第四話:臨時カノン砲兵団結成!

「砲兵長さん!戦場において砲兵は、騎兵的役割と歩兵的役割、どっちに分類されると思う?」


「騎兵的役割だろ?あくまで砲兵は補助的な火力支援しか果たせねぇ。歩兵みたいに軍の中核を任せるにゃ不向きだ」


「正解!流石は一時期といえど歩兵砲部隊に所属していただけの事はあるわね!」


「じゃあ次はエレンの番ね!今度はちょっと難しいよ〜?」


「なんで俺が砲兵隊長こんなことやってんだか……」


 両脇を歩くカロネード姉妹から怒涛のクイズ爆撃を食らいながら、イーデンは大砲集積所に向かって歩いていた。



 遡る事三十分ほど前。


「なにっ!イーデン軍曹が士官への就任を望んでいるだと!?」


 思っても見なかった幸運が舞い込んで来たと、クリスは眼前で拳を握る。


「いやはやアイツめ、口では士官就任を疎んでいながら、やはり心の奥では功名心を燃やしておったか!」


「イーデンの名は私も何度か耳にした事がある。確か騎兵となる前は優秀な歩兵砲要員だったとか」


「えへへ〜」


 クリスとフレデリカが話している所に、エレンが無邪気に笑いながらイーデンを連れてきた。


「へい、小官に何か御用でしょうか?」


 まるで状況が飲み込めていないイーデンは、後頭部に手をやりながら佇んでいる。


「いや済まなかったイーデン。私は隊長として貴様の真意を汲み取れていなかった」


 突然クリスから謝られて更に困惑するイーデン。そしてフレデリカから放たれた言葉にその困惑は頂点へと達する。


「イーデン軍曹。只今を以て、貴様を第一騎兵小隊の任から解き、新たに臨時砲兵隊指揮官への任官を命ずる」


「…………はい?」


 頭におびただしい数のハテナが浮かぶイーデン。


「いやめでたい!何にせよ貴様は近いうちに士官へと推薦する予定だったのだ!」


「おめでとーイーデンおじさん!」


「やるじゃないイーデン!」


「いや、いやいや!いやいやいや!!ちょっと待ってくださいよ!」


 後退りしながら年甲斐もなく大童になるイーデン。


「えー。イーデンおじさん、さっき馬車の中でオレは本当は士官に成りてぇんだって言ってたじゃん〜」


「言ってねぇわ!むしろ真逆の事言ってただろうが!?」


「素直じゃないんだから〜良いじゃん!大昇進だよ大昇進!」


「安心して欲しい、部隊長の私から見ても君は指揮官の素質がある。常に冷静に戦況を見極める力がある事を保証しよう」


 エレンが事実の捏造と丸め込みに掛かると、それに乗じてフレデリカも拍車をかける。


「いやいや!普通に現役の歩兵砲要員の中から指揮官を選抜すれば良い話じゃないですか!」


 苦し紛れの対抗案を出すイーデン。


「今の歩兵砲要員は皆従軍歴が短く、部隊を率いるには年齢的にも若すぎるのだ。その点お前は歩兵と騎兵、合わせて十五年以上従軍しているベテランだ。連隊内にも知り合いは多い。加えてそれなりに人望もある。そして一番重要な事に、カロネード姉妹が実質的な指揮を取る事への理解もある!」


「頼む。パルマを救うにはカロネード姉妹、もといイーデン、お前の力が必要なのだ」


 最もらしい理屈を並べるクリスと、勢いに任せて懇願するフレデリカ。


「中隊長殿まで頭を下げないでくださいよ!事情は分かりましたから!」


 上官と、そのまた上官に頭を下げられては、さしものイーデンも観念して話を聞く他無かった。



「……まったくあのガキンチョ共は」


 先走る姉妹に続いて、大砲集積所に向かいながら思案に暮れるイーデン。

 恐らく少尉も大尉も、エレンの事実捏造には薄々気づいていたのではないか。それに感づいた上で、強引に指揮官の役を押し付けたのではないかと、イーデンは考えていた。


「要は、砲兵姉妹あのガキどもが活躍する為の生贄みたいなもんか……」


 軍人である手前、指揮官の命令には従わなければならない事は承知していたが、それにしても余りに無情な人事に嘆息を漏らすイーデン。側から見れば下士官からの大抜擢な為、表立って不平を言い散らす事も出来ない。


「ちょっと隊長さーん!来てくださるー?」


 へいへい、と乗馬ズボンに手を突っ込みながら前傾姿勢で歩くイーデン。


「隊長さん!これを見てくださいな!この、あんまりにもっ!雑多過ぎる砲の数々をッ!」


 エリザベスが指差す先には、口径や砲身長が異なる様々な種類の大砲達が鎮座していた。


「こっちは六ポンド砲、あっちは八ポンド砲、そしてコレは四ポンド!連隊内でサイズがバラバラの砲を運用してるなんて、一体何考えてるのかしら!?」


「すごいねー、大砲の見本市みたーい」


 べしべしと、物言わぬ大砲達を叩きながら文句を言い続ける姉妹。


「コラッ!!勝手に火砲に触るんじゃない!」


 大砲に近づくイーデンの後方から、若い将校が怒鳴りながら走り込んで来た。距離にしてイーデン達から約五十メートルは離れていたが、その大声量は容易に三人全員を振り向かせた。

 彼は勢いのままイーデンを追い越したが、咄嗟に自分の隊長を追い越してしまったと気付き、一気に急ブレーキをかけると、踵を返してイーデンに向き直った。


「これはイーデン殿!この度は臨時とはいえ、砲兵隊長へのご昇進、おめでとう御座います――あ!こら!」


 勝手に触れるなと言ってるだろう!と大砲に腰掛けようとしていたエレンをつまみ上げる青年将校。


「ちょっ、ちょっとアナタ誰ですかー!?降ろしてー!」


 首根っこを掴まれて小動物の様に暴れるエレン。

 騒ぎさんざめく二人の姿を目の当たりにし、みるみる自分のエネルギーが吸われていくのを感じるイーデン。


「あー、なんだ。そいつらは好きにさせてやってくれ。俺の付き添いみたいなもんだ。」


「はっ!それは大変失礼いたしました!」


 首根っこを持ったまま、ひょいとエレンを地面に降ろす青年将校。降ろされたエレンは猫背姿勢のまま走り出したかと思えば、素早くイーデンの後ろに隠れた。


「コイツらはカロネードって名前の姉妹だ。俺の従卒みたいなポジションだな。何かと任務の補佐をしてもらう予定だ。」


 両手で自分の後ろに隠れていた姉妹をずずいっ、と前に出すイーデン。


「はっ!了解致しました!それにしてもイーデン殿、小娘二人を従卒として雇うとは、中々の趣味でいらっしゃいますね」


 黒髪黒目の青年将校がカロネード姉妹をしげしげと見つめる。


「別に俺の趣味で選んだ訳じゃねぇ。どっちかって言えば俺がむしろ指名された側だよ」


 左様でございますか!とイーデンの訴えを適当に流す青年将校。


「……で、アンタは誰なのよ?見たところ士官候補生カデットの様だけど」


 エリザベスはこの様な騒がしいタイプの人間が大の苦手の様で、こめかみを押さえ、顔を横に背けている。


「これは申し遅れましました!」


 再度三人に向き直ると、彼は士官候補生カデットらしい教科書通りの敬礼をした。


「連邦士官学校から派遣されて参りました、士官候補生カデットのオズワルド・スヴェンソンと申します!この度は栄えある臨時カノン砲兵団に事務官として着任させて頂きました!砲術運用に関する知識についてはまだ疎いものです故、何卒御指導の程、よろしくお願い申し上げます!」


「へいへい、ご丁寧にどーも」


 悪い意味で自分と対極に位置するタイプの人物が部下に入ってきた事を知り、早くもやる気が切れかけのイーデン。


「では早速、我が軍の大砲事情についてご説明させて頂きます!どうぞこちらへ!」


 これからはこんな太陽みたいな奴と四六時中過ごさなきゃならんのか、と三人は早くもうんざりした顔でオズワルドの後に続いた。


 オズワルドによると、リヴァン及びパルマの歩兵連隊からかき集めた大砲は全部で四門。

 大砲は各大隊内で管理している為、どの大砲を採用するかは各大隊長の気分次第となる。砲種がバラバラなのはその所為との事。

 歩兵砲要員を大砲ごと、この部隊に移籍してきた為、人員はなんとか定数を確保している。

 ただし、局地的な歩兵支援しか行ってこなかった為、騎兵部隊への援護も含めた戦術的な火力支援は、全くの未経験との事。


「これは中々骨が折れるわね……」


「お、初めて意見が合ったな」


 一通りの説明を受けた三人は、半ば厄介払いとして、オズワルドへ伝令任務を押し付けた後、各大砲を観察していた。


「規格化のキの字もないわね、ホント。せめて砲弾重量ぐらいは統一して欲しかったわ」


 各大砲の特徴をメモしながら歩くイーデンとエリザベス。エレンは少し離れた所で、うずたかく積まれた砲弾を虚な目で数える仕事に就いている。


「六ポンドが一門、八ポンドが一門、四ポンドが二門、そんでエリザベスが引っ張ってきた十二ポンドが一門の計五門か。へっ、俺がいた頃よりも更にバリエーションが豊かになってやがる」


 鼻で笑いながら砲腔内部のキズの有無を確認するイーデン。対するエリザベスはいつの間にか足を止め、並べられた砲を見つめながら何やらブツブツと呟いている。


「んで姉様よ、何かいい案は沸きましたかい?」


 一通り砲の点検を終えたイーデンが、腕を組みながら呪文を唱えているエリザベスの元に戻ってきた。


「……ちょっと付け焼き刃なのは否めないけど、それなりに案は浮かんだわ。ちょっとこれ見てくれる?」


 そう言うとエリザベスは手近な机を引き寄せると、いつの間にか手に持っていた紙地図を広げる。そこにはパルマの街とその周辺地形が描かれていた。


「お前この地図どっから拾って来たんだよ……」


「役に立つと思ってね。家から持ってきて正解だったわ」


「何だってラーダの武器商人がパルマの地図なんて持ってんだ?」


「地図も立派な兵器よ。兵器の名が付くモノなら大体ウチに置いてあったわ」


 そんな事より、とパルマ市内を指差すエリザベス。


「まず私の予想だけど、敵は籠城戦ではなく、野戦に打って出てくる可能性が高いわ」


「先行偵察の情報じゃ、彼我の戦力差は一対一って話だったぜ?同数なら籠ってた方が有利じゃねぇか」


 その辺に落ちてた石ころを敵軍と見立てて、地図上中央にあるパルマ市内に石を置くイーデン。


「多分だけど、敵はパルマを足掛かりにしたいと思っている気がするのよねー。ほら、連邦の東側ってあんまり大きな街が無いじゃない?もしノールが本気でオーランド侵攻を考えているんなら、重要な戦略拠点であるパルマを灰にする様なマネはしないと思うのよねぇ」


 市内に置かれた石を、木の棒でぺしっと西側に、つまりリヴァンへ続く平原地帯に置き直すエリザベス。


「まぁ考えられなくは無いけどよ――っと」


 言いながら木箱をニつ引っ張ってきて、エリザベスと自分の椅子を用意するイーデン。子供には少々大きめだった様で、座ると足が浮いてしまうエリザベス。


「隊長も言ってたが、今までにも何度か小競り合いみてぇな争いは起きてたんだ。ただ、その度にラーダ王国アンタの故郷が仲裁に割り込んで来てな。双方ごめんなさいで終いよ。今回も大方、同じ様な展開になりそうでな」


「都市一つ落とされるレベルの争いは今までにあったの?」


 いやそれは無ぇけどよ、と言いながら服の内側を漁り始めるイーデン。


「あぁクソっ、やっぱ初戦でどっかに落としてきたなこりゃ」


 悪態を吐きながら足を組むと、貧乏揺すりを始めるイーデン。


「パルマで何か落とし物でもしてきたの?」


「ああ、暫くパイプが吸えなくてな。気にしなくていいぞ」


「その超高速貧乏揺すりを気にするなっていうのは大分無理があるわね……」


「おっとすまねぇ、つい無意識でな」


 膝を手で押さえ、話の続きを促すイーデン。


「……都市を一つ落とすって事は、それだけ相手も本気で来てるって事よ。拠点保持の為にあえて不利な野戦を選択しても可笑しくないわ。それに――」


 肘をつき、地図に置かれた石ころを見つめるエリザベス。


「正直、ノール正規軍が相手じゃ、最低でも野戦に持ち込ませないと勝てる気がしないわね」


 彼女にしては珍しく弱気な発言だったが、その表情には、恍惚とも言える程の笑みが浮かんでいた。


「……発言と表情が噛み合ってねぇぞ?」


「あら失礼、顔に出てたかしら?だって、この上なく楽しみなんですもの!あの軍国とも評されるノール帝国の正規軍と対峙する事が出来るだなんて!」


 興奮した表情で石ころを見つめるエリザベス。自軍の不利を自覚しながらも、強敵と戦う事に楽しみを抑えきれない彼女の姿に、イーデンは若干の不気味さを覚えた。


「劣勢だと分かっていながら、何とまあ士気の高いことで。それじゃまぁ、具体的な戦術を伺いましょうかね?」


「ええ!耳かっぽじって特に聞くがいいわ!」


 紙とペンを取り出すと、彼女はまるで明日の遠足の計画でも立てるかの様に、ウキウキした様子で砲撃計画を説明し始めた。


 二人を頭上で見守っていた太陽は既に西へ傾き、いよいよリヴァンの街並みの中へと沈み始めていた。



「砲兵長殿ー!イーデン隊長殿ー!作戦開始日時が決まりました!明朝薄暮と共に出撃であります!」


 水平線に沈む太陽の方角から、代わりにと言わんばかりに今度は人工太陽が昇ってきた。


「バカタレ、大声で作戦要領を話すな。敵が盗み聞きしてるかも知れねぇだろうが」


 はっ!失礼致しました!と更なる大声で返事をするオズワルド。


「イーデンおじさ〜ん。砲弾の点検終わったよ〜疲れた〜お腹すいた〜」


 オズワルドと時を同じくして、わざとらしくヨロヨロとした足取りでエレンも戻って来た。


「よし、二人ともご苦労だった。連隊長殿が言うには、今晩はここで野営をしろとの事だ。各員、テント設営準備に取り掛かってくれ」


「はっ!承知いたしました!直ちに取り掛かります!」


「えーまたテント建てるのぉ!?私はさっきやったから次はお姉ちゃんがやってよー!」


「一度も二度も大して変わらないでしょうに。貴女の方が体付き良いんだから向いてるわよ」


 確かにイーデンが見た限りでは、妹のエレンは肉付きが良く、身長も姉より僅かに高い。対して姉のエリザベスは細身であり、年齢を加味しても華奢な印象を受ける。


「……エリザベスお前、野営テント建てた経験はあるか?」


「あるわけないじゃ無い。だからエレンの方が適任よ」


「じゃあエリザベス、お前がテント役だな」


「何でよっ!?建てたこと無いって言ったじゃない!」


「建てた事が無いなら、建てる方法を学んでおかないとな。自分の寝床すら作れない軍人なんて聞いた事ねぇぜ」


「むむぐぅ……」


 軍人を目指すと高らかに宣言した為に、色々な事項を避けて通れなくなってしまった事を悔悟するエリザベス。


「わーかったわよ!やればいいんでしょやれば!オズワルド!私にテントの建て方を教えなさいっ!」


 イーデンは僅かながら、彼女のあしらい方について覚えを得た気がした。

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