第5.5話 どこか似ている

―あれもやりなさい、これもやりなさい。

―あなたならできる、あなたならこなせる。

―完璧でいなさい、隙は見せないように。

 

―できるでしょう?


―だって貴方は、長男だから。





がばり、とベッドから起き上がると、額に汗が浮かんでいるのか、ぽたぽたとシーツに汗が落ちる。はぁ…はぁ、と荒い息を繰り返しているとだんだんと呼吸が楽になっていく。


「夢…か。」


私は小さい頃から、いや、生まれたときから『公爵家』という看板を背負って生きなければいけないと思っていた。決して周りからそういわれていたわけではなく、両親からは「お前のやりたいように好きに生きなさい。」と言われて育った。


しかし、何故だか『あの子』が生まれるまでは自分は自分自身では持ち上げられない重たい重しを背中から背負っているような、少し息苦しい思いをしていた。私の生まれた場所はとても恵まれ、誰からもいびられることも、悪口も言われることもなく生きてくることができた。それは今も昔も変わらない。


毎日が重く、朝目を覚ますのが嫌だった頃があった。目を覚ませばまた私は次期当主の筆頭として役目を果たさなければいけない、とそう思っていた。


そんな私が7歳の頃、『彼女』は生まれた。我が家全員がその誕生を喜び、初めてできる妹に兄弟達は心躍らせた。彼女を初めて見たのは彼女が生まれた次の日だった。冬が終わり、春が訪れたその日は彼女を祝福するかのように魔素で空気が満ちており、庭の草木がいつもより、より一層輝いていた。


他の兄弟と同じようなプラチナブロンドの髪をした前日に産まれたばかり赤子はすやすやと寝息を立てて籠の中で寝ていた。


(いや、今考えると寝ていなかったのかもしれないね。)


その時私は生まれたばかりの妹を眺めていて、なかなか部屋を退出しなかった。そのためか、はたまたしびれを切らしたのか、妹のセレナリールを金色の双眸を開いた。じっと見入るように見てくる妹に私は「はじめまして、私は君の一番上の兄のジュリウスだよ。」と言ったのを覚えている。


もちろん赤子が私の言葉の意味を理解できるとは到底思っていなかったので、何の意味もない自己紹介のはずだった。妹は言葉がうまく出せなかったが、「うー」とか「あー」とか言っていたので今考えると、その時、何か言っていたのだろうか。


言葉の意味は分からなかったが、妹は無意識なのか、光魔法を使ってあたり一面に光の玉を創り上げていた。私はその時とても驚いたのを覚えている。


(今思えば、あれもわざとだったんだろうね。)


大きくなるにつれて、セレナの才能はいっきに才覚を現した。ありえないほどの吸収力、一度聴いたら忘れない驚異の記憶力、時に身内すらも騙してしまう演技力、と様々な能力を彼女は兼ね備えていた。


私はもともと『賢才』と言われて育ってきたが、彼女のほうがその言葉に当てはまっている気がする。そして、自分よりも次期当主に向いているとも思っている。


しかし、彼女はヴァルキトア公爵家の次期当主になることを望まないだろう。セレナは常にどこを目指しているのか分からないが、毎日を本当に楽しそうに生きている。


————まるで、何かを紛らわすかのように、忘れようとしているかのような。


セレナは重要なこと―自分が心の深く底で考えていること―は話そうとはしない。だから、彼女の気持ちをわかる日は一生来ないのかもしれない。それでも私は良いと思っているし、ほかの兄弟もそうだろう。


彼女はどこか私に似ている。明確にどこか、と問われれば答えられない。


幼少期から『賢才』と言われてきた私、妹は『天才』と言われている。


誰もが

「ジュリウス・ヴァルキトアがいれば、ヴァルキトア公爵家はこれから先も安泰だね。」

と言ってきた。


貴族が上位の人をほめるのは社交辞令で、実際はどう思っているかわからない。このままいくと私はヴァルキトア公爵家の当主となるだろうと言い、私も勝手に未来は一つしかないものだと思っていた。


そんな考えを打ち破ったのは8歳下の妹のセレナだった。

「誰にでも夢を追う権利がある、と私は思います。もしかしたらその夢は遠く、手の届かない場所にあるかもしれません。時に、何か自分の中の物を切り捨てて犠牲を出さなければ実現できないことかもしれません。でも、それでも追うものが夢なのではないでしょうか。」

彼女にとっては生まれたときから当たり前のように考えてきたことなのかもしれない。しかし、私にとっては衝撃的な言葉だった。


私は小さい頃から次期当主にならなければいけないと思っていたが「宰相になりたい」という夢があった。


諦めなくてもよかったのだ、夢を追ってもよかったのだ。


彼女のその言葉を聞いた瞬間に今までつけられていた鎖がバラバラとくだけ落ちていく感覚を感じた。鎖をつけられた状態から解放され、私はその時どこまででも夢を追える、今からでも飛び出してみたい、と思うようになった。


だから彼女には公爵家に伝わる『秘密の部屋』に招待しようと思った。自分の夢のためならば他を犠牲にする覚悟がある、ならばいっそのこと彼女のことも巻き込んでしまおうと思っていたのかもしれない。


辿るはずだった運命を打ち砕いてくれたセレナに感謝し、長年の呪縛から解き放ってくれたお礼であり、ただ妹だからという理由もあるが、私は彼女の力になりたいと思う。


(いつか、セレナがこちらに手を伸ばしてきたならば、惜しみなく私の力を貸そう。)




「さて、今日も頑張ろう。」


誰に聞かせるでもなくジュリウスは与えられた自分の小さな書斎に向かい、今日も勉強に励むのであった。

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