第39話 耳を揃えて返しましょう
シンラ達を見送ったあとどこか寂しさを感じながらもアスベル達は朝食を食べていた。二枚のトーストにスクランブルエッグと焼きたてのベーコンを挟み、豪快にかぶりつくアスベルの前には同じようなサンドイッチが三つ置かれていた。林檎のジャムをこれでもかと塗りたくったトーストを食べるローランと塩コショウをかけた目玉焼きをのせたトーストを黄身が落ちないように慎重に食べているエルマはふとあることに気づく。
「そういえばアスベル、あんたまだ借金返しきれてないわよね? 」
借金というのはアスベルが食費として全て使ったロードナイツから貰った金銭と三人の手持ちの分である。エルマの言葉に分かりやすく震えるアスベルは視線を明後日の方向へと向ける。ローランはそんなアスベルの様子をトーストを食みながら見ていた。アスベルの暴飲暴食によって消えた金銭はいまだ返ってきていない。
「そ、そうだったかなぁ」
「そうよ。ちゃんときっちり返してもらわないと困るんだけど」
乱暴にトーストを食べたエルマは半熟の黄身が落ちそうになることに気づいていない。エルマの言葉にアスベルが不満そうな表情を浮かべる。
「確かにあれは僕が悪いけど、一人だと結構心細いんだよ☆ 」
年甲斐もなく顔の前で拳を二つ並べる通称ぶりっ子ポーズを見せるアスベルにエルマは苛立ちを見せる。黄身が限界を迎えていることにも気づかなそうだ。
「そんなこと言っても手伝わな──! 」
そうエルマが口を開いた途端、限界を迎えた黄身がトーストという舞台から滑り落ち、皿の上にべちゃと音をたてて潰れた。半熟の黄身故に落下地点には黄色い花弁が見事に散っている。その様子を見てアスベルは嘆きの声をあげた。
「わあぁ、一番美味しいところなのに。勿体無い」
「皿も汚れてしまったな」
他人事のためかどこか楽観的に話すアスベルとローランだったがエルマは折角楽しみにしていた黄身が無惨な姿になってしまったことに苛立ちを覚える。朝食で失敗するとその日一日は不運を引きずるのだ。
「とにかく、あんたは今日はソロで依頼を受けて! 分かった! 」
八つ当たりに近い口調でアスベルに伝えるとエルマは黄身をフォークで掬って口にいれた。
「ぅえぇぇぇ……」
アスベルはぐったりと机に身体をひれ伏しながらため息をつく。そんな二人の様子をローランは交互に見つめながらトーストの最後の一切れを名残惜しそうに頬張るのであった。
・・・
朝食を食べ終え、掲示板に貼られている依頼を物色し始めた三人はできるだけ高額な報酬の依頼を探していた。アスベルの力を考えると全てSランク級のを選んだ方が効率がいい。だが如何せんたまにSランクの魔物を屠ってくるアスベル達はこれ以上なく目立っている。低ランクの依頼を入れておかなければ怪しさこの上なくここでの活動もしにくくなる。カリオストロ国にたどり着く前にエルマが決めたルールとやらもだんだん意味が失くなってきていた。一枚一枚報酬の欄を覗きながら依頼を決めていく。
「依頼の報酬が高いのがこれとこれと……」
気に入った低ランクの依頼をいくつか破り取っていくとアスベルはとある依頼が目に留まる。
「
アスベルがぼそりと呟いた言葉が気になったのかエルマとローランもよってくる。依頼書に書かれた茸の名にエルマは首を傾げる。
「何その茸」
「偃月……。半月の形をした茸なのか? 」
ローランが偃月の意味を教えてくれたはいいもののその茸の全体図に三人は納得いっていないようだった。調理前の茸のように半分に切られている訳ではなさそうだ。しかしこの依頼は他の同系統の依頼と比べて明らかに報酬が高く、低ランクの討伐を主とする依頼よりもその差は明らかだった。そこにアスベル達は疑問を覚える。採集の依頼で何故これだけが高額なのか。場所に問題があるのか、その偃月茸に何かしら人体に関わる脅威を秘めているのか。
「偃月茸のある場所はファウスの森……。あれ、ここネウスの森の近くじゃん」
アスベルは地図を見て、スプリガンのことを思い出す。今現在あの森から魔物の被害の報告を受けていない。草にまみれた巨人を懐かしむアスベルの肩をエルマは強めに叩く。
「ほら、依頼が決まったらいくわよ」
エルマはアスベルの服の襟を引っ張るようにつれていった。ちょうど先客との受付を終えた場所に五枚の依頼書を見せていく。対応したのは金髪の若いギルド職員だ。
「ソロでお願いします」
アスベルが依頼書を見せると職員は依頼書の数の多さに少し驚いている様子である。
「五枚も、ですか。低ランクではありますがソロでは些か厳しいのでは……」
心配そうにこちらを見るギルド職員であったが、エルマが首を振って応える。
「ああ、大丈夫です。一応経験はありますし、問題はないかと」
「は、はぁ。そうですか。しかし偃月茸の採集についてですが……」
職員は偃月茸の依頼書をアスベル達にも見えるように向きを変えた。そのまま職員はとある文字を指差す。その文字はファウスの森だ。
「ファウスの森では近頃不気味な噂が多く、何でも鉈を持った老人が徘徊している、追いかけられたなどが特に多いのです」
「え、ご老人がですか? 」
「はい、ですからソロでの依頼としては難しいかと……」
ギルド職員の様子にアスベル達はお互いに顔を見合わせる。だがアスベルはギルド職員に笑顔を見せた。
「いえ、やっぱりその依頼受けます。危なくなったらすぐに逃げますので」
アスベルの言葉の信憑性は現段階のランクもあってか低くはない。だがそれでもAランクになった今でも危険のある依頼については職員が忠告してくれる。そんな宿ギルドの方針にギルドパーティーへの優しさを感じると共に借金返済のためにも高額な依頼を受ける必要があったからだ。ギルド職員はかなり迷っているようだったが結局エルマの圧に根負けしてアスベルのソロの依頼書に判子を押した。
「絶対に危険を感じたのならすぐに逃げてくださいね。絶対ですよ」
「お気遣い、ありがとうございます」
アスベルは心配そうにこちらを見る職員を安心させるように再度微笑みを浮かべた。受付から離れ、アスベルは依頼書を綺麗に折り畳むと懐へとしまう。
「それじゃあ行ってくるけど二人だけで美味しいものとか食べないでよ」
「お前じゃないんだからそんなことはしない」
「絶対だよ! 」
「分かったから」
適当にあしらわれ、不服といった様子だったがアスベルは依頼達成のためファウスの森へと向かっていった。
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