第40話 はじめての(ぼっち)いらい! 2
アスベルはファウスの森へと向かう道中でも依頼を受けている。
その一つがウォーター・リーパーの討伐。蛙の顔と魚のヒレと尾をもった魔物である。場所はカリオストロ国とファウスの森の間にある湖であり、男性が釣りをしている最中にウォーター・リーパーの群れに襲われたという。怪我は必死に抵抗したためか軽症であったものの釣りのために乗っていた舟は無惨にも壊されたようだった。
「群れの数はざっと六体。一体だけ明らかに大きいウォーター・リーパーがいた、か」
襲われた男性が自らの舟が壊されている光景を指を咥えて見ていたところいかにもリーダー格だろう大きさのウォーター・リーパーが見えたという。本来ウォーター・リーパー自体、小型犬くらいの大きさのためかなりのサイズだと伺える。他のウォーター・リーパーもそのリーダー格のウォーター・リーパーの後をついていくように行動していたのだ。
「だけど湖かぁ。こいつら普通
アスベルは首を傾げながら依頼書を睨み付ける。魔物の中にも食物連鎖というものは存在し、生態系は維持されている。だがウォーター・リーパーは通常の生息範囲から外れ、湖にその生態を定着させようとしていた。であるのならば元々湖に生息していた生物の生態系が脅かされているということになる。ただでさえウォーター・リーパーは凶暴な魔物だ。他の生物を襲ってその場所を繁殖地にすることも珍しい話ではなかった。アスベルが思考を巡らせているうちにいつの間にかその足は目的地である湖へとたどり着いていた。一見穏やかに水面が揺蕩う場所であるが不自然なほどに生物の気配がしなかった。
「うーん、ちょっとまずいかもな」
アスベルが後頭部を掻くと落ちていた石を広い湖に投げ入れた。途端ウォーター・リーパーの群れが石が落下した場所へと集まり始めた。しかし音をたてたものが石だと分かるとすぐにまた分散する。アスベルはその間にウォーター・リーパーの数を把握していた。
「最低でも八体か。繁殖しちゃってるなあ」
ウォーター・リーパーの多さにげんなりとした顔でアスベルは湖を覗き込んだ。凶暴なウォーター・リーパーが繁殖し、その数が増え続けているのだ。他の生物が逃げ出したくなる気持ちも分かる。だがこれでウォーター・リーパーが生態系に影響を与えているという事実がはっきりした。
「量が多いなら早く討伐しないと」
そう思い立つとアスベルは辺りを見渡す。カティスから聞いた話によると湖には常に救護用に木製の小舟が設置されているという。アスベルは枯れ葉に覆われた小舟を見つけると中を軽く掃除して乗り込んだ。そのまま備え付けのパドルを使い、漕ぎ始めた。漕ぎはじめて二分程たつと湖の中心部へと辿り着く。その場所で小舟を止めると剣を抜き、湖を掻き回すようにして水面を揺らし始めた。わざと音をたてているためにアスベルの思惑通りウォーター・リーパーの群れが獲物を求めて集まってきた。
「よしよし、いい感じ」
魚影によってその数を認識するとその動きを見定める。ウォーター・リーパーの一体が舟を飛び越え、アスベルに襲いかかる。
「そいっ! 」
アスベルは気の抜けた声でウォーター・リーパーを切り裂く。頭と胴体で別れた身体は湖面へと落とされ、その水面を赤く染める。それで怖気づく魔物ではなく二体、三体と増え続け、五体で留まると一斉に飛び上がった。
だが刹那。瞬きでさえ惜しまれるほどの一瞬。
そこにはバラバラに刻まれたウォーター・リーパーの死骸が宙へと浮いていた。
襲いかかろうとした瞬間をカメラで切りとったかのようにウォーター・リーパーの表情は驚きや恐怖の念を感じ得なかった。鈍い音をたてながら水面へと落下した死骸をアスベルは依頼達成の証拠として必要なヒレの部分をあらかじめ敷いていた草の上に置く。
「残りはあと二体」
だがアスベルの視覚にはその二体が映らなかった。不審に思ったアスベルが辺りを見渡すと遠くの方でアスベルとは別方向へと進んでいく魚影の姿があった。
「あ、逃げてる! 」
アスベルは急いで剣とパドルを持ち帰ると大急ぎでその魚影を追う。しかし水上と水中では進むスピードには差があり、どんどんアスベルは引き離されていく。
「あぁっ、やばい! えっと、それなら……」
アスベルはパドルをしっかりと握ると勢いをあげて漕ぎ始めた。少しずつ軌道にのって来た小舟を流れに任せてアスベルはパドルを離し、もう一度剣を抜くと今度は持ち変え、そのまま切っ先をウォーター・リーパーに向けて投擲する。
水中へと突っ込む形で投げ入れたというのにその速さは衰えず、ウォーター・リーパーの一体目掛けて風を切り、進んでいく。
鋭い水飛沫と共に剣はウォーター・リーパーを貫き、絶命したウォーター・リーパーはそのままゆっくりと水面に浮かんできた。辺りには赤い血が離弁花のように広がっている。追い付いたアスベルはとりあえずウォーター・リーパーと自身の剣を回収し、また小舟を動かし始める。
だがリーダー格である故か他のウォーター・リーパーと違い、かなりの速さで逃げていた。
「これやっぱり一人だときついなぁ……」
いつもは隣にいる燕頭と狼少女に思いを馳せながらも小舟を漕ぎ続ける。魔塵族の固有魔法である「ブロット」も使用すれば造作もないことなどアスベルは理解していた。
だが使用するにしても魔王や他の魔塵族に見つかるというデメリットの方が大きい。なら魔力を使わなければいいという話しだ。
「辺りには人影なんていないし……。よし! 」
アスベルは小舟を淵まで移動させると陸へと上がる。そのままウォーター・リーパーが泳いでいった方向へと狙いを定め、剣を水面に叩きつけた。普通の人間であれば水飛沫があがるですむ。
だが魔塵族となればそうはいかない。アスベルはモーセの海割りが如く湖を叩き割り、巨大な水の壁を作り上げる。その衝撃波は凄まじく、壁の高さは2、3メートルはあるだろう。
宙へと浮かんだ水はそのまま重力に従い、雨となって自身がいた場所へと戻っていく。その最中に波があり、小舟が流されそうになったがアスベルが小舟を繋ぐための縄を掴んでいたため事なきを得た。
「さぁて、いるかなぁ」
アスベルはまた小舟へと乗りだし、割れた方向へと小舟を進める。しばらく進んだところで目当てであったウォーター・リーパーが浮かんでいるのが見えてきた。突然の巨大な音に驚いたのか痙攣しながらその身体を流れに任せていた。
「よし、これで依頼達成! 」
ウォーター・リーパーを掴み上げ、小舟へと乗せると疲れたように伸びをした。そのままアスベルはウォーター・リーパーの息の根を止めるとヒレの部分を切り取り、残った部分をどうするかと悩みだす。
死骸のせいで新しい魔物を呼んでしまう可能性があるため湖に捨てるわけにもいかない。しかしすぐにその答えはでた。
「お腹すいたなぁ……」
空を見上げればそろそろ正午近くになる頃だ。弁当も何も持ってきていないアスベルは小舟に山のように重ねたウォーター・リーパーの死骸を目に映す。
途端に涎がでてきた。蛙の頭に魚の尾を持つという奇妙な見た目の相手に食欲が沸くのはアスベルぐらいだろう。
結局アスベルは腹ごしらえということでウォーター・リーパーの群れを頂くことにした。軽く湖の水で洗うと木の枝を口から突き刺し、苦労してつけた火の近くの地面に刺して立てた。
火加減を見ながらタイミングを見計らい、十分に焼けたウォーター・リーパーの串焼きにかぶりついた。
「ん~! 美味しい! 意外といけるじゃん! 」
見た目は些か厳しいが白身魚と鶏肉が混ざったような味がするらしく次々とウォーター・リーパーを頬張る。そのままウォーター・リーパーの群れを腹に納めたアスベルは次なる依頼へと向かった。
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