第35話 空を見つめて
ローモ村から帰った三人はフィオラのいない宿ギルドへと戻った。いつもなら真っ先に聞こえてくるあの明るい声がアスベル達の鼓膜を通ることはなかった。
「戻ったね」
宿ギルドで接客をしていたカティスがアスベル達の姿を見て、声をかけてきた。いつもならこの立ち位置はフィオラだった、と思いにふけながらもカティスに笑みを見せた。
「ただいま帰りました。カティスさん、依頼できなくてごめんなさい。明日からはまた依頼を──」
「そんな苦しそうに笑ってる奴らを依頼に放り出す馬鹿がどこにいるんだい。あんた等は明日休みだよ」
アスベル達の様子を案じてかカティスは言いはなった。その様子は例えどんな者でも反論は許さないという強い意思があった。
「え、で、でも……」
アスベルはカティスから貰った休みを断ろうとするが
カティスも負けてはいなかった。
「あんた等はそりゃこのギルドの中では一番強くて頼りになるパーティーだろう。だけどね、どんな英雄だって結局心は脆いんだ。強い心、弱い心っていうのはね、傷つくまでにある壁の高さで決まるがあんた等はその心の壁をもう越えてしまっている。そんな時に無理なことはさせられないよ」
アスベルを励ますように肩を軽く叩く。痛みのない、しかし重さのあるそれにアスベルの内は少しの温もりを感じた。
「ほら、腹減ってるだろ? 何か食べて元気出してきな!」
カティスは三人を元気づけようとするが上手くいかない。アスベル達は心残りがあるのか、気持ちが進んでいないように見えた。いつも三人が楽しそうに食事をしているのを度々見ており、慰めるには一番だと思っていたが方法を誤ったか、とカティス自身も気まずそうにしていた。
「アスベル、ローラン、エルマ」
名前を呼ばれ、振り返るとそこには龍乱国出身の三人が待ちくたびれたように立っていた。
「シンラ、君?」
「そうだ、シンラ君だ。全く折角食堂で何も頼まずに待っていたというのに等の本人は今日は食事の気分じゃないとは……。どれだけ待ったと思ってるんだ」
「待ったってどういうことだ?」
ローランが首を傾げるとツェイリンが溜め息をついて恥ずかしそうに乱暴頭を掻いた。常に身なりに気を使っているツェイリンが普段しないような行動だった。
「あー、やっぱり慣れないことはしない方がいいですね。こっちが恥ずかしくなる」
「きょ、うね、あさから、みんな、げ、んきない、からすこしでも、げんき、だ、してほしくて、さん、に、んで、いっしょ、け、んめい、かんがえた。そしてみ、んな、ごはん、たべ、てる、と、きすご、くたのし、そう、だから、ゆう、はん、をごち、そうするのが、いい、ってことに、なっ、た」
辿々しい言葉で説明をしたラオラオの背中をツェイリンは軽く小突いた。余計なことまで言うな、という意味だろう。
「だか、らね、さんにんで、ずっ、とまって、たんだ。おど、ろいた、? 」
「……えぇ、驚いたわ」
エルマは自分達のためにここまでしてくれようとしたのだと少し嬉しそうに口角をあげた。ラオラオはそんなエルマの表情を見て良かった、とそれこそエルマの笑みに負けないほど明るい笑顔を浮かべた。シンラはそんな二人を微笑ましく、思いながらもアスベル達の方へと向き直る。
「そういうことだ。大したことができなく、申し訳ないがな」
シンラは困ったように笑った。すると今まで黙っていたカティスが突然吹き出した。
「くははっ! あんた等、ここじゃとうとう大食いキャラとして根付いちまったね! 」
「
「
「ひどい!」
カティスの言葉にローラン、エルマは同時に叫び、全力で否定していた。あまりに激しく否定されたアスベルは思わず悲痛の叫びをあげてしまっていた。しかし、先程の空気を取り戻したアスベルが暗い面持ちでシンラを尋ねた。
「ごめんね、そんな気を使わせちゃって……」
「気にすることはない。俺達が勝手にしていることだ。それにいつまでもお前達の辛そうな顔は見ていられない。あのフィオラという子だってそう思っているはずだ」
シンラの言葉にアスベルは驚いたように目を見開いた。シンラの言葉は先程ミティから言われたそれの面影を感じたからだ。「自分を責めるな」とこんな自分達の心を案じて伝えてくれた言葉がシンラによって水面から息をするために頭を出すように浮かんできた。シンラの有無を言わせぬ表情にアスベルは何かが吹っ切れた気がした。少しだけ重荷を下ろせたような気がした。
「───ありがとう、三人とも。それならお言葉に甘えて、よーし食べるぞぉ! 」
アスベルはそういうと真っ先に食堂の方へと走っていった。エルマもローランもアスベルの様子を見て、二人で顔を見合せ苦笑するとアスベルのあとを追っていく。シンラ達も少し安心したような表情でアスベル達に続いていく。そんな六人を見てカティスは優しく見守る母親のような微笑みを浮かべていた。
・ ・ ・
その空間は白だった。閉ざされた空気は冷えきって、その色の冷徹さを更に膨らませる。金の装飾さえも眩しいほどの白で埋め尽くされ、その輝きはくすんでいた。青紫の髪の青年──アスタロトはそんな空間に目眩がしながらも自身の王──色素のない男の前では平静を装っていた。
「へぇ、それは面白いね。まさか、あの塵人形達にそんな感情が芽生えてたとは。僕も思いもよらなかったよ」
白亜の部屋に佇む玉座に身体中の色素を失ったような、白で身体を構成されているような男がその腰を下ろしていた。身体中の体毛が白と化し、神々しささえ覚えるほどだ。
白を纏った男はその冷たさとかすかな温もりを孕んだ視線をアスタロトへと向ける。
「しかし、随分と手間をかけたね。アンデッドまで造ってしまうなんて一体どうしたんだい?そんなに前に領域にしていた場所を壊されたことが気に食わなかったのかい? 」
「──まさか」
アスタロトは吐き捨てるように言う。
「あの場所は自分で不必要だと判断したため処理しただけです。気にくわないも何もあとで処理しようとしていたものを奴らが手を出しただけのこと。今回のことに私情など入れてはいませんよ」
白を纏う男は「そうか」と特に追及することもなく、引き下がった。興味を失ったというよりも完全にアスタロトの心中を読み取ったから。アスタロトもそれに気づいているため驚くこともなく、代わりに心を覗かれたことに少し嫌悪を抱いた。
「まあ、彼らについては君らに任せているからね。僕が上からどうこう言うのは良くないだろう。特にフェニックス辺りが気に食わないだろうからね。あの子は気が強くなってしまったから」
フェニックスと呼ばれる朱を纏った鳥人の行動に王は相当困っているのか溜め息をつく。無理もなかった。彼は如何せん沸点が低い。ちょっとのことですぐに怒りを露にし、他の鳥人と争うことも少なくない。自身の領域から出てこないことも
「我が王よ。疑問があるのですが」
白の王はアスタロトに目を向けた。瞳までも雪のように白く、白に形を与えたような姿は神秘的に見える。
「何故、あの者達に干渉なさるのですか。今までの連中にはそのようなことはなさらなかった」
アスタロトの問いに白の王は雪が曇り空から降るようにゆっくりと瞬きをした。そして薄い唇の口角をあげた。それは空を我が物顔で照らす三日月の形に似ていた。
「────愛してるからさ。宝石匤に詰め込んで一日中愛でていたいくらいにね」
白き王は玩具を与えられた童子のように愉しげに言葉を紡いでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます