第41話 森と林の違い分からない

森に棲む病魔と呼ばれる女の姿をした魔物アイアタルの討伐と尻尾が槍のように鋭く、翼をもった蛇の魔物ヤクルスの討伐を終えたアスベルはファウスの森で最後の依頼である偃月茸えんげつだけの探索を行っていた。だが依頼料が高額な分簡単には見つからず、日もだんだんと落ちている。


「見つからないなぁ」


ソロの依頼ということもあり、心細さも感じ得ていたアスベルは日が暮れてきたこともあり、その感情が肥大化しているまであった。そしてその不安定な精神状態ではいらないことまで思い出す。

ギルド職員が言っていた鉈を持って森を徘徊する老人のことである。いくら魔塵族の一人といえど足元さえ覚束ない暗い森のなかでそんなものと出会いもしたらアスベルは失神する自信があった。


「本当にあるのかなぁ……。四百年くらい生きたのにそんなの聞いたことないよ……」


長い月日ではあるがそのほとんどはバシーニードで過ごしているため情報が滞っているのは仕方のないことなのだ。魔塵族は魔王の命令がない以上バシーニードより外の世界には行ってはいけないと定められている。

そしてその魔王の命令とは指定した場所の殲滅。

人がいようが建物があろうが関係なく全てを塵芥と化す。故に魔塵族の情報がカリオストロ国含む全体陸に広がることはなく、何百年たった今でもその脅威に震えていない。

魔塵族が消した街も国も情報が無いために災害による被害として片付けるしかなかったのだ。


「やっぱり引きこもってると欲しかった情報も転がり込んでこないよなぁ」


アスベルは偃月茸を探しながらため息をつく。ふと何かが聞こえ、立ち止まった。だがその状態待っていても静謐な状況は続き、アスベルは首を傾げる。


「あれ、聞き間違えかな。いま、確かに……」


そう呟いた瞬間、また声が聞こえてくる。エルマほど耳が良いわけではないがその声はまるで助けを乞うかのようであった。まさかこんな日暮れに森をさまよっている人がいるのか、とアスベルは考察を巡らせると急いでその声の元へと向かった。

声の主を探していると森が荒れている場所へとたどり着いた。何本もの木が倒れ、立っている木にも酷い傷痕があるのが見える。


「な、何ここ……!? 」


驚きのあまり辺りの風景を何度も見渡す。すると先程聞いた声と似た声が聞こえてきた。アスベルは器用に障害物を避けながら声の主へと近づいていく。

すると倒れた木の近くにか弱そうな老婆が倒れていた。木が倒れてきたことに腰を抜かしたのか動けないでいる。アスベルは急いで老婆へと駆け寄った。


「大丈夫ですか!? 」


アスベルの姿を捉えるやいなや老婆は驚いた声をあげる。まさか老婆もアスベルのように見た目が若者の人物がいるとは思っていなかったのだろう。


「腰、腰が痛くてね……。倒れてきた木に驚いてぎっくり腰になったみたいなんだよ」


老婆は腰を擦る。確かに老婆は年を重ねているがゆえに足腰の体勢が弱くなっているのだろう。


「とりあえず安全なところまで運びますね」


アスベルの言葉に老婆はちょうど良いというように声を重ねる。


「良ければわしの家まで連れていってくれないかい。この近くにあるからね」


アスベルは少し疑問に思ったが了承する。


「分かりました、それじゃあきちんと捕まっててくださいね」


アスベルは老婆の前に座ると老婆の手を肩に誘導する。老婆が乗ったのを確認するとそのままゆっくりと立ち上がる。足元に気を付けながらアスベルは木々の倒れていない道を歩きながら老婆に促されるまま老婆宅へと向かっていった。

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