第三話:リヴァン市への退却

 リヴァン市とパルマ市を結ぶ街道に沿って、騎兵と馬車がひた走る。日は既に頭上高くまで昇ってはいたが、比較的大陸の北方に位置するオーランド連邦では、汗ばむほどの気温にはならない。


「おじさん達の部隊はどうして他の部隊とはぐれちゃったの?」


「いや、はぐれたんじゃねぇ、殿を務めてたんだ。要するに本隊退却までの時間稼ぎだな」


 エレンは馬車の隅っこで体育座りの姿勢になりながら、比較的傷の浅い兵士と話をしていた。

 暗めの茶髪と深い青色の目。無精髭と気怠げな雰囲気に目を瞑ればそれなりの美形である。


「その人数で軍の一番後ろを任されたの~?すごいねぇ」


「おう、なんたって第一騎兵小隊だからな。進む時は一番前、下がる時は一番後ろが定位置だ」


 そう言うと兵士は窮屈そうに手伸びをした。

 いくらか砲弾を捨てたとはいえ、軍人数名を寝かせている事もあり、馬車の中はかなり手狭な状態だ。


「そんなに強いのになんで重装騎兵に捕まっちゃったの?足は軽騎兵ハサーの方が早いのに」


「そりゃまぁ、向こうの方が数が多かったからな。どれだけ早くても、囲まれたらどうしようもねぇわ」


 頭を掻きながら制帽を深く被り直す兵士を、じっと見つめるエレン。


「……速力で優る癖に何で囲まれたんだよ、とでも言いたいのか?」


「うん、そう」


 ふーっ、と深く息を吐きながら兵士は背もたれに身を預ける。


「あんまりノール野郎を持ち上げたかねぇが、こればっかりは向こうの用兵が一枚上手だったよ。

気付いた時には退路を塞がれちまってたさ」


「でも最期にはちゃんと脱出できたんだよね?凄いと思うよ」


 寝ている負傷者に気を使って、指先で小さくパチパチと拍手するエレン。


「見ての通り、士気も装備もズタボロだけどな。今から中隊長殿に会うのが怖いぜ」


「えー、仕事はちゃんと達成してるのにー。そんなに中隊長さんて怖い人なの?」


「怖えっつても、分かりやすくおっかねぇタイプじゃねえぞ?あれは何考えてんのかわかんねぇタイプの怖さだな」


「じゃあ中隊長さんてあんまり喋らない人なんだねー」


 気の抜けた語尾に、無言の頷きで応える兵士。彼が少し疲れている事を察したのか、エレンは話を続けようとして口をつぐんだ。少しの間、馬車の揺れる音と、馬の息遣いだけが流れた。


「……おじさんって騎兵になってから結構たつの?見た目はベテランぽいけど」


「おじさんじゃねぇ、イーデンだ。さっきも自己紹介したろ」


 イーデンという名の兵士は持たれ掛けていた上体を起こして、服の内側をポンポンと探り始めた。


「十八の時に入隊して最初は歩兵砲要員で十年。その後隊長に拾われて騎兵で五年くらいか。十五年以上は経つかな、もう何年も軍曹やってるよ……パイプどこやったかな」


「イーデンおじさんは士官を目指す気はないの?」


「ないね、下っ端やってるほうが気楽だよ。あとこの馬車ってパイプ積んでるか?」


「火気厳禁でーす」


 腕でバツを作るエレンを見て、また深いため息を付くイーデン。


「イーデンおじさんは出世欲無いんだね。お姉ちゃんとは話が合わないかも」


「かもじゃなく、確実に話が合わないだろうな。ああいう手合いが近くにいると、エネルギー吸われんのか知らんがすげぇ疲れる」


「エレン、呼んだ?」


 幌の外からくぐもったエリザベスの声が聞こえた。


「呼んだけど呼んでないから大丈夫だよー」


「何よそれ。前方偵察に出てた副隊長が戻ってきたわ。無事本隊と接触出来たみたいよ、そう遠く無いみたい」


「そりゃなによりだねぇー」


 イーデンも口には出さないが、帽子の下で安堵の表情を浮かべる。


「カロネード嬢、少し良いか?」


 副隊長と話し終わったクリスが、エリザベスの馬車に横付けするように並んできた。


「エリザベスでいいわ、名字だとエレンと紛らわしいから」


「ふむ。ではエリザベス、副長がお前の事を中隊長に報告したそうだ。したらばな、是非直接顔を見てみたいとの仰せだ」


「あら~中隊長さんが会いたいっていうのならやぶさかではないわねぇ~」


 顔のニヤつきが抑えられず、思わず手を口に当てるエリザベス。


「何を考えているのか分からんが、褒賞は期待できんぞ。なにせ退却中の軍だからな」


 褒賞を出す余裕すら無い自軍の不甲斐無さから、語尾が苦笑混じりになるクリス。


「心配しなくても、敗軍の将に褒美なんて求めないから安心しなさい」


「ほう、商人の割には無欲だな」


 予想外の返答に怪訝な顔をするクリス。


「えぇ、私は富よりも名声が好きなの」


「商人にとって、富と名声は不可分なモノではないのかね?」


「ふふん!隊長さんは何か勘違いをしている様ね。私が求めるのは商人としての名声じゃないわ!」


 エリザベスは大砲を指差しながら高らかに叫ぶ。


「私は!砲兵として!軍人として!歴史に名を残すわ!平民から軍団長まで成り上がった女としてね!」


 隊列の全員に聞こえる声で、自分の目標を宣言する。さぁ存分に笑うが良い。笑っていられるのも今のうちだ。


「おぉ、軍団長とは大きく出たな。頑張り給え」


 正直、笑われると思っていた。

 応援されるとは微塵も思っていなかった。

 お前には無理だ、と言われるのが関の山だと思っていた。

 だから頑張れと言われたのは素直に嬉しかった。

 そう、確かに嬉しかったのだが。


「な、な、なんなのそのッ!我が子の将来の夢を聞いた時の父親みたいな顔は〜ッ!」


「いやはや、別に馬鹿にしている訳ではないぞ。誰しも大きな夢を持ちたがる年頃というものはある。かくいう私も君の様な歳の頃はな……」


「昔話はいいから!いっそ笑って!笑え!」


 生暖かい同情の目を向けられる事が、こんなにも恥ずかしい物だったとは。

 要するに子供扱いをされている事に気付き、顔がカーッと熱くなるエリザベス。


「若い奴らの夢は笑うモンじゃ無くて、見守るモンだからな」


 馬車の中から、イーデンの甲高い咳の様な笑い声と共に追撃が飛んできた。


「笑ってるじゃない!あ、いや笑えとは言ったけど。そんな同情みたいな笑いは要らないわ!」


「おねぇちゃん、さっきの私みたいな事言ってるー」


 全方位を敵に囲まれている事を悟ったエリザベスは、観念して無言の降伏を申し出るしか無かった。



「それで、あの話はどこまでが本当だったのか説明してくれるか?」


「あの話って、どの話よ?」


 無事、リヴァン市の手前でパルマ軍本隊と合流したエリザベス達は、本隊と一緒に大休止を取っていた。


「取り急ぎ、貴様は本当にラーダ王国から来た商人なのか否かが知りたい。中隊長に報告せねばならんからな」


 リヴァン市の近くを流れる川で水を汲んだ二人は、本隊の野営地に徒歩で向かっていた。


「あー、一番初めに会った時の質問のことね?軍人らしく細かいことを気にするのね」


 誰何すいかも軍人の仕事だからな、と水が入った桶を持たせようとするクリス。淑女に物を持たせるなんて正気かと、手を後ろに回して拒否の構えを見せるエリザベス。


「それでは立派な軍人になれんぞ。砲兵なら重い砲弾を運ぶ事もあろう」


 そんな事じゃ立派な大人になれないぞ、と言われてるのとほぼ同義である事に気付き、また全身にむず痒さを感じるエリザベス。

 エリザベスは、自分の中に漂う不快な羞恥を吐き出す様に、


「子供扱いはしないで!」


 と、言い放つと、クリスの腕から桶を奪い取り、大股で先を歩き始めた。

 暫くの間、ニ人は無言で歩いていたが、結局この空気に耐えられなくなったエリザベスの方から、ぽつりぽつりと話し始めた。


「……ラーダ王国から来た商人なのは本当よ」


 正しくは商人の娘だけどね、と振り返らずに答えるエリザベス。


「ラーダ王国にいるご両親は、君が今ここにいることを知っているのか?大砲は自分たちが持ち出したものか?」


「両親がこんな大それたマネを許すわけ無いでしょ、無許可よ無許可。大砲も家に置いてある中から一番大きいやつを持ってきただけよ。今頃、家では私の絶縁手続きでも始まってるんじゃないかしら?」


「ふむ、両親の許諾なしに妹と家を飛び出し、そのまま越境行為をした訳だな。その様子だと、正規の手段で国境を超えたかどうかも怪しいな」


「あら御名答。カンがいいわね」


「直球で答えてくれて助かるよ。大砲をパルマに売りに行く予定だったと言うのも嘘だな?」


「ええ。あくまで自分達が使う為に持ってきた物だもの」


 特に驚くわけでもなく、淡々とメモを取りながら話すクリス。


「で、不法入国のお咎めは幾らで消えるのかしら?」


「これまた直球な物言いだな。私が賄賂の効かない軍人だったらどうするつもりだったのかね?」


「賄賂の効かない軍人なんていないわよ。それに貴方、子供もいるでしょう?家族の為にも色々と入用なのではなくって?」


 そう言うと銀貨を何枚かポケットから取り出し、クリスに握らせる。


「……家族が居ると言った覚えは無いんだがな」


「握手する時にグローブを外してくれたでしょ?指輪が見えてたわよ」


「目敏いな。小娘といえどやはり商人か」


 クリスは受け取った銀貨を自分のポケットにしまう素振りを見せたかと思えば、その後すぐにエリザベスへ突っ返してきた。


「部下の命を助けてくれた礼をしようと思っていたのだが、ちょうど今が入ってな。受け取ってくれ」


 クリスの対応を鼻で笑いながら銀貨を受け取るエリザベス。


「失礼!さっきの言葉、取り消すわ」


「賄賂の効かない軍人もいる事を知ってもらえて何よりだ」


 初めてクリスが物腰の柔らかい笑顔を見せる。


「ふむ……それで、エレンと貴様は姉妹だと言ったが、それも嘘か?髪色もそうだが、顔立ちも違う様に見えるが」


「そ、それは本当よ!信じてもらえるか分からないけど……」


 クリスの言う通り、エレンは丸っこい童顔なのに対し、エリザベスは歳の割には大人びた顔立ちをしている。目の色も妹は琥珀色、姉は紫色である。


「差し障るなら無理して答える必要は無いぞ、私の個人的な質問だからな」


 そう言うとクリスは手元のメモを一通り眺め、胸内のポケットに仕舞った。


「さて、こんなものか。あと一点、重要な質問があるが、それは中隊長から直々に聞いてもらうとしよう。さあ着いたぞ」


 何よ勿体ぶるように、と言いつつ前を見ると、パルマ騎兵中隊司令部の立て看板が置かれたテントが目に入った。


「おお隊長殿、お早いお戻りで。樽をそこに置いておきましたんで、水はその中へ」


「お姉ちゃんお帰りー!」


「イーデン、エレン、中隊司令部の設営ご苦労だった。大尉殿はお戻りか?」


「歩兵の連隊長さんと会議中だったみたいですが、今さっき戻ってきましたぜ」


「おねえちゃん!私中隊長さんの顔見たんだけど、きっとすごいびっくりすると思うよ!」


 エリザベスに駆け寄りながら興奮した様子で話すエレン。


「びっくり?中隊長さんってどんな方なの?」


 と、クリスの顔を見たエリザベスだったが、見れば分かるの一言で一蹴されてしまった。


「またそれ?いいわ、どんな顔か拝んでやろうじゃない!」


 肩で風を切る姿勢でテントの中に入っていくエリザベス。エレンとクリスは、彼女の反応を楽しむ為、やや後ろに続く形で付いて行った。


「失礼しますわ、中隊長さん。エリザベス・カロネード、只今参上してございますわ」


「エレン・カロネードもいますよ~」


「大尉殿、お待たせ致しました、例の姉妹をお連れしました」


「あぁ、君達か。副隊長から話は聞いている」


 机に広げられた作戦図を見ていた中隊長は顔を上げた。


「えっ、嘘……?」


 短めの銀髪であった為か、顔を下げていた時は初老の男性のように見えた。


「本当に、あなたが?」


「期待通りの反応をありがとう、ミス・エリザベス。パルマ騎兵中隊長、フレデリカ・ランチェスター大尉だ。この度は、クリスの隊を救ってくれて感謝している。」


 ややぎこちない笑顔とともに握手を求めてきたのは、妙齢の女性だった。


「聞く所によると、大砲を巧みに操りノールの重装騎兵を撃退したとか。改めて聞く事ではないかもしれんが、これは真か?」


「え?あ、え、ええ。わたくしとエレンで丘の斜面を利用して、その、敵を撃退いたしましたわ」


 全く予想外の人物像が出てきて、取り敢えず握手と質問に応えるのが精一杯のエリザベス。


「それは素晴らしい。正直、報告を聞いた時は半信半疑だったが、本当に小娘の姉妹とはな。いやこれは驚いた」


 それはこっちのセリフだ、と目を皿のようにしてフレデリカを見つめるエリザベス。

 戦史を扱う本の中ですら女性軍人、ましてや女性指揮官の活躍など殆ど描かれる事はない。砲兵士官を目指すエリザベスにとって、兵科は違えど自分の目標となる人物が突然現れたのだ。狼狽するのは当然だった。


「本来であれば、相応の褒賞を以てその助力に報いたい所だが、いかんせん、我々にも余裕は無くてな」


 フレデリカは左肩に掛けたマントを翻して、一丁のピストルを腰から引き抜くと、机の上に置いた。ゴトリ、と金属の重い音がテント内に響く。


「今や銃の殆どはフリントロック式が主流になってしまったが、銃としての価値はコレの方が高い。売ればそれなりの値が付くだろう」


 それは、引き金近くに鉄のカタツムリの様な部品がついた、珍妙な形をしたピストルだった。

 護身用の武器を手放す事を危惧したクリスが、自前のピストルを腰から抜こうとする。それに対し、腰に下げたもう一丁のピストルを見せ、問題ない、と小さく呟くフレデリカ。


「ホイールロック式ピストルですわね、高価な品であることは存じております。ご厚志に感謝致しますわ」


 サッとピストルを受け取るエリザベスと、それを半目で見つめるエレン。貰えるものは貰っておいてもいいじゃない、と目でエレンに訴えるエリザベス。


「さて――ここからが本題なのだが、君達姉妹が如何にして、砲術指揮の知識を身につけたのか是非とも聞かせてほしい。ラーダ王国の王立士官学校か?それとも軍の砲兵教育隊か?君達の見た目年齢からすると、その可能性は薄そうだが」


 フレデリカの琥珀色の目が一層輝く。口調の速さからも彼女が興味津々であることは十全に感じ取れた。それに対しエリザベスは、申し訳無さと、恥ずかしさを帯びた表情で答えた。


「えぇ、私にはその、特に恩師と呼べる御仁はいらっしゃいませんの。つまり、本で学んだ限りでございますの」


 その言葉にフレデリカが眉をひそめる。


「本だと?独学で学んだという事か?いや待て、となると、先のノール軍との戦闘が初陣か?」


「ええ、そうですわね」


「なんと……」


 エリザベスから目をそらし、顎に手を当てるフレデリカ。当然初耳だったクリスも言葉を飲む。


「家に沢山本があって、小さいときから色んな本を読んでたんですー。普通の品物よりも武器を売る事が多い商人だったから、本も軍隊の事について書いてる物が多くて。だからちょっと知識が偏ってるんです~」


 エレンが姉の補足として言葉を繋げるが、フレデリカの耳には半分も届いていない。


「実戦及び従軍経験なし……民兵扱いであれば。いや、しかし……初戦でこれなら、あるいは……」


「大尉殿、いずれにせよこの二人に周知すべき事項かと」


 思考の袋小路に嵌りかけたフレデリカを、クリスが救出する。そうだな、と暫し目を瞑った後、改めてエリザベスに向き直るフレデリカ。


「単刀直入に言おう。我が軍はパルマ奪還の為、砲兵指揮官を必要としている」


 歩兵連隊長との作戦会議の内容を、フレデリカは事細かく話してくれた。

 パルマ軍残存部隊と、増援であるリヴァン軍を用いる形で、パルマ奪還作戦を立案中である事。両軍には独立した砲兵部隊がおらず、全軍が騎兵と戦列歩兵のみで構成されている事。防衛ならともかく、攻勢となると戦略的な砲兵の支援が必要不可欠である為、歩兵連隊内で使用されている歩兵砲をかき集めて、臨時の独立砲兵部隊を編成しようとしている事。

 そして目下の課題は、両軍内で砲兵指揮に長けた軍人がおらず、指揮官を誰にするかで悩んでいるとの事だ。


「ふむふむ!要するに私達の力が必要ってことね!」


 話を聞いていくにつれて、エリザベスの鼻息がどんどん荒くなる。


「うむ、そこで君達の力を借りようと思ったんだが」


 目つきは変えずに、眉だけ困り眉になるフレデリカ。


「従軍も、軍学校経験も無い者が指揮官となれば、配下の砲兵達への説得が中々難しくなるだろうと思うてな」


 うーん、とまた顎に手を当てるフレデリカ。


「説得が必要という事でしたら、その砲兵達に私の砲術を直接披露して差し上げますわ!有無を言わさず納得させる自信がありましてよ!」


「いや、そういう話ではないのだ。エリザベス」


 クリスがエリザベスの肩に手を置きながら、フレデリカと並ぶ様に机の対面に回った。


「まだ子供……あいや従軍経験のない貴様には想像しにくい事だろうとは思うが、どれだけの技術を持っていたとしても、一介の市民が兵士の上に立ち、指揮を振るうというのは非現実的なのだ。どうしても下地となる信頼を、地道に築いていく必要があるからな」


「そ、それでも貴方はパルマの丘で、唯の小娘である私達を信用してくれたじゃない!」


「むう……」


 それを言われてしまうと、と言葉を濁すクリス。


「実際に街が一個占領されてるのよ?そんな悠長な事を言ってられる程の余裕が、貴方達にありますの!?」


 エリザベス自身も、唯の小娘が砲兵指揮を執る事など到底不可能である事は十分承知していた。しかし、それでも目の前に転がり出て来た千載一遇のチャンスを見逃す事など到底出来なかった。


「君の言いたい事も分かる。しかしな、軍隊は何よりも結束力を第一に優先しなければならない。如何に武器や戦術が優れていようとも、士気統制が低ければ如何にもならんのだ」


 黙っていたフレデリカが、クリスの言を援護する様に言葉を連ねる。


「そ、そんなこと――」


 そんな事無い、と反論しようとしたエリザベスだったが、思わず語尾が掠れる。

 部隊の規律、士気、結束力が重要だと説く教本など幾らでも見てきたのだ。

 フレデリカの言う事は全くもって正論であると、エリザベスはこの場に居る誰よりも分かっていた。


「あのー、私から少し良いですか〜?」


 今まで黙って三人のやり取りを伺っていたエレンが口を開く。


「お姉ちゃんが直接の隊長になる事が問題なんですよね?だったらハリボテ隊長さんを別に用意して、実質はお姉ちゃんの指示で動く感じにしちゃえば良いんじゃないかな〜と」


 突拍子もない案に暫くポカンとしていた軍人二人であったが、


「ま、まぁ。それが出来れば苦労をしないがな?」


 と、フレデリカを見るクリス。


「……ミス・エレン。砲兵指揮官をやる気概があり、兵からの信頼も厚く、尚且つエリザベスの実質的な指揮下に入る事を厭わない兵士について、貴女は心当たりがあるのかい?」


「あるよー!」


「「ええッ!?」」


 思わず驚愕する2人。


「そ、それは誰かね?」


「付いてきてー!」


 そう言うとエレンは手招きしながらテントの外へ出て行った。慌てて三人が後を追って外に出ると、樽に水を注いでいる一人の軍人に向かって、エレンが突撃して行くのが目に入った。


「イーデンおじさ〜ん!」


 この後自分の身に降り注ぐ悲劇について、イーデンはまだ知る由も無かった。

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