第3.5話 ある使用人の話
今日も日が出ないうちから書斎の机に向かい、真剣な表情で本を読んでいる私の主人を眺めていて思う。
彼女、セレナリール様は天才だ。
これは公爵家に仕える使用人たちの共通認識になりつつある。
まだ3歳にも満たないセレナリール様は千年に一度、いや、一万年に一度の天才だ。
セレナリール様がお生まれになる前のヴァルキトア家の人間でも通常は他のどの家にとっても普通とは言い難い家だったが、セレナリール様がお生まれになったことでさらに拍車をかけて異常…さらに普通とは言い難い家になった。
この家のご息女・ご子息は通常とは異なり一歳に満たない年でかなりの言葉を喋ることができるのだ。しかし、彼女は二歳になって家庭教師を付けられてすぐに令嬢としての基本の所作を全て完璧に覚えて、教わり始めて一か月かかるかかからないかぐらいで初等部の基礎的な分野は全て習得なさり、さらに最近になっては外国語の一つや二つを難なく日常生活のように話されるようにもなった。
彼女のご両親の奥様や旦那様はそれを喜び、家庭教師は「私が彼女に教えられることはもうございません。」と言われてどんどん辞めていくという事件が起こったほどセレナリール様は天才です、ええ、今でも変わりません。
旦那様が「うちの娘は天才だ。きっと、将来大物になるに違いない。」と期待をして王国にいる王城で仕えていて一番優秀だと有名な、カルディリ―ス・ルアトア様に家庭教師になってほしいと頼んだそうです。
カルディリ―ス様と言うのはこの国のルアトア公爵家のご当主の弟様で高等部をご卒業され、周りとは一線を画しており、いつも一人で研究をしていることから孤高の天才と謳われている方だ。ご自身の研究を本にして出していたりするそうで、セレナリール様もこの前、書斎でその本を読んでいるのを見た。
彼の研究は一般人向けという訳ではなく、逆に普通の大人でも理解できない分野の研究をしていたはずなのですが、セレナリール様は難なく読んでいる所を見るとやはり彼女は天才なのでしょう。
私も横から覗いてみたことがありましたが、まったく理解できませんでした。
絵も描いてあったので理解できるかと思ったのですが、そもそも書かれている言葉が標準語ではなかったので無理でした。
そしてあまりに見すぎたのか、
「モカ、どうしたの?」と言われる始末。
セレナリール様は奥様の髪色と同じプラチナブロンドの髪に、この国でも珍しい綺麗な金色の瞳、旦那様に似た端正な顔立ちをしています。
これは大人になったらかなりおモテになるだろうな、と思うほどお綺麗なお顔をしています。どこか儚げで、本人の子供だとは思えないミステリアスさも相まって天使のようです。
もちろん、セレナリール様は顔だけでなく、中身も天使です。
三歳とは思えない周りへの気遣い、礼儀正しさ、そのすべてが完璧ですね。
この方が普通だという方が現れたら私がその人を殴って…あら、いけないわ。少し野蛮な考えが浮かんでしまいましたね。
ここまで自分の主人のことを褒め称えていてあれですが…私は、最初は彼女のメイドになることが嫌でした。元々貴族社会で生きてきた私は社交が苦手でした。社交に出れば様々な
噂が飛び交います。良い噂から悪い噂、捏造された殿上人のおおそれた噂など様々。
私はそんな場所が嫌いで、一時期は平民になって生きることにあこがれを抱きました。
親に平民になりたいと言った時は酷く怒られたものです。
「ここまで育てた恩を忘れたのか。」「貴方は政略のためにここまで育てたのよ。」
血のつながった両親からかけられた言葉は酷いものでした。
私はただ政略の道具として存在していたんだ。
初めてその時実感した時は悲しくて、辛くて、自分の人生なんてどうでもよくなった。
いっそのこと死んでしまおうかとも思った。そんな矢先に振って降りてきたのがセレナリール様付のメイドの募集でした。
私は両親には言わずにメイドの募集面接に行くことにした。誰にも何も言わずに長年過ごしてきた家を抜け出した私にもう帰り道はどこにもなかった。
そのメイドの募集要項とは爵位は問わず、魔法の才があり、自分の身を挺しても主人を守る心根があるか、といったものだった。私はある程度の魔法は使えたので無事に第一審査は通過することができた。
第二審査は実際にセレナリール様の仮メイドとして働くことだった。私はそこではじめて彼女に、セレナリール様に会った。
愛らしいお顔に天使のような笑顔、ほとんど泣きもしないので周りの大人は心配した。医者に調べさせても異常なしと言われ、その日も診察を受けた彼女は常に笑っていた。
次第に第二審査で落選していくメイドたちを後目に見ながら私は最終選考まで残ることができた。最初は自分の帰りのない家を手に入れるためにこの試験を受けていた。しかし、セレナリール様の成長していく姿を見ているうちに、この天使な方のために何か手伝いたいと思うようになった。
彼女を精一杯支えて仕えよう、と私は思うようになった。
目の前でずっと本を読んでいる彼女はまだ動きそうにない。いつも二時間以上はずっと本を読んでいるので私は外に控えている使用人にお茶の準備を頼む。
もうそろそろ彼女が「お茶にしましょうか。」と言い始めるだろうから。
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