第38話 「どうか当たりませんように」
ノックの音が簡素な部屋に響き、音に気付いたツェイリンが荷物整理をしていた手をとめ、扉の方へと向かう。扉を開けた先にはシンラ達が密かに憧憬と競争心を抱いているアスベル、ローラン、エルマが立っていた。
「やぁ、ツェイリン。僕らに用があるって聞いたんだけどどうしたの? 」
扉の前で質問するアスベルにツェイリンは「とりあえず中へ」と三人を促した。徐々に近づいてくる足跡に気付き、シンラとラオラオも鞄に荷物を積めていた手を止めた。
「すまない、勝手に呼び出してしまって」
申し訳なさそうに言うシンラにアスベルは首を横に振る。初めて会ったときから変わらないシンラの相手を思う故の真面目さにはこちらも敬意を示すべきだと思ったからだ。
「気にしないでよ。それでどうしたの? 」
「報告が遅くなってすまない。実は俺達……」
決意の固い視線がアスベル達に向けられる。
「Aランクに上がることができたんだ」
シンラの言葉にアスベル達は一斉に目を輝かせる。普段感情を表に出さないローランもだ。
「本当に! すごいじゃん、シンラ君! 」
「おめでとう。良かったわね」
「念願だと聞いていたからな。叶って良かった」
三人の反応にシンラ達も嬉しそうに口角を上げる。ラオラオは自身の尻尾をくるくると大きく回すほどだった。
「お前達がいてくれたお陰だ」
シンラの言葉にアスベル達三人は身に覚えがないのか首を傾げる。シンラは三人の顔を一人ずつゆっくり見つめる。
「お前達は俺達の壁であり、目標だった。お前達がいなかったらAランクに上がるのももっと後のことだったかもしれない。お前達と同じ土俵に立ちたいという気持ちが俺達を導いてくれたんだ」
シンラの真面目な言葉にアスベルは首を振る。初めて会った時からシンラはその真面目さを欠いたことがない。フィオラがアンデッドの襲撃により命を落としたとき悲しみに暮れていたアスベル達を最初に元気付けたのもシンラ達であった。そんな彼らに自分達を目標にしていたなど言われればそれは光栄の他ない。
「確かに僕達は君達の目標になっていたんだろうけど、それでもAランクになれたのは君達の努力と実力だ。そこに僕達は関わっていない。だから謙遜なんてしなくていいよ。それでもそんな風に言ってくれて嬉しい」
アスベル達とシンラ達の関係は偽りであるだろう。魔塵族が「普通」のフリをして滞在している時点でそこは特異点だ。その「普通」も魔塵族視点であってシンラ達一般の人間であるならば「異常」の領域であるのだが。素直な気持ちを吐き出すことはアスベルがそれほどまでにシンラへの信頼を露にしているからだと言えよう。
「そう、か? だがそう思ってくれているのはありがたいことだ。それで今日は他にも話すことがあって……」
シンラは自身の背後に立つツェイリンとラオラオに目配せすると二人はこくりと頷いた。
「俺達は龍乱国へとしばらく帰国することにした」
「え? 」
アスベルの腑抜けた声が洩れる。ローランとエルマも瞬きを何度も繰り返した。
「ここにギルドパーティーとして登録したときからAランクになったら帰国すると決めていたんだ。家族に会いたいという理由もあるんだけどな。だがカティスさんやアスベル達と会えなくなるのは嬉しいことではないが……」
こちらが気を使うほどに分かりやすく落ち込むアスベルにシンラも言葉を和らげる。正反対の性格である二人が初対面の時以降これといったすれ違いをしていないのはアスベルの素直すぎる反応とシンラの他人への配慮がなっているからだろう。
「帰るのは4日ほどだ。土産だってたくさん持ってくる。俺達の故郷で人気のお菓子や料理とかいろいろ……」
「いってらっしゃい!! お土産よろしくお願いします!! 」
「帰る前に一度絞めてやろうか? 」
先ほどの哀しみの眼差しは食べ物の土産の話に変わると刹那にして消え去った。あまりの反応の差異にどことなく殺意が沸いた。互いのリーダーのやり取りを見ながらツェイリンが呆れたようにため息をついた。
「話が脱線しましたが……。私達がいない間この宿ギルドをお願いします。高位ランクの依頼だと受けれるパーティーはそう多くないので」
ギルドに所属するパーティーにはランクがある。高位のランクであるほどそれと比例して受けれる依頼のランクも上がっていく。その分報酬もより良いものとなり、常に金欠である魔塵族パーティーでも一日一つSランクの依頼を受けたとすれば月収は200万を超える。その金額のほとんどはアスベルの食事代として消えていくが、稼げてはいるのだ。しかし金額が高い分難易度も高いため一般のパーティーであるならばハイリスクハイリターンとなる。賭けで自身のランクよりも上の依頼を受けるものもいるが、案の定無事ではすまない。重症を負うか死を紡ぐか、何かしらの反射があるのだ。
「それに、ギルドブリッジ、も、ある。じゅ、んび、しとか、ないと」
「ギルドブリッジ? 」
聞きなれない言葉にエルマが疑問符を浮かべる。エルマの問いにはツェイリンが答えた。
「各地に建設されている宿ギルドからAランクのメンバーを集めてギルドごとで対抗戦をやるんです。目的としては地域復興と金を持て余している貴族達の賭け事のためですけどね」
「でも、たいかい、は、すご、くおもしろ、いよ! つよい、ぱーてぃー、のたたかい、かたを、みれるし、いい、とっくん、になる! 」
互いにAランクであれば土俵は同じ。アスベル達にとっては人間相手だと普段は出し渋る力のリミッターを解除することもできる。
「ギルドごとってことはシンラ君と僕達は同じチームになるの? 」
「そういうことになるな」
「すごい! 楽しそう! 」
目を輝かせながら興奮気味のアスベルにシンラ達は苦笑すると帰国の話題に戻す。
「そのギルドブリッジのためにも早めに帰国しておきたいんだ。だからアスベル、ローラン、エルマ。このギルドを頼んだぞ」
シンラは拳を前に出すとアスベルの胸の手前で止める。シンラの意図を汲み取ったアスベルは自身の拳をシンラの拳にこつんと当てた。
「任せてよ。シンラ君達の分も僕達が頑張るさ! 大船に乗ったつもりでいてよ! 」
「ああ、よろしく頼む」
アスベルの言葉を聞き、シンラは安心したように爽やかな笑みを浮かべた。
その二日後、アスベル達はシンラ達が乗る馬車を見送った。別れの挨拶は済ませたためちょっとした立ち話をしてシンラ達は馬車へと乗り込んでいった。「さよなら」ではなく「またな」の別れ。それでも身体の内のどこかに風穴でも開いたのか風通しがよかった。馬車が遠くなっていく光景はどこか既視感があった。アスベル達の頭のなかで白いリボンをつけた少女が浮かぶ。
「──大丈夫、何も起こらない」
誰に言う訳でもなくアスベルは呟いた。
自身が抱いた悪い想像が的中しないように。
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