第37話 ある日森のなか魔塵に出会った
森とは一つの家とも言える。そこに住まう魔物や咲き誇る花は住民と言えよう。木はそんな住民を守る柱であり、屋根である。生命の輪廻はそこで繰り返され、死さえも同様。静謐な空気の漂う森は神域のようであり、その空間を壊すような音は鳴るはずもなかった。
そう、本来ならば。
耳をつんざくような轟音が森を包み、驚いた飛ぶ能力のある魔物達が棲み家から一斉に飛び出した。静寂にも等しい森には似つかわしくない光景である。
音の正体はSランクに相当する魔物、
「シャアアアァアッッ! 」
そんなネペンルムが狙うのは自身のテリトリーに無断で侵入してきた愚かな獲物。植物系の魔物にしては移動範囲の広いネペンルムでも中々捕まえることのできない蝿。
「作戦失敗! 」
「誰かさんのせいでね! 」
「面倒なことになった……」
そう、年中金欠特異点魔塵族アスベル達である。
この森──フィトリスの森でネペンルムが住み着いてしまい、討伐のためにギルドから依頼を受けたアスベル一行。だがネペンルムを奇襲しようとしたが持ち前の問題製造スキルでアスベルの足に当たった石がそのまま木に当たり、それがまた大きな石に当たりと繰り返し、腐りかけた巨木が石に当たったことにより倒れ、その壮大なドミノ倒しにアスベルが感嘆の声をあげたためにネペンルムが三人に気付き、結局正面からの戦闘になったというところだ。巨木が倒れたこととアスベル達がいたことにより過度の興奮状態に陥っているネペンルムは通常よりもはるかに凶暴化していた。
「いつも通りになったということで早速突撃ッ! 」
元凶のアスベルはこの状況にあまり驚いておらず、反省も何もなく剣を抜いてノリノリでネペンルムに向かっていった。
「……あいつ、あとで締める」
エルマが依頼が早く終わるようにと雑に決めた作戦だったがアスベルに台無しにされた上に特に反省もない様子に血管が切れたのか八つ当たりのようにネペンルムとアスベルを睨み付けていた。
「この前みたいに破片は飛ばすなよ」
エルマから粉砕され、軽く放送コードに引っ掛かるほど酷い姿へと変わったアスベルを思いだし、ローランは軽く身震いする。
「あの後、掃除するの大変だったからな」
「分かってるわよ、カティスさんにも悪かったから」
などと洩らしながらローランとエルマはネペンルムと戦っているアスベルのもとへと向かっていった。
鉄の鞭を自在に操り、侵入者の肉をえぐりだそうとするがあまりにも素早いアスベル達の動きにネペンルム自身が翻弄されている。
「シャァアアッッ! 」
ネペンルムが雄叫びをあげると同時にその周辺の地面が揺れながらミシミシと音をたてながら割れていく。起き上がってくる地面から突如一本の巨大な蔦が現れた。しかしアスベル達を追い込もうとしているのだろうネペンルムの策略は彼らが軽業師の如く回避したことで無意味と化した。アスベルはネペンルムの蔦を器用に加速しながら渡り、そのまま本体へと辿り着く。
小蝿のように邪魔をしてくる蔦を切り裂きながら血路を開いていく。
「せやっ! 」
少し気の抜けた声ではあるが、その声とは裏腹に素早い攻撃を繰り出した。アスベルが目指したのはただ一点。ネペンルムの末梢神経が集う冠のような瘤。
「ジィイィイイイ────!!! 」
末梢神経を傷つけられたためか雄叫びを上げたあと、蔦を動かなせなくなったネペンルムは弱々しく囀ずり始めた。鬱陶しかった蔦の攻撃を無力化できたことにより、アスベル達の行動範囲は拡大したというもの。
「さてこれ以上は可哀想だから楽にしてあげなきゃ」
アスベルは糸の切れた人形のように動かなくなったネペンルムの上を歩き、脳天にまで辿り着く。脳天といっても植物系の魔物には普通の植物と同じで臓器がないためそれ以上の活動を停止させるために根と似た役割を持った「毛核」と呼ばれる器官を殺す必要がある。アスベルは剣を垂直に握ると力一杯突き刺した。刺した途端声を上げることはなくネペンルムの身体は痙攣し始めたが等間隔に震えたあとぱたりと動かなくなった。しばらくそのままの状態で待っていたアスベルも痙攣がなくなり、絶命したことを確認するとゆっくりと引き抜いた。
「はい! 依頼達成! 」
アスベルの陽気な聲がネペンルムの亡骸を中心に森へと染み込んだ。
・ ・ ・
「おかえり、今日もお疲れ様」
カリオストロ国に帰還したアスベル達は依頼を終えたことを伝えるために宿ギルドへと向かっていた。二ヶ月前に起こったアンデッドの襲来により宿ギルドだけでなく、国全体がその悲惨な傷痕を刻まれた。それから少しずつではあるがその傷痕に膜が出来始めている。アスベル達一向もフィオラを失った悲しみはあるもののそれでも前へと進むことを決意していた。三人が到着するとギルドマスターのカティスが自身がエースと謳う三人組が帰ってきたことに気付き、ギルド職員との会話もほどほどに彼らを笑顔で出迎えた。
「お疲れ様です、カティスさん。これ、討伐したネペンルムの蔦と瘤です」
アスベルは少し重量のある麻袋をカティスに手渡した。カティスは軽く中を覗くと満足そうに頷く。
「完璧だよ。それじゃあ報酬を渡さなければな」
カティスは近くにいたギルド職員を呼び止め、アスベル達が受けた依頼の報酬金を持ってくるよう伝える。ギルド職員は返事と共に頷くと部屋の奥へと消えていった。職員の後ろ姿を見送ったあと、カティスはアスベル達の方へと向き直る。
「ネペンルムはなかなか強敵だったんじゃないか。あの鉄の蔦には大分苦労しただろ」
「当たったら痛そうだったので避けるのが大変でした」
苦笑しながらアスベルが答えるとカティスはそうだろ、と相槌をうちながら頷く。
「私も現役の頃は苦労したよ。パーティーの一人がぶち当たって足の骨を複雑骨折していたもんだ」
懐かしむように目を細め、三人を見つめるカティスの表情は優しいものであった。しかしアスベルとエルマは目を瞬き、カティスに問う。
「カティスさんも前はギルドパーティーに所属していたんですか? 」
「あぁ、そうだよ。これでも元Aランクさ」
そう言うとカティスは三人に向けてウィンクを投げた。アスベル達はカティスのまさかのAランクの先輩発言に驚きを隠せない。
「そうだったんですか!? でもどうして今はギルドマスターに……? 」
アスベルの質問に今度はカティスが戸惑ったように目を見開かせる。そのままあー、と溜め息交じりで発声した。
「ちょっと色々あってね。パーティーを続けられなくなったんだ」
そう言うカティスの目には微かに寂しさを宿していた。そんな雰囲気を消すかのように職員がカティスに頼まれた分のアスベル達の報酬金を持ってきた。
「こちらですが、どうかなさったんですか? 」
明らかに周りと異なる空気に職員はきょとんとした表情でカティスとアスベル達を見比べる。
「いや、問題ない。それより持ってきてくれてありがとう。もう持ち場に戻っていいよ」
職員から麻袋に入った報酬金を貰い、礼を述べるカティスに職員は笑顔で四人に頭を下げるとその場から離れていった。
「はい、報酬だよ。760ペス入っている」
ペスとはこの世界の通貨であり、1ペスは100円と同等の価値がある。つまりアスベル達は76000円を手にいれたことになる。重い麻袋を手にしてアスベルはほくほくとした様子で笑う。
「ありがとうございます! 」
「なぁに、あんた達が頑張ったからだよ。それに今日は朝から出っ張ってたから疲れただろ。旨いものでも食べて休みな」
「はい! 」
三人は頷くと食堂へと向かおうとする。しかし、カティスの何かを思い出したような声が聞こえ、立ち止まる。エルマが首を傾げ、カティスに尋ねる。
「? どうしました? 」
「シンラからあんた達が帰ったら部屋に来てほしいと伝えてくれと頼まれていたことを思い出してね」
「シンラ達がか? 」
「あぁ。まあ、あとのことは本人達が言うだろうから一先ず部屋を訪ねてみたらどうだい」
アスベル達は特に身に覚えがなかったがとりあえずシンラ達の部屋へと向かうことに。カティスに礼を言うとそのまま二階へと続く階段を登っていった。
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