第五話:オーランド砲兵懇親会
「よし、皆席に着いたな――まず、メシ食ってお前らの頭が緩々になる前に、俺からの命令という名のお願いを聞いて欲しい」
夕刻、西日に照らされたパルマ軍野営地の一角に、イーデン率いる七十名の臨時砲兵隊の面々が集結していた。
リヴァン市内から拝借してきた長机に身を寄せ合いながら、砲兵達はイーデンに傾注の姿勢をとっている。
「昨日のノール軍によるパルマ襲撃に関して、お前らも言いたい事は山程あるだろう。ただ、お前らの愚痴や文句を一々聞いてたらキリがねぇ。」
そこで、だ。と一つの樽を皆の前に出すイーデン。
芳醇なブドウの香りを醸し出す樽を目にした砲兵達は、思わず席を立って色めき出す。
「……
その言葉を待ってましたと言わんばかりに砲兵達が一斉に沸き上がる。
「さすがイーデン隊長!俺たちの扱い方を心得ていらっしゃる!」
「飯時まで敗軍ムードになる必要は無ぇわな!」
「久しぶりのワインだ!今日はよく眠れそうだ!」
そんなジョッキを持って殺到する砲兵達を、エリザベスは肩肘を付いてじっと見つめていた。
「敗軍の兵士達には、これまでの戦いと、これからの戦いは、完全に別個である事を認識させなければならない、か……」
いつか読んだ兵法書に、確かそんな事が書いてあった。
緒戦の敗退を引き摺ったままにするのは士気の観点から見てもよろしく無い。敗軍の将が真っ先にするべき事は、兵士達の厭戦気分を断ち切る事である。その方法として一番手っ取り早いのが、兵士達に激励と餞別を与える事である。
そういう意味では、イーデンの採った策は悪く無いと思った。
「ほらよ、お前らもこれで景気付けとけ」
人数分のジョッキを持ちながら、カロネード姉妹の対面に座るイーデン。
気を利かせて、野郎砲兵たちとは別のテーブルを用意してくれていた様だ。
「ありがと、でも私十五歳よ?」
蒸したジャガイモを口に運びながら答えるエリザベス。
「ありゃ、まだ十六にもなってねぇのか。じゃ、これ飲んどけ」
ワインを下げ、代わりに水の入ったコップを差し出すイーデン。
「……これまさか、昼に私が汲んできた水じゃないでしょうね?」
クンクンと、水の匂いを嗅ぐエリザベスを見て、イーデンは苦笑した。
「安心しな、リヴァン領主の井戸から汲んできた水だ。お前の汲んだ水は今頃、馬達が美味しく飲んでるぜ」
それを聞いて安心し、コップの水を飲むエリザベス。
エレンの方はというと、既に粥とパンを交互に貪り始めている。
「……そういや馬車ん中で聞いたが、エレンも確か十五だったよな。双子の姉妹なのか?」
と、エレンに目を向けながら尋ねるイーデン。対してエレンが何かを言おうとするが、口一杯に頬張ったパンのせいでモゴモゴとしているのみで、一向に要領を得ない。
見かねたエリザベスが口を開く。
「姉妹ではあるけど双子ではないわね。エレン!食べるか話すかどっちかにしなさい!」
んー!と手でパンを押し込みながら返事をするエレン。
「同い年なのに双子じゃないって事は、異母姉妹ってやつか?」
「ええ。ちゃんとカロネード家の血を継いでるのは私だけよ。エレンは父の再婚相手の連れ子ね」
「再婚?じゃあエリザベスの実母と親父は婚約解消したのか?」
「婚約解消じゃなくて死別よ。私を産んだ直後にお母様は他界したらしいわ。その後にお父様はエレンの母親と再婚したの。因みにエレンの父親も、彼女が小さい時に亡くなってるそうよ」
豆のスープを豪快に飲み干すエレンを見つめながら話すエリザベス。
「そうか。すまなかったな、土足で色々聞いちまって」
「別に、慣れてるから構わないわ」
そう言いながらパンを半分エレンに譲り、テーブルに置かれた干し肉を少し齧ってみる。
案の定、舌が塩味の暴力に晒され、思わず口をすぼめる。
「これはお酒と一緒じゃなきゃ無理ね……」
酒が回ってきた砲兵達が互いに肩を組み、パルマ地方の民謡らしき曲を合唱しているのを見つめながら、エリザベスは呟いた。
「さっき作戦会議してた時もそうだけどよ、お前独り言凄いよな?」
「自分を落ち着かせたり、頭の中の状況を整理する時に便利なのよ、独り言って。商会にいた時にそう習ったわ」
「あぁ!そうだ商会だ!それについて聞きたかったんだ!」
膝を叩いて突然思い出した様に話すイーデン。
「俺の小隊長……あー、元俺の小隊長のクリス少尉から聞いたんだが、お前の実家、カロネード商会だったか?ラーダ王国じゃ、それなりに名の通る看板だったみたいじゃねぇか。なんで――」
「なんでそんな裕福な所から家出したんだって聞きたいんでしょ?答えは簡単、仕事と、ついでに父親との相性が最悪だったから、以上っ!」
これ以上自分の身の上話を語ったところで、大して面白くならない事は目に見えていたので、さっさと会話を打ち切ることにした。
一方で発言を被せられ、さらにエリザベスに捲し立てられたイーデンは流石に面食らっていた。
「わーったよ。直球で色々聞いちまうのは俺の悪い癖なんだ、気を悪くしたなら謝る」
「別に悪くしてないわよ……じゃあ今度はこっちが質問する番ね!準備は良い?」
「おう。俺で分かる範囲で良ければ答えるぜ」
意味も無く姿勢を正すイーデン。
「ふふん、聞く姿勢としては百点ね!……えぇと、初めて会った時から気になってたんだけど、あなた達ってオーランド連邦軍なの?それともパルマ市の市民軍なの?掲げてる旗はオーランド国旗みたいだけど」
「あー、それな。先に答えを言っちまうと、俺達はパルマ市民軍だ。ただパルマ市の旗を揚げるのは都合が悪くてな。代わりにオーランド連邦軍の旗を掲げてる」
「はーん、なるほどね。都合が悪いっていうのは、ノール帝国と戦う上で不利になるから、って意味合いでしょ?」
「おっ、流石に察しがいいな。さすが軍団長を志望するだけの事はある」
「お姉ちゃん、どうしてパルマの旗だと不利になっちゃうの〜?」
とうとう周りに食べる物が無くなったエレンが会話に参戦してきた。
「エレン、オーランド連邦ってどんな国か知ってる?」
「それは流石に知ってるよ!沢山の小さな王国が集まって誕生したのがオーランドなんでしょ?名前も連邦だしー」
ふんす、と鼻を鳴らしながら答えるエレン。
「ええその通り。じゃあもう一つ質問だけど、もし貴女がノール軍の指揮官だったら、パルマの旗とオーランドの旗、どちらの方が強そうに見えるかしら?」
姉から二つ目のクイズを出され、今度は腕を組んで視線を宙に浮かせるエレン。
「うーん。どっちが強そうって、そりゃもちろんオーランドの旗だよね?パルマは只の一都市だけど、オーランドは一国だもん……あ、そっか!オーランドの旗にしておけば、敵が勝手にビビってくれるんだ!」
「お、エレンの方も勘付いたみたいだな」
二人の問答が終了したのを確認し、改めて回答を述べるイーデン。
「オーランドの旗を掲げれば、ノール軍は連邦軍本隊が後ろに控えてると勘違いしてくれるからな。奴らが
パルマの方角を細目で見つめるイーデン。
「ふぅん、その
意地の悪い笑顔を浮かべるエリザベス。
「その顔なら流石に察してんだろ……ハッタリだよ。今ノール軍と戦える戦力はここに居る奴等で全部だ」
ふーっ、と息を漏らしながら制帽を指でクルクル回すイーデン。
「他の都市からの援軍とかは呼べないの?元々は別の国だけど、今はオーランド連邦っていう一つの国なんでしょ〜?」
エレンが手を挙げて質問を投げかける。
「正規のオーランド連邦軍を編成するにゃ、連邦議会の承認が必要不可欠だ。全会一致で承認が下りて初めて、各都市から連邦軍が動員される仕組みなんだ」
「でも、事実としてリヴァン市からは援軍を呼べてるじゃない?」
肩肘を付きながらエリザベスが質問する。
「俺も詳しい事は知らねぇが、リヴァン領主とパルマ領主は昔から仲が良いんだとよ。リヴァン砲兵の奴らから聞いた限りじゃ、今回はリヴァン領主が善意で援軍を出してくれたって話だぜ」
向こうの長机で騒いでいる砲兵達を指差しながら答えるイーデン。
「でもでも、どっちにしたって連邦議会に動員のお願いをしに行かなきゃダメでしょ?ノール軍相手にいつまでも耐えられる戦力じゃ無いんだよね?」
机をペシペシと両手で叩きながら話すエレン。
「そりゃあまぁそうだが。お願いしに行くのはパルマ領主様の役目だからな。俺達でどうこう出来る話じゃ――」
「イーデン殿ー!カロネード御令嬢ー!」
砲兵達と同じ長机に座っていたオズワルドが、急に三人のテーブルに走り込んできた。
「砲兵達から、イーデン殿にカロネード姉妹を是非紹介して欲しいと陳情が入っております!小官としても、この際にカロネード姉妹の素性についてはお話ししておくべきかと存じます!」
「わかったわかった。俺は隣に居るんだからそんなデカい声出さなくても伝わるだろ、全く……エリザベス、エレン、ちょっといいか?」
そう言うとイーデンは姉妹を手招きし、砲兵達の方を指差した。
「そうね。明日一緒に戦う人達なんだから、自己紹介の一つくらいはしておかないとね。ほらエレン、行くわよ」
塩漬け肉を頬張るエレンの手を引きながら砲兵達の前に立つエリザベス。
「いよっ!待ってました!」
「これがイーデン隊長の隠し子ですか!いい意味で顔似てないっすね!」
「可愛いけどまだちょっと若いな!もう五年くらい経ったら俺の所に来てくれ!」
方々から野次が飛んでくる。兵士達は大分酔っ払ってる様だ。
「へいへい、本当に俺の子供だったらお前みてぇな奴らの前には一切出さねぇから安心しろ」
兵士達の野次を適当にあしらうイーデン。
「さて、オズワルドから話を聞いてるかもしれんが、このカロネード姉妹には俺の従卒として働いてもらう。銀髪の方がエリザベス、金髪の方がエレンだ」
「エリザベス・カロネードと申しますわ。この度はよろしくお願いしますわ」
「エレン・カロネードでーす!」
「そして俺はジョン・アーノルド伍長!」
「お前はお呼びじゃねぇぞアーノルド!引っ込めバカ!」
二人の名乗りに合わせて兵士達の野次と黄色い声援が飛ぶ。
ある程度野次が収まった所で再度イーデンが口を開く。
「それで一点お前らに伝えておきたいんだが、明日の戦闘時には、
「「了解です!イーデン隊長殿!」」
酔っ払っていても指示はちゃんと聞こえている様で、座りながら敬礼する兵士達。
「おっし、それじゃ今度はお前らが自己紹介する番だな。アーノルド!先ずはお前からだ!」
「待ってやした!……お嬢さん方、俺がジョン・アーノルド伍長だ!隊長殿から聞いたぜ?なんでもノール重騎兵を真正面から散弾で撃破したんだってな!見かけによらずアツい戦い方するじゃねぇか!」
ゴリゴリの熊みたいな体格をした兵士に頭をよしよしと叩かれるエリザベス。叩かれる度に頭がクラクラする。
「その話ってマジなんすか!?俺たちも詳しく聞きたいっす!」
あれよあれよと言う間にすっかり砲兵達に取り囲まれるカロネード姉妹。
「……って訳よ。お嬢さん方、二度手間ですまねぇがコイツらにもアンタの武勇伝を話してやってくれねぇか?」
エリザベスは自分を取り囲んでいる砲兵達を見回す。皆自分の話を聞きたくてウズウズしている様だ。砲兵で騎兵を撃破した事が相当衝撃的だったのだろう。
「……コホン!そこまで期待されてるんなら話さない訳にはいかないわねぇ〜!」
「あ、お姉ちゃんが調子乗るモードになった〜」
エリザベスは大袈裟に身振り手振りを織り混ぜながら、パルマの丘での出来事を話し始めた。
時折入るエリザベスのオーバーな身振り手振りに対して、砲兵達からは一層の笑い声が漏れる。エレンも他の砲兵達と一緒に、鈴の音の様な笑い声を上げながら聞き入っていた。
「……あいつらとテーブル分ける必要無かったかもな」
砲兵達の喧騒から一歩引いたところで、イーデンは腕を組みながらそう呟いた。
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