第8.5話 今日も今日とて

今日も、色とりどりの花々が揺れ動いている。少し見上げると、まだ色の変わっていない楓の葉がゆっくりと揺れているのも見える。


(もうあれから一年ですか…これからも季節は廻り、どんどん姿を変えて、変わっていくのでしょうね。)




———「ベリーチェンドさん、貴方は由緒正しき公爵家のご令息です。あなたの一挙手一投足が誰かの未来を大きく変えてしまうこともあるでしょう。…ですが、その一つ一つをしっかりと受け止めたうえであなたは進まねばいけません。感情を殺しなさい。わかりますか?これぐらいは理解していただかないと話にもなりません。」

最初に私のもとに来た家庭教師がはソファで足を組み、口を大きく開けてそういったことを今でも覚えている。どこか子供だからと見下す視線、響き渡る家庭教師の声が私の頭の中をどろどろとしたものが占領していく感覚。


その言葉は私の心に深く突き刺さり、私は部屋から出ることが怖くなった。今となっては事実を言っていただけかもしれない。しかし、昔の私にとって、その言葉は小さな私にとって重く、もしかしたら私の行動で誰かを傷つけてしまうかもしれない、という思いを増長させた。


私が引きこもるようになったことをすぐに両親は気付き、原因となった家庭教師はすぐに解雇された。


「私はただ事実を言っただけだ!何が悪い!公爵家が多大な権力を持ち、排除するように口にしただけでほとんどの民の首は飛んでいく!…ほら!今の、私がそうだ!権力者はいいよなぁ!命令一つ、指一つ、顎の動き一つで人間が動くんだ!」


家の者に拘束された家庭教師の声がホールに響く。確かに家庭教師の言っていたことは合っていることもあった。実際、私の家庭教師から下ろしたのはこの家だ。


家庭教師が引き摺られながらドアの向こう側に消えた途端、これからはあの声を聴かなくて良いという安心からか力が抜けてその場に座り込んだ。


「まったく…確かに公爵家の権力はいろんな場所で影響するでしょうけど、あの人間は自業自得でしょうに…ベリーに無駄な時間を使わせてしまったわ…テウド、もう一度家庭教師を見直す必要がありそうよ。」

「どうやらそのようだね。…さて、今一度、子供たちの教師の精査をする必要がありそうだな…新しくするなら、優秀な方を招待しよう。そうだな…」


お母様とお父様は最後まで見届けるとそういいながら二人で歩いて行った。座り込んだ私の隣で兄のルスはずっと腹を抱えて笑っていた。その当時は、そんないつも通りの兄に安心したものだ。


「いや~、いいものを見たな~。…あっはは!面白かったね、ベリー?」

そう言いながらしゃがみ込んでこちらを見てくる。その時ぽんっと頭に手が乗った。

「ルス、お前はいつも楽しそうだな…ベリー、平気か?」

心配気にこちらを見てくるのは兄のディオだ。


「…あれでは反省しないだろう。何か他に報復出来る手立てはないかな…。」

少し先には立って腕を組んでドアの方を見ているジュリがいた。


すっと手にぬくもりを感じ、目の前を見ると妹のセレナが笑っていた。

「ベリーお兄様、これでやっと一緒にお茶会ができますね。」

そう言いながら嬉しそうに笑う彼女を見て先ほどから冷え切っていた心が徐々に温度を取り戻していくのを感じた。


(…ああ、一人じゃないのですね。)


どんなに気持ちが冷めようとも、この家族がいてくれれば私は救われる。いつだって、私自身を取り戻すことができる———




あの日から約2年の月日が経った。今でもあの時を思い出して気持ちが落ち込むときがあるけれど、そのたびに家族の温かさを思い出すことができた。


そして、今も、それを実感している。


「ベリーお兄様?どうかしましたか?」

いつものように、セレナが私の様子に気付いて手に持っていたカップを置いてから、話しかけてくる。


「…いえ、昔のことを思い出していただけですよ。」

何事もなかったかのように微笑むように口の端を上げる。彼女はそれを見てふっと笑ってから「無理はしないでくださいね。」と言う。2歳年下の妹の気遣いにどこか温かいものを感じながら、目の前に残っている少し冷めた紅茶に口をつける。


「来年にはディオも学園に行ってしまうし、年々この家は寂しくなるわね…」

何も言わずに座っていたお母様が口を開いて言う。今日は珍しくジュリとお父様を除いた家族全員が揃っているため、いつものお茶会よりも賑やかだ。


「…確かに、そうですね。」

来年、ジュリと同じ学園に行く予定のディオはなにか考えるように言う。

「でもさ、ジュリ兄はよく帰ってきてるよね。なんでか、ウィル兄と一緒にだけど。」

「それもそうだよな、うん。お母様、心配しなくても週末とかに帰ってきますよ。学園からも近いし…」

「…それはそれで将来が心配なのだけれど…」

ルスの言葉に納得したディオは安心させるようにお母様にそう言うが、お母様にとっては自立してほしい面もあるらしく、何とも言えない顔をしている。


「まあ、この家の中で一番いないと寂しくなるのはセレナなんじゃないかな?」

「僕もそう思います!お姉さまがいないと寂しいです!」

「…分からなくはないが、ベリーから上は学園に行ってるから、学園内で合おうと思えば会えるんじゃないか?」

「セレナちゃんは我が家のアイドル?だものね。」

「お母様、アイドル?とは何ですか?」

「私も良く知らないのよね、この前来た従兄が話していたのよ。」


ベリーは、いつものようにどんどん進んでいく会話を聞きながら、この時間がこの先も続いてほしいと思うのだった。

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