第5話 賢才の兄

春の季節ももうそろそろ終わりなのか、庭に咲いていたさくらは若い若葉を付け始めていた。毎日のように同じことを繰り返しているようで、実際は毎日ちょっとずつ違うことを学び、兄弟達とも良好な関係を築いている。


今日も今日とて自由にのびのびと生きさせてもらっているセレナは日課である書斎へと足を運んでいた。


我が家、ヴァルキトア家の書斎は世界各国から集められた千年、二千年前に書かれた書物から、今街で有名な小説家が書いた最近の書物まで取り揃えられている。まだ体が小さく、上の段まで手が届かないので人目を盗んで、―モカには魔法が使えることがばれているので人数に入らない―魔法を使って取っている。


(といっても、早朝の6時代に家族もお客もこんなところにいることはないので、魔法は使い放題なのだけどね…)


今日は海の向こう側にある大帝国、ウルツライト帝国についての書物を見ることにする。私が住んでいる国、ティアドラ王国を含める五大王国が囲むようにして海の真ん中に位置する大帝国は未だ謎が多い。この惑星、ヴィクトゥーラには大帝国が一つしか存在しない。


(いや、本当は…)


真実がどうであれ、この地に住んでいる多くの生物は大帝国が一つしかないことを疑問に思わない。だからこそ、大帝国といえば『ウルツライト帝国』というのが一般常識としてこの地に根付いてきた。帝国の共通言語は、昔は違ったようだが、五大王国と大帝国が示し合わせてルナ語を使っている。


表向きは王族も貴族も一市民も同じ言語を使っているが、王族だけが使う言語というのも存在している。その言語はヴェリテ語と言われている。私がヴェリテ語を知ったのはこの書斎にある隠し部屋—おそらく禁書を保管している場所—を見つけたことで始まった。


私が生まれたヴァルキトア家は、元は王家だった先祖が臣籍降下したことで作られた公爵家だったため、昔から王族に関わる資料があったのだろう。この隠し部屋を作ったのはお父様か、はたまたもっと昔の先祖様なのか。そういった疑問はすぐに解消することになる。


私がその部屋を見つけたのは『偶然』だったとしか言えないだろう。いつものように書斎の読み物をあさり、棚の本を魔法で動かしていると突然魔法陣が表れて目の前に部屋が現れたのだから。



―その時、後ろでその様子を見守っていたメイドのモカの表情が一瞬驚いたのか、はっと息を吸ったのが分かった。


(ああ、この部屋は公爵家の人間でも限られた人しか知らないのか。…さて、どうしようか。)


考えあぐねていると、後ろから声がかかった。

「セレナ、そこにいたんだ。」

振り向かずとも声の主は分かったが私は一応振り向くことにする。


そこには、私と同じ色の肩下まで伸ばされたプラチナブロンドの髪にエメラルドグリーンの瞳をしたこの家の長男、ジュリウス・ヴァルキトアが立っている。透明感のある相貌をこちらに向けて一見、感情の読めない顔をこちらに向けている。


「ジュリお兄様、どうかされました?」

とりあえず私を探していたようなので聞いてみる。

「セレナも分かっていると思うけど、この部屋、我が家の隠し部屋なんだ。代々この家の後継にしか伝承されてこなかった隠し部屋。」

お兄様は、一度ため息をついてまた話し出す。

「この部屋を今日セレナに紹介しようと思っていたんだけど、先に見つけたようだね。」


つまり、ジュリお兄様が言いたいのは、元々、私にこの『隠し部屋』を紹介しようとしていたことだったようだ。


もちろん、セレナはこの時気付いていた。ジュリウスが「代々この家の後継に『しか』伝承されてこなかった隠し部屋」だ、と言っていたことを。


(いったい、どういうつもりなんだろうね?ジュリお兄様は私をこの家の後継に、と考えているのかな?それとも…)


あともう少しで話の核心に近付けそうだというところでジュリウスがまた口を開く。

「ああ、深くは考えなくていいよ。『まだ』決まってはいないから。」

つまりは候補には入っていると考えたほうがよさそうだ。


(困ったな…家の家督を継ぐのは前世だけで十分なんだが…)


「さあ、秘密の部屋、もとい、隠し部屋の存在を知ったからにはここの書物を読めるようになったほうがいいね。」


ジュリウスは不敵な笑みを浮かべながらそう言って、セレナに王族が代々使う王族だけの言語、ヴェリテ語を半ば強引に教えた。ジュリウスはセレナの能力を過信も過小もしていないため、容赦はなかったとだけ言っておこう。

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