第6話 強靭な兄

近頃は蒸し暑かった夏の陽気に影が差すようにだんだんと肌寒さを感じるようになってきた。青々としていた庭の木々は化粧をしたかのように赤や橙色に色付き、その一部葉は地面にひらり、ひらりと落ちていくのを見かけるようになっていた。


今日は朝から書斎にこもっていたが、いくら読書の秋と言っても、ずっとこもっていると気鬱になってしまうので庭に散歩に来ていた。


我が家の庭には世界各国から取り寄せた様々な植物が植わっているが、その中に楓の木がある。庭師の話では、一つの大国を挟んで、さらに向こう側にあるイヨ王国から取り寄せたとのことだ。


綺麗に紅葉していると聞いたので、実際散歩がてら見に来てみたが、日本で見た楓よりも心なしか大きい気がする。楓と聞いて、前世で思い出すことがあるが、これはまたの機会に語るとしよう。


少し思い耽っていると屋敷から離れた方向から剣を交える音が聞こえてきた。きっと次男のディオルウェこと、ディオお兄様が剣の練習をしているのだろう。

いつもはそのまま散歩を継続するところだが、今回は音のするほうへ足を運ぶことにした。


どうやら対戦相手はこの国の現騎士団長のようで、ディオお兄様は真剣な顔をして対峙しているようだ。彼は普段はジュリお兄様に隠れるようにして注目されることが少ないようだが、実際のところ、剣のうではジュリお兄様を遥かに凌いでいる。



(まあ、実際ディオお兄様はそのことに気付いていないようだけどね。)


しばらく物陰で二人が剣を交えるところを観察していると騎士団長がこちらに気付いたらしくちらりと視線をこちらに投げた。そしてすぐにお兄様のほうに視線を戻して最後の打撃を与えてお兄様の剣を吹き飛ばした。


ディオお兄様は息を切らせているのに対して、騎士団長はまったく息を切らしていないところを見るとまだ騎士団長を超えるのは難しいのだろう。ディオルウェの能力をみると騎士団長を超えるのもあと数年、中等部卒業時といったところだろうか。


「おや、公爵家の姫がお出ましかな?」

この国の騎士団長、アルスコウル・スティードは少し驚いたように眉を挙げて柔らかい微笑みを作る。とは言っても、確実にわざとやっていて面白そうにこちらを見ているとも言える。


膝に手を置いて、肩で息をしていたディオお兄様もばっとこちらを見て目を瞠る。

「…セレナ?珍しいな、どうしてここに。」

そういいながら彼は私のもとへと歩み寄ってくる。


私はいったん騎士団長に向かってお辞儀をしてから近付いてきたディオお兄様を見上げる。

「たまには違うところを散歩してみようと思いまして。」

私がそういうとディオお兄様は少し困った顔を浮かべた。


「セレナ、おまえの精神年齢が見た目に合っていないのは知っているが、いくら公爵家内とはいえ、あまり遠くまで一人で出歩くものではないぞ。」

苦言を呈されたので私は曖昧に笑っておくことにする。お兄様は少し頭を抱えて「本当に分かっているんだろうな…」と言っているが無視することに決める。


「公爵家のお姫様、少し大きくなったんじゃないか?」

少しずつこちらに近付いてきていた騎士団長がディオルウェの横まで来たところで口を開いた。ディオルウェは横の男を見ながら呆れた顔をする。


「アルス様、貴方が最後に妹を見たのは先週だったと思いますが?」

「ディオルウェ、子供の成長は早いものだよ。おまえも急成長中だろう?」

さもとても年配者のような口調ぶりだが、彼は私たちのお父様よりも年齢が下だ。といってもお父様も割と若い方なので、私と同年代の子供をもつ親の中では若い部類なのではないか、と思うがあえて口には出さないことにする。


二人の応酬をしばらく見ていると騎士団長がこちらを向いて口を開く。

「セレナ、今度私の息子に会いに来ると良い。きっと喜ぶぞ。」

彼には私と同い年の息子、ヨル・スティードがいる。まだ名前だけ知っている状態なので、いつか貴族名簿を見て一通り覚えておこうと思う。


「はい、ぜひ。」

とりあえずにっこりと笑っておくことにする。騎士団長は首を縦に振って頷く。

「じゃあ、一緒に剣を…と言いたいところだが、まだ剣は体に対して大きいだろうからもう少し大きくなってからかな。さて、ディオルウェ。先ほどの続きをしようか。セレナはまだ見ていくかい?」


お兄様は飛んで行った剣を取りに行く。

「もう少し見学しても良いですか?私も大きくなったら、剣を嗜んでみたいと思っているのです。」

「ああ、もちろん良いとも。存分に見学していくと良い。」

そして彼は一呼吸おいてから一瞬にして冷たい雰囲気をまとわせる。


「君が何を目指しているのか未だに分からないが、この国に害をなさないなら、いくらでも剣の相手をしよう。」


きっと、彼は私が普通の子供ではないことは分かっているのだろう。さすが国の中枢を担う一人なだけある。お兄様が剣を拾い上げてこちらを振り向いた瞬間に一瞬にしてがらりと元の物腰柔らかな騎士団長に戻った。


(とらえようによっては二重人格だな…)


「…さてと、始めようか。セレナ、君はそこの椅子に座って観ていると良い。」

ディオルウェの方に向かいながら、すらりと剣を鞘から抜いて騎士団長はちらりと後ろを振り返ってそう言った。


私は近くにいつの間にかに用意されたこの場にはそぐわない豪華な一人用の椅子に腰かけた。何だかんだこちらを警戒している騎士団長だが、私に対して好意的なところをみると今は味方だと思っているのだろう。元々、この国を反逆している訳ではないから一生敵対することはあり得ないだろうが、味方につけていて損はないだろう。


数秒もしないうちにまた剣を交わす音が聞こえ始め、冬に近付いてきた少し肌寒い空気を感じながら私は二人の対戦を観戦するのであった。

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