉一つ動かさずに私の肩に乗るゼクスを無言で一瞥した後、「昼食の準備はできています。」と言って静かに後ろを付いてきたのだった。
さすが公爵家のメイド、主が何をしていても特に疑問に思わないのだな、と思ったりしたが、後日違うメイドがセレナの肩にゼクスが乗っているのを見て悲鳴を上げたことにより、セレナの専属メイドであるモカの反応が普通ではないと知るのだが、それはまたいつかの機会があれば語ることにしよう。
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