第34話 誰かのための
突然訪れたアスベル達の訪問に男性は戸惑いながらもフィオラ、自身の娘と面識があるということで家に出迎えた。
家の中には逆さまに干されたドライフラワーと観葉植物が置かれているため花の香りが漂っている。そんな花の香りのする部屋には男性と同じ緑の髪に三つ編みをした女性が花に水を与えていた。
彼女は自身の夫とアスベル達の存在に気付き、ジョウロを置くと腰につけていたエプロンで手を拭きながら小走りで近付いてきた。
「えっと僕の名前はテルノといいます。こっちは妻のミティです」
「ミティです。あのあなた、この方達は? 」
アスベル達とテルノを交互に見ながらミティは尋ねる。
「なんでもフィオラの知り合いみたいでね。それで何か? 」
客人にいつまでも立たせているのは悪いとアスベル達を椅子に座らせる。ミティはもともと用意していた紅茶を人数分持ってくるためにキッチンへと戻った。
そこでアスベル達は自身の名前を伝えていないのに気づく。
「申し遅れました。僕はアスベルといいます。こっちはローラン、エルマです。すみません、いきなりお邪魔して……」
紹介されたローラン、エルマは頭を下げる。
「僕達はカリオストロ国にある宿ギルドで働いています。そこでフィオラさんは僕達のルームサービスをしていて……」
「ん? アスベル? 」
テルノはアスベルの言葉を聞き、首を傾げた。
まるでその名前に聞き覚えがあるよう。
「もしや……」
テルノは立ち上がり、部屋の端にあった棚に置かれていた白い箱を取り出す。箱を開けると中にはいくつもの手紙が綺麗に収納されていた。その中からテルノは
一通の手紙を取り出す。花の模様が施された手紙を大事そうに開き、一枚の便箋を取り、内容を読み始めた。
「あぁ、やっぱり! 貴方方なのですね」
テルノは手紙からアスベル達に目を向けると歓喜の笑みを浮かべる。
その直後にミティがキッチンから人数分の紅茶とお茶菓子をトレイにのせて戻ってくる。紅茶の花のような柔らかい香りが辺りに広がる。
アスベル達はなんのことか分からず、反応が低いままでいるとテルノはまだ理解ができていないミティに興奮気味に教える。
「あぁ、モーリュを送ってくださった! あのときはありがとうございます! お蔭様で病気も完治してこの通り元気になりました! 」
ミティは三人に満面の笑みを向ける。その様子に確かにミティの体調はかなり優れているのが分かる。
「娘から後日来た手紙で貴方方を知ったのですが、フィオラがとてもお世話になったそうで!」
「い、いや、お世話になったのは私達の方で……!」
「ご迷惑お掛けしませんでしたか? あの子、人見知りなのに接客業をするなんて言って心配だったんですよ。それに娘一人で行かせてしまったので体調やトラブルに巻き込まれてないのかも気になっていて……」
ミティは胸の前に手を当てる。視線は下を向いていた。テルノはそんなミティに優しい眼差しを向け、アスベル達にうつす。
「ですが皆さんと出会ってフィオラも変わったようで、手紙を送る度に皆さんのことを書いているんです。あの子の不安も貴方方のお陰でなくなっていたようで」
フィオラの行動に三人は驚きの表情を見せる。自分達の存在がフィオラにとってどのようなものだったのか初めて知ったのだ。
「そうだ、自分達の話をばかり申し訳ない。それで今日はどのような? 」
テルノは首を傾げてアスベル達に尋ねる。ミティもアスベル達に視線を向けていた。アスベル達は顔をひきつらせ、意を決して話し出す。
「今日はあることを伝えにきました」
アスベルは懐に入れていた灰の入った瓶を取り出すと机に優しく置く。
テルノとミティはその瓶に目を向けた。
「フィオラ、さんは……先日カリオストロ国への魔物の襲撃によって…………亡くなりました」
声を絞り出すようにアスベルは言う。
テルノとミティからは「──は? 」と声が漏れる。
「ど、いうことですか。フィオラが亡くなった……?」
テルノは震える唇で次の回答を求める。しかしそれは先程のアスベルの言葉とは真逆のことを伝えてほしいという微かな願いも込められていた。アスベルはそんなテルノの感情に気づきながらも話し始める。
「先日カリオストロ国がアンデッドという魔物の襲撃に会いました。アンデッドは弱点が変わる魔物で僕達だけでなく他の人達もアンデッドに遅れをとっていました……」
「だけど……」
声が詰まりそうなアスベルに変わってローランが続ける。
「だけどフィオラが自分の命をかけて俺達にアンデッドの弱点を教えてくれたお陰で被害を押さえることができた」
ローランは真っ直ぐにテルノとミティを見つめている。そして頭をゆっくりと下げた。
「フィオラのお陰です。ありがとうございました」
「助けられなくてごめんなさい……」
朝からほとんど言葉を発しなかったエルマが喉を震わせて懸命に紡ぐ。泣くことをとっくの昔に忘れてしまったため涙を流すこともできない。フィオラのために泣けない自分を忌々しく思いながらエルマは瓶をゆっくりとテルノとミティの目の前には置いた。
「この瓶の中に入っているのはフィオラなんです。私達が持っているよりもご家族の方に渡した方がいいと思って……」
そのままエルマは口を閉ざす。
テルノとミティの目の前には砂となった娘の姿。アスベル達が知る限り、親はここできっと自分達のことを責め、罵るだろう。どうして娘を助けてくれなかったのか、と嘆くだろう。娘を失った辛さを軽減したく、自分達に矛先を向けるだろう。
いや、そうでなくてはいけなかった。
どんな魔物もどんな英雄も退けられる脅威を纏った塵芥。それが自分達なのだ。
魔塵族でありながら救えなかった。
魔塵族でありながら守れなかった。
魔塵族であるため、彼女のために涙を流せなかった。
はたから見たら非情であり、冷徹であり、残酷であった。それは自分達でも分かっていた。だからこの二人からたとえどれだけ罵倒されても自分達は受け入れるつもりだった。
「──フィオラらしいな」
テルノは瓶に詰められた娘の姿を見て、声をこぼした。その言葉にアスベル達は顔をテルノに向ける。
その表情は木漏れ日のように優しく、悲哀の彩のない穏やかなものだった。それはミティも同等である。
「フィオラは昔からよく人の役にたちたいと言っていました。小さい頃からお手伝いをよくする子で、ギルドの職員になったのも人を支えられるような仕事につきたいという理由でなったんです。失敗することも多く、よく弱音が書かれた手紙が送られてきたものです。それでもあの子は辞めなかったのはギルドの職員として貴方達のような人を支えたかったんでしょう」
「あの子の行動のおかげで何人もの人の命が救われたのなら親としてあの子を、フィオラを誇りに思います。だからエルマさん……」
ミティに名を呼ばれ、膝の上で震える拳しか目に写せなかったエルマは顔を上げた。
ミティは泣きそうな顔を浮かべる少女に微笑みかける。まるで自分の子供に向ける母親のような笑みであった。
「自分のことを責めないで。自分のせいだと思わないで。こんな遠いところまで来てくれた貴方達を私達は恨んだりしないわ」
エルマは唇を震わせ、微笑むミティを写した目を見開く。
責められることもなく、罵られることもない。
自分の娘を失って内はきっと底の無いコップに大粒の雫を流しているようだろう。
それなのに笑っている。それなのに自分達のことを励ましている。
そんなミティに向けるエルマの表情は戸惑いが見られた。
「だけどその代わり、あの子のことを──フィオラのことを忘れないでほしい。フィオラがいたという証を消さないでほしいの。私達はそれだけで十分。あの子もきっと同じなはずだわ」
ミティは隣で静かに聞いていたテルノと顔を見合わせて頷きあうと、アスベル達に向けて頭を下げた。
「え、ぁ、あの────」
アスベルはいきなり頭を下げた夫婦に驚き、二人に向かって手を伸ばした。だがその前にテルノとミティは顔を上げた。
「フィオラと親しくしてくれてありがとう。アスベルさん、ローランさん、エルマさん。そして───」
「フィオラを連れてきてくれてありがとう──」
・ ・ ・
「それじゃあ気をつけて帰りなさい」
朱い夕日が空を染める時間。アスベル達はカリオストロ国に帰ることにした。
テルノ、ミティは三人にもう夕暮れだからと泊まっていくように云ったが三人が頷くことはなかった。
「身体に気をつけるんだよ」
「これからも頑張って、ね」
そう言うとテルノはミティを抱き寄せて、家の中へと入っていた。
扉が閉まったあと、家の中からはミティがすすり泣く声が微かにアスベル達の耳に届いた。
その声にアスベルは存在しないはずの心が鎖で締め付けられたように痛み、苦悶の表情を浮かべた。
ミティの泣き声が三人の鼓膜に染み付いたままアスベル達はローモ村を後にした。
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